説得がヘタな人と難なく納得させる人の決定的差

同じ内容でも伝え方によって結果は変わってきます(写真:jessie/PIXTA)
プレゼンが苦手、考えをうまく伝えられない、頑固者を説得したい……そんな「伝え方」に関する悩みは、現代だけでなく、古代から人々を悩ませる切実な問題でした。「最も偉大な雄弁家」といわれる古代ローマの弁護士・キケロは、「同じ内容でも伝え方によって、もたらす影響は大きく変わる」と伝え方の重要性を説き、説得には「論理」だけでなく「人柄」や「感情」の要素も大切だと言いました。
説得力を武器に、一時期はカエサルと肩を並べるほどの影響力を持ったキケロ。そんなキケロが現代に残した「伝え方の本質」とは? 現代を生きる私たちにも役に立つそのメソッドを、『古代ローマ最強の弁護士キケロが教える 心を動かす話し方』より、一部を抜粋してお届けします。

論理、人柄、感情による3つの説得方法

キケロの時代の約300年前、ギリシアの哲学者アリストテレスは『弁論術』のなかで、訴訟や弁論でおこなわれる説得には、弁論術を使わない説得と、弁論術を使った説得の2種類があると論じた。
「弁論術を使わない説得」とは、たとえば契約書などの文面や目撃者の証言のように、弁論の技術を使わずに用意できる説得方法を指す。
「弁論術を使った説得」とは、弁論家が自分の技能を使っておこなう説得のことで、ロゴス(論理による証明)、エートス(人柄による説得)、パトス(聞き手への心理的な働きかけ)の3種類に分けられる。
以下の『弁論家について』(キケロの著書)の1節では、主な登場人物の1人マルクス・アントニウス・オラトルが、自分自身の「着想(議論の争点の確認など、弁論を考えるうえでの最初のステップ)」の作業の進め方について説明している。その内容からは、キケロがアリストテレスの理論を取り入れていることがわかる。

訴訟を引き受けて、それがどんな種類の訴訟なのかを把握した後、わたしはまずはじめに、その弁論を通じて自分が何を主張するべきなのか、つまり、その訴訟で審理される問題(争点)を明らかにする。

それから、さらに2つの点について検討する。

1つは、どのようにすればわたし自身や依頼人が聴衆に好印象を与えられるかということ、もう1つは、どのようにして聴衆の心をこちらが望む方向へ傾かせるかということである。

弁論術として使われる説得の方法には、自分の主張を論理的に証明する方法(ロゴス)、聴衆に好感を抱かせる方法(エートス)、弁論の内容に合わせて聴衆の感情を誘導する方法(パトス)の3種類がある。

ところで、弁論家が自分の主張を証明するために使うことができる素材は、大きく分けて2種類ある。

1つは、弁論家の考えとは直接関係のない、その訴訟そのものに関わる情報である。こうした情報は所定の手順で扱われ、たとえば、証拠文書や証言、契約内容、拷問による自白、各種法律、元老院の決議、過去の判例、政務官の命令、法学者の意見など、弁論家が用意するのではなく、関係者から提示される情報はすべてこれに当てはまる。

もう1つは、弁論家自身の論理的な思考から考え出される根拠である。前者を使う場合には、情報をどのように扱うべきかを考える必要があり、後者を使う場合には、何が自分の主張の根拠となり得るのかを考える必要がある。[『弁論家について』2巻114-117節]

人柄による説得(エートス)

人を説得する要素は大きく3つあるが、エートス、つまり「人柄」もその1つである。
これは、弁論家本人、もしくは弁論家が弁護している依頼人がどのような人物なのかを演出して見せることによって、相手を説得する方法のことを言う。
その目的は、自分に対する好感や共感を聴衆に抱かせて、最終的には自分の主張に対する支持を得ることにある。また、聴衆を味方につけるために、議論で争っている相手側の人物をネガティブに印象づけることも有効である。
キケロは以下に紹介する『弁論家について』の1節(2巻182-184節)で、人柄を使った説得の効果について詳しく説明している。