ウィル・スミス問題「脱毛症」当事者はどう見たか

いつも後ろめたい思いをヨガが救った

これまでの美穂さんは、ずっと目の前のできごとから逃げずに一生懸命だったのだろう。そして、ストレスがまた体を痛めつけているようにも感じた。

「髪にコンプレックスがある、それを部活や仕事で払拭したかったんです。いい成績をあげることで髪がない自分を補いたかったけど、今思えば間違ったがんばり方でした。1つ成果が出れば嬉しいけど、また次にやらなくちゃ、もっともっと!という状態。褒めてもらっても、自分に納得できてない。その根底に、“私には髪がないから”という後ろめたい思いがあり続けていて、いつまでも離れなかったからですね」

20代後半、美穂さんは勤務中のストレス解消や、体の健康を取り戻すためにヨガを習い始めるが、このことが予想外の転機となった。

「ヨガでは、“あ、体側が伸びてる、ここが気持ちいい、呼吸が深くなった”とか、体の変化を観察するんですね。それで無意識に髪に引っ張られる思考から離れることができたのです。俯瞰できるようになって、“確かに髪はないかもしれないけど、それで不幸かといえばどうなの”という想いが湧き起こりました。

脱毛症は生まれつきや、幼少期から発症するケースも(写真:ASPJ提供)

それからですね、何かを背負い込んでいるのは結局自分なんだ、と見えてくるようになったのは。ヨガを通して自分から一歩離れて、心を観察する練習をしたことで、とても楽になりました」

そして、「自分が自分の1番の理解者であり、応援する人になったら、別の人と比べる必要がなくなったんです。ウィッグをかぶって隠していたのは、他人のせいではなく、私が自分を受け入れられなかったから」と続けた。

脱毛はがん治療の副作用以外でも起こる

脱毛症に悩む当事者たちの団体やコミュニティは全国に少数しかなく、当事者同士がつながりを持ち始めているものの、髪がなくなる病気や症状は、がん治療の副作用以外にもあり、そのことが広く知られていないのが現状だ。

ASPJ代表理事の土屋光子さん(写真:ASPJ提供)

この状況を変えるべく、当事者の一人である土屋さんは有志のメンバーとともに「髪の毛の症状への理解を深め認知していくだけではなく、一人ひとりの肯定的な感情を高めていくこと、そのことを多くの人に伝えていきたい」と、2017年にASPJを設立、2021年にはNPO法人化した。

現在は、大人はもちろん、脱毛症の子どもの親の不安や悩みを和らげようと、先輩当事者とつなぐプロジェクトや、ウィッグは脱毛を隠すアイテムではなく、ファッションの一つとして楽しめるようにとイベントを企画。また、オンライン交流会の運営も行っている。

土屋さんが当事者と、その周りの人のコミュニケーションを見て、日ごろ感じていることを話してくれた。

「髪がない姿を見せると、驚きの反応をされることが多いです。確かに、自分が逆の立場だとして、今まで見慣れていないものに直面したら同じように反応すると思います。

ただ、この”驚き”と”否定”とは本来違うのですが、ときとして、驚かれている反応が拒否に感じられる当事者もいるのです。

私たちの団体が大切にしているのは、“病気だからわかってください”と理解してもらうことがすべてではなく、こうした症状は誰にでも起こりうることを知っていただくことから始まります」

ASPJではアート写真を撮影し、髪がないことを自分の一部として表現している(写真:ASPJ提供)

今回のアカデミー賞でのウィル・スミスの一件について、土屋さんが感じることも打ち明けてくれた。

ジェイダさんは冷静な対応をしていた

「さまざまなご意見を目にしていますが、ジェイダさんは以前からご自身の脱毛症に関して発信もされていたし、ニュース後の発信を見て、冷静な対応だったと個人的には感じています。ジェイダさん自身が、自分のなかで脱毛症と向き合い見つけた答えがあるゆえの、ゆるぎない強さなのでしょう」