ハッキリ物言って嫌われる人・好かれる人の差

あるいは、「やばい! 手を抜いたこと、バレてる!」と思うかもしれません。そして、「人を驚かせてしまうほど雑な仕事ぶり」に気づき、自分が恥ずかしくなるのではないでしょうか。

大事なのは、気づいてもらうこと。気持ちが伝わること。もちろん、ガツン! と怒っても、優しく丁寧に1から教えても、一緒かもしれません。ただし、その方法はこちらのパワーや時間も削られるでしょう。

それに比べて「驚く」だけ。これは、パワーも時間も不要、嫌われるリスクも低いのに、瞬時に相手に伝わる……。なんて自分エコ! 最高やん! ただし、嫌みな言い方はNGです。あくまでも素直な心で軽く発動すること。そして、その後くどくど言わないこと。

それさえ守れば、相手も素直に「次はもう少し丁寧に仕事しよう」と自然と思ってくれるはず。なにせ次に同じことをしたら、また驚かせてしまう。場合によっては、それこそ怒らせてしまうかもしれない、と「学習」してもらえるからです。

誰かに何かを伝えるとき。言いにくいことを言うべきとき。私は、こうした「型」というか、「パターン」を用意しています。詳しくは、新刊『ハッキリものを言って嫌われる人、好かれる人の伝え方』に書きましたが、「怒るとき」に限らず、「相手のお願いを断るとき」や「ちょっとムリめのお願いするとき」にも用意しています。

「怒る」のが苦手な人は、「お願いすること」「断ること」も苦手ではないでしょうか。でも、型があるとラクなんです。ガマンしなくてよくなるから、心もすっとラクになります。

「コレは言わない」と決めている言葉

一方で、私は人を注意するときに、「コレは言わない」と決めている言葉があります。

1つは「ふつうは……」です。

「ふつうは一度見返してから書類を出すでしょ」
「ふつうの中学生は、これくらいの問題はすぐ解けるやろ」

思わず使いがちですが、言われたほうはカチンとくると同時に、少し悲しくなるものです。

「ふつう」って、何? 私はふつうじゃないってことか……。ふつう、を持ち出して注意することは、見えない誰かと比べて注意しているようなものなのです。しかも、「ふつう」が善で、「ふつう」じゃないのは悪かのように。

「ふつう」の後ろに隠れて、自分の意見を言うのは、ちょっとだけズルい。ふつうと比べてではなく、あくまでも「自分はこう思うんだけど、どう?」というように話してみたらどうでしょうか。たとえ注意や叱責の言葉だとしても、相手のことを思っての「あなたからの言葉」は、相手もより真摯に受け止めてくれるようになるかもしれません。

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あとは「あのときこうだった」「この間、おかしなことしていたよ、アレやめたほうがいいよ」などと、過去を振り返ってネチネチ注意することもやらないようにしています。

自分はしっかり覚えていても、言われたほうは意外と覚えていないもの。悪いと思ってやっていないことなら、なおさら、「え? それいつ? そんなことあったっけ?」とモヤモヤしながら話を聞くことになるでしょう。

そうなると、せっかくの相手を思っての注意も、「それ、ほんまに私か? 記憶違いじゃないの? もう~しっかりしてよ」と、いらぬ恨みを買うことにもなりかねません。だから、なるべくその場で言うのが望ましい。もしも、そのときにどうしても言えない状況なら、後で注意するときはくどくど言わないこと。とくに子どもなんて、3分前のことでも覚えてないことだってあります。

小さな注意ほど、気がついたその場でズバッと伝えましょう。ネチネチ長い話より、ズバッと短いひと言。そのほうが心に残るものです。注意する目的は、あくまで悪いやり方を正してもらうこと。相手をヘコませることではないんです。

(文=野々村 友紀子:放送作家)