企画書が苦手な人はたった1つの極意を知らない

文字要素だけを固めることの利点は、まず、企画書の流れ、論理の構成をちゃんと考えることが出来るということです。論理とは、つまりは文章の組み合わせです。文章を読んでいてつじつまが合わない箇所は、パワポ化すると、さらに論理破綻していきます。

だから、とにかく上から読んでいって、スムーズに論理が流れるよう、文字要素をしっかり固める。それが出来たら、企画書はもう7割方、完成したも同然なのです。

それが証拠に、利点のふたつ目。文字要素が完成したら、極端な話、プレゼン日が突然早まっても、プレゼン自体は何とか出来ます。だって、肝心の骨組みはもう完成しているのですから。

最近は、リッチで華美なパワポを作ること自体が目的化しているような気がします。そのせいで、多くの会社員が、実は不要で不毛な作業に時間を投下し過ぎている気もするのです。

的確なデータや美しい画像をパワポに貼り付けるのは楽しい。何百冊、いや千冊は超えているはずの企画書を量産してきた身として、重々理解しています。

ただ、物事には順序があります。とにかく文字、まずは「メモ帳」。これが「無駄なく・無理なく・機嫌よく」(MMK)な企画書作りの鉄則です(と、ここまで書いて、私は今「メモ帳」を保存しました)。

企画書の作り方を考える上で、その内容物である「企画」の作り方を考えてみたいと思います。具体的にここでは、企画のプリミティブな種としての「アイデア」について考えてみましょう。

「明日の打合せまでに、面白いアイデアを考えてくるように」

全部足し上げれば、日本のさまざまな会社において1日あたり数万回ほど、このような指令が飛んでいることでしょう。事業戦略に関するアイデアから、宴会の余興に関するアイデアまで。つまりアイデアは、会社における血液のようなものなのです。

私は、こういうお題、大好きでした。のちに評論家なんて仕事をするくらいですから、何か考えたことを発表するのが性に合う。具体的に言えば「みなさん、私、めっちゃオモロいこと考えましたよ。これこれこうで。ねっ、オモロいでしょー?」みたいなことを考えて話すことが、我が人生の目的のような気さえしています。

というわけで、若い頃から、先のような上司の指令に対しては、かなり力を入れて取り組んだものです。

しかし、です。これがなかなか難しい。キャッチコピーでもイベント企画でも何でも、5つ6つくらいの冴えたアイデアは、すぐに思い付くのですが、そこで止まっちゃうのです。

あ、ここで原則論を言いますと、いいアイデア作りと数多いアイデア作りは同義です。もちろん、最高のアイデアをひとつだけ考えて、それが採用されるという仙人みたいな人もいるかもしれませんが、実際のところは、みんなで山ほどアイデアを考えて、でも、その多くが捨てられた結果、最後に、最高のアイデアだけが生き残るというプロセスになっています。
つまり、アイデアの量が質を規定する。これ、大原則論。

「ひろげ」と「ぶつけ」の鈴木メソッド

さて、広告会社では、「アイデアを100個考えてこい」という、ごむたいな指令がよく飛びます。多分にスパルタ的、根性論的に聞こえますが、視点を変えれば、違う方向性のアイデアをいくつも量産する訓練だと言えます。

つまり、同一方向で5つ6つのいいアイデアが出たら、それとはまったく違う方向性を発見して、そこで5つ6つ、さらにはまた違う方向性で……という、柔軟な発想の仕方をするための訓練なのです。

果たして、そんなこと出来るのか? はい、出来ます! 私が体系化した「鈴木メソッド」を使えば……。

「鈴木メソッド」は、会社員当時、私が社内外の研修で使っていた発想法です。実際のところは、私がゼロから作ったのではなく、世の中に流布している様々な「アイデア発想法」を、簡単なかたちで取りまとめたものに過ぎないのですが。