瀧本哲史「社会を変えるのはいつの世も若者だ」

瀧本哲史氏が「今の日本を変えるのは若者しかいない」と断言した理由とは?(写真:kikuo/PIXTA)
2019年8月に病のため夭折した京都大学客員准教授の瀧本哲史さん。彼が「今の日本を変えるのは若者しかいない」と10代、20代の若者に檄を飛ばした理由とは? 2012年6月30日、東京大学・伊藤謝恩ホールで行われた“伝説の東大講義”を完全収録した新書『2020年6月30日にまたここで会おう』より一部抜粋・再構成してお届けする。

じゃあ、いったい誰が日本を変えていくことができるのかということですが、僕はやはり、みなさんたち若者しかいないんだと思ってます。

思い切った大きな変革というのは、若い人にしかできないんですね。たとえばさっきも少し話した明治維新というのは、260年続いた江戸幕府という中央政府を倒して、欧米の国々に肩を並べることを目指し、近代国家を樹立するという、とんでもない革命だったわけですが、じつはすごく若い人たちがやっています。

明治維新は20代・30代が成し遂げた

日本史の授業で薩長同盟とか出てくると思いますが、年齢までは習ってないですよね?

薩摩の代表をつとめた大久保利通は35歳で、長州の木戸孝允は32歳ですよ。明治維新の中心人物はほとんど全員、20代後半から30代だったんです。ここにいる20代のみなさんと、あまり変わりません。

あ、ちなみに、幕府側の榎本武揚は29歳でした。

なぜ榎本の名前を出したかというと、じつは僕、子供の頃に榎本武揚の子孫だと言われたことがあるんですね。ちゃんと調べたことないんでデマの可能性が高いんですが(笑)、それ以来榎本については関心が高くてですね、ちょっと榎本についてお話しさせていただくと、彼はもともと幕軍側の中心でありながら、戊辰戦争に負けて明治政府に降伏すると、そのあとで考え方をガラっと変えて、明治政府の中で活躍するんです。

それで「裏切り者」と批判する人もいるんですが、僕からすると、自分の立場にこだわらず、本当に世の中のためになることは何かを考えてシンプルに行動した結果だと思うので、もっと褒められてもいいかなと思っているんですね。

ちなみに福沢諭吉は『瘠我慢の説』という本で、「うまく転職して立身出世したズルいやつ、いるよな。あいつだよ、あいつ!」って感じで榎本を痛烈に批判しています。

僕も、東大法学部の助手からマッキンゼーに転職して、今はエンジェル投資家で大学でも教えているという、まわりから見るとわけのわからない経歴で立場をころころ変えているわけですが、榎本武揚を見習ったところはあるかもしれません(笑)。

30代でも国のトップになれる

それで話を戻すと、つまり僕は、これからの日本も若い人が政治や政策立案に積極的に関わって、30代のうちに国政の中心を担うようにならなければいけないと考えているんですね。

イギリス現首相のキャメロンという人は、保守党の党首もやっていたんですが、党首になったのは39歳です。保守党っていうのは、日本でいう自民党のような政権を担ってきたメジャー政党でして、そこの党首を30代の人間が務めていたんです。

政治家でいえば、韓国大統領の李明博(イ・ミョンバク)も、経歴が面白いんですよ。彼は現代建設という、入社当時は数十人しか従業員がいなかった零細企業を、17万人が働く大企業に成長させた功績で大統領になった人物です。

彼は大学で学生運動にのめり込みすぎて、就活でどこも採用してくれなかったんですね。それで彼は、どうしたと思います? なんとこのひとは、恐ろしいことに、当時の大統領、朴正熙(パク・チョンヒ)に手紙を出すという暴挙に出たんです。