「鬼滅の刃」大ヒットの裏に飽きさせない神ワザ

また前述のように、1話分に値するエピソードを、1見開きで終わらせてしまいます。1要素を表現するために用いるページ数を極限まで減らしています。

普通の漫画家なら人気漫画は長く続けたいですし、盛り込む要素を減らすことに対して不安になるものです。『鬼滅の刃』では、それらを断ち切ってバッサリと削っています。だからこそ、展開の速さが実現できているのです。

鬼滅のCDE メソッド2:Drip(抽出)

1エピソードに割り当てるページ数をヘタに減らしてしまうと、情報を詰め込み過ぎて、ごちゃごちゃになってしまう危険があります。せっかく展開を速くしたのに、読み進めるのに手間取らせてしまうようでは本末転倒です。

人々の消費スピードが格段に上がっている今、すばやく脳内処理できないコンテンツは簡単に離脱されてしまいます。ページ数を減らしたからこそ、入れ込むものは厳選しなくてはなりません。上質なコーヒーをドリップするように、重要なエッセンスだけを抽出することが肝要です。

この点においても『鬼滅の刃』は徹底しています。見開きごとに「ここで何を伝えようとしているか」を一言で言い表せます。かつ、見開きごとに明確な「見せ場」があります。たとえば第183話では、「城が崩壊し始め、鬼殺隊がピンチに陥る」シーンが1見開きで描かれ、見せ場は「甘露寺(人気の女性キャラ)を助けようと、炭治郎が折れた刀を投げて一矢報いる」です。極めて明確です。

結果、密度が濃いのに、すばやく読むことができ、かつ、ページをめくるたびにワクワク感を得られます。エンタメが溢れている現代人の手を止めさせないテンポが生まれているのです。

スピーディーな展開でも読者に寄り添う

しかし、注意が必要です。テンポの良さを目指すことは、諸刃の剣だからです。ストーリーを追うことに必死になり、登場人物の気持ちの動きを削ってしまい、読者を置いてきぼりにしがちです。そうなると、展開は早いけれども、味気ない作品になってしまいかねません。

敵を倒したい、仲間を守りたい、目的を果たしたい、そうした登場人物の気持ちが伝わることなしに多くの人の心は揺り動かせません。

『鬼滅の刃』では、CutとDripで作りだしたスピード感ある展開と「気持ちの描写」をどう両立しているのでしょうか。そのカギを握るのが「鬼滅のCDEメソッド」最後の「Emotion」です。

CutとDripによってテンポの良さを生み出しながら、『鬼滅の刃』にはしっかり「登場人物の気持ち」も描かれています。そのために多用されているのが、3つ目の要素「Emotion」、感情ツールです。

「鬼滅のCDE メソッド」3:Emotion (感情ツール)

重要人物が死んでしまう直前など、大事な場面では、必ず過去の「回想」が丹念に描かれています。「その人物がなぜ戦ってきたのか」「なぜ悪に手を染めるようになってしまったのか」など、肝になる動機を読者はその回想で深く理解することになります。

さらに、「モノローグ(独り語り)」も多用しています。一般的には、行動を通して心の内を描くのが漫画の醍醐味。文章で心の内を直接語ってしまうモノローグの多用は邪道という編集者もいます。ただ一方でモノローグは、登場人物の想いを端的に伝える格好のツールでもあります。

『鬼滅の刃』は登場人物の想いをわかりやすくするために、このモノローグを躊躇なく多用し、使いこなしているのです。

このように回想とモノローグといった感情ツールの多用により、物語の感動ポイントがわかりやすく伝わるようになっています。

ビジネスにも応用できる「鬼滅のCDEメソッド」

『鬼滅の刃』は「Cut」「Drip」「Emotion」という3つの要素により、テンポの良さと、濃密な人間ドラマ、という両立の難しいものをバランス良く詰め込むことに成功しています。

結果、見どころが満載でスピード感に溢れ、しかも、感情を揺り動かす作品となっています。だからこそ、コンテンツが溢れる時代においても多くの読者を飽きさせず、置いてきぼりにせず、ずっと離さないのです。

筆者は、この「鬼滅のCDEメソッド」はビジネスでも必須の能力だと考えています。情報が溢れ、常識さえも日々更新されている2020年代、「熱意だけで猪突猛進」というスタイルは時代遅れになっています。

非対面が増えていく営業や、ムダに長い会議の意味のなさなど、これまで以上に生産性を高めることに意識が向いている今、プレゼン1つとっても上司、同僚、取引先を飽きさせない、置いてきぼりにしない、離さないことがより重要になってきているように感じます。

スピーディーに伝えたいことを伝えつつ、相手の感情を揺り動かすメソッドが詰まった『鬼滅の刃』は、ビジネスにも通じる最高の教材なのです。

(漫画イラスト:光能 宝志、デザイン:さね吉)