「客の声、反映しても売れない」悩む人に欠けた視点

それもそのはず、消費者視点で考えてみれば、これらはいずれも「牛乳を思わず飲みたくなる」ようなメッセージになっていません。では、どうすればそんな心理状態になるのでしょう?

牛乳協会は、その謎を解き明かすためにある実験を行いました。多数の協力者を集めて、たったひとつだけ、ルールを伝えました。「今日から2週間、何があっても絶対に牛乳を飲まないように」と。そして実験終了後、協力者たちに、牛乳を禁じられている間、痛切に「牛乳が飲みたい!」と思ったのはどんなときだったのかをリサーチしたのです。

結果、明らかになったのは、牛乳を飲みたくて仕方なかったと多くの人が感じた瞬間は、健康になりたいと思ったときでも、背を伸ばしたいと思ったときでも、リラックスしたいときでもなく、「ボソボソのクッキーを食べているとき」だったということでした。これこそが、消費者が牛乳に対して抱えているインサイトだったのです。

消費者は、パサパサのタルトやモソモソのパンを食べ、口の中の水分が持っていかれたときに、咀嚼物を流し込むために牛乳を飲みたいと思っていたのです。

このインサイトを探り当てた牛乳協会は、牛乳の売り方を大きく転換させました。牛乳売り場ではなくお菓子売り場に「Got Milk?(牛乳も買った?)」と書かれた広告を掲示したり、ガールスカウトクッキー(スーパーなどの前でガールスカウトの少女たちが活動の資金集めのために手作りクッキーを売る行事、アメリカの春先の風物詩)の時期にボーイスカウトの少年たちが牛乳を販売するキャンペーンを行うなど、クッキーを美味しく食べるのに欠かせない相棒として牛乳のプロモーションを展開し、売り上げを大きく伸ばすことに成功したといいます。

つまり、クッキーをトリガーに「牛乳を飲みたい」という無意識下の欲求のツボを刺激したのです。

インサイトを刺して生まれた大ヒット商品

あるいはこんな事例もあります。

『Liquid Death(リキッド・デス)』というアメリカのスタートアップが売っているのは、ドクロがあしらわれたヘビメタ風のいかついデザインの缶に入った、100%ただの水。現代の若い世代はアルコールを嗜まない方も多く、かといってクラブやバーでペットボトルに入った水やジュースを飲むのはダサくて恥ずかしい……というインサイトを刺して生まれた商品です。

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『MURDER YOUR THIRST(渇きをぶっ殺す!)』というファンキーなキャッチコピーをはじめとしたユニークなクリエイティブも相まって、スーパーやクラブ、フェスなどに販路を広げ、にわかには信じ難いですが日本円にして年間190億円もの売り上げがあるのだとか。

他にも、最近空港にずらっと並んでいるガチャガチャも、海外観光客のインサイトをうまくついた事例です。旅行が終盤に向かうにつれ、現地通貨を使い切りたいような感覚に駆られる方は決して少なくないでしょう。空港に着いてしまったら最後、外貨両替所で手数料を払って自国通貨に戻すしかないですし、何よりなんだか味気ない旅の終わりになってしまいます。

そんなとき、空港にガチャガチャがあれば、小銭も消費できるし、お土産も手に入るし、日本でしかできないユニークな体験もできるしで一石三鳥です。実際、成田空港においてあるガチャガチャは400台近くにも及び、通常の機体の3倍近い売り上げがあるのだそうです。

このように、生活者心理を理解し、インサイトを的確に捉えることで、事業に大きな確変をもたらすことができるのです。