佐渡島庸平「ヒットを狙って作らない」創作哲学

佐渡島庸平(さどしま ようへい)/株式会社コルク代表取締役社長 編集者。2002年に講談社に入社し、『週刊モーニング』編集部に所属。2012年に退社し、クリエイターのエージェント会社・コルクを創業。現在は『宇宙兄弟』『インベスターZ』『マチネの終わりに』などを担当(撮影:梅谷秀司)

齋藤:そうですね。その瞬間に振り向いてもらう、気づくことが大事ですし、初速が重要視されます。出版と違って後世に残りませんからね。広告は消費されてしまうから、自分が数年前に作ったものを忘れそうになることもある。周りの人に5~10年前のCMを見せても、全然覚えていないわけです。消えていく儚さを感じるし、ずっと続けていると消耗していく。だから最近は企業のミッション・ビジョン・バリューを創る仕事を増やしていて。企業そのものに入ってビジネスの課題を解決するような仕事にやりがいを感じるんです。それは残り続けるものですからね。

佐渡島:出版物もほとんどの作品は10~20年しか残らないですよ。瀬戸内寂聴さんの本が今も読めるのは最近までご存命だったからで、彼女と同世代で20年前に亡くなった作家の本はほぼ絶版になっています。僕が作っている作品の耐久性も、99.9%は50年にも満たないでしょうね。その中で400~500年と残る作品は、ごく個人的なものだと思っています。僕らはその可能性があるアイデア出しをしようとしていますね。

齋藤:「個人的なものが残る」というのは面白いですね。ミッション・ビジョン・バリューの作成は「企業が生き残り続けるために大事なものは何か」を探すことでもある。各法人の「個」が持っているものを掘り下げていくと、「こうやって儲ける」というノウハウのようなものは当然残らないんですよね。

齋藤太郎(さいとう たろう)/コミュニケーション・デザイナー/クリエイティブディレクター。慶應義塾大学SFC卒。電通入社後、10年の勤務を経て、2005年に「文化と価値の創造」を生業とする会社dofを設立。企業スローガンは「なんとかする会社。」。ナショナルクライアントからスタートアップ企業まで、経営戦略、事業戦略、製品・サービス開発、マーケティング戦略立案、メディアプランニング、クリエイティブの最終アウトプットに至るまで、川上から川下まで「課題解決」を主眼とした提案を得意とする。サントリー「角ハイボール」のブランディングには立ち上げから携わり現在15年目を迎える(撮影:梅谷秀司)

佐渡島:ミッション・ビジョン・バリューは企業が30~50年生き残るうえで大事そうですけど、一方で僕らが大切だとか、価値があるとか、文化だと言っているものの多くは、実は30~50年単位のものでしかないんですよ。というのも、僕は「雲孫世代まで跨がる、社会と共創する熟達」をテーマに活動する雲孫財団の評議員をしていて。雲孫とは、自分から数えて9代目の子孫のこと。年数にすると200~300年後です。世の中を雲孫の切り口で見てみると、ほとんどのことは雲孫していないんですよ。例えば日本でパンを食べる習慣はまだ200年程度のことであり、雲孫していません。

齋藤:動詞で「雲孫してる」って使うのは面白いですね(笑)。200年前はだいたい1800年だから、江戸の末期。芝居を見たり本を読んだりといった習慣は今も残っているから、コンテンツ自体は「雲孫している」と言えそうですね。

佐渡島:そんな思考実験をしながら世の中を見ると、どんなことでも30年間誰かが粘っていると、社会に根ざしたり、大きい影響力を持ち出したりするんですよね。でも、ほとんどの人は「好きだからやっている」と言うことであっても、30年は続きません。ずっと1つのことだけをやっている人はほとんどいない。だから突き詰められるものをどう見つけるかが重要で、そのために僕は作家と打ち合わせをしているんだと思います。