老舗書店が創った「絵本グッズ」という新たな市場

第1の資源は、長年培ってきた出版社との関係です。懇意の営業担当者から絵本の編集者や権利関係の部門につないでもらい、事業プランを説明しました。自社の大事なコンテンツを扱わせる以上、出版社が慎重になるのは当然ですが、書籍販売の歴史と実績に加えて出版事業も手がける丸善ならば、前向きに検討してもらえます。

しかし、肝心の絵本作家が首を縦に振らない限り、グッズ化は実現しません。ここで丸善側は前面に立たず、出版社に作家との交渉を担ってもらう選択をします。自分が描き出す世界に強い愛情と誇りを持っているからこそ、より多くの人に作品を知ってもらい、さまざまな形で身近に感じてほしいという思いと、安易な商品化に対する不安が交錯する。そんな作家の気持ちに寄り添えるのは、出版社の社員だと考えたのです。

出版社を間に挟み、アイテム選定からデザイン、細かな色味や線の太さ一つまで、本人の要望を聞きながら完成度を上げて製品化にこぎつけることができました。

第2の資源は、人材です。「EHONS」のチームは5人で構成されています。数ある絵本の中から作品とグッズ化するモチーフを選ぶのは長年児童書を担当してきた販売員、デザイン担当は丸善オリジナル文具などを製作する部署のスタッフなど、いずれもその道のプロフェッショナルばかりです。

そして篠田氏自身も、それまでにもネクタイやオーダースーツ、傘などのオリジナル品を企画開発した経験がありました。老舗書店の長い歴史の中で蓄積されたものづくりのスキルとノウハウが、新たな事業でも活かされたのです。

「売り場があるから強い」

第3の資源は、文化を創造するDNAです。洋書はもちろんのこと、万年筆、タイプライター、ハヤシライス、ウースターソースなど、丸善が文明開花の日本にいち早く紹介したとされるものは数え切れません。

面白そうなことはやってみようというフロンティア精神と、挑戦と学習を許容する大らかな組織風土が、コロナ禍という緊急事態においても発揮されたといえるでしょう。

そして、何よりも大きかったのが、売り場という資産です。東京駅の丸の内口と地下でつながるビルの1階から4階までを占める丸の内本店の中でも、正面エスカレーターを2階に上った正面という一等地に「EHONS」のショップはあります。私が店を訪れた際も、文芸書や雑誌を目当てに来たらしい大人の女性客が思わず吸い込まれていく様子を見かけました。

読者と本のタッチポイントが電子出版物とネット書店に移行する中、テナント料や人件費が負担となるリアル書店は苦戦を強いられている。一般的にはそう理解されているかもしれません。しかし、「EHONS」においては売り場があることが強みとなりました。

単にグッズを並べるにとどまらず、売り場のデザインや陳列で絵本の世界を豊かに表現し、そこで過ごす時間を堪能してもらう。こうした没入型の体験では、五感に直接訴えかけることのできるリアルならではの優位性が確かに存在します。

弱みと思われているものを視点を変えて強みに転換させた点に、篠田氏の革新性を見て取ることができます。

「何ができるか」を知るための3つの問い

自分がすでに持っている手持ちの手段(資源)を活用し、それで何ができるかを発想して行動を起こすのが、エフェクチュエーションの行動原則の1つ「手中の鳥の原則」です。

ただし、どのような資源を持っているかは必ずしも自明ではありません。すでに持っているものに気づかなかったり、過小に評価して、手に入るかどうかもわからない不確実な資源を追い求めてしまうことは珍しくないでしょう。しかし、そうしている間にも手の中にいる鳥は逃げてしまうかもしれません。