ニチイ学館、創業家が現金434億円を手にするMBOというウルトラC…少数株主を犠牲か

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経済産業省 HP」より

 介護大手のニチイ学館は8月18日、米投資ファンドのベインキャピタルと経営陣、創業者一族が組んで実施していたMBO(経営陣が参加する買収)について、TOB(株式公開買い付け)が成立したと発表した。17日までの買い付け期間中に、自己株式をのぞいた発行済み株式数の82.27%の応募があった。MBOの成立を受け、上場廃止を決める臨時株主総会を10月に開催する予定。買い付けに参加したニチイ学館の森信介社長らは引き続き経営にあたる。

創業者の寺田会長の死去に伴う巨額な相続税が発端

 MBO成立までの紆余曲折を振り返ってみよう。

 創業者の寺田明彦会長が19年9月28日、すい臓がんで83歳で死去したことから、すべては始まった。3度結婚した昭彦氏は、親族に当時の時価で200億円超というニチイ学館の株式を残した。大株主は20年3月末時点で19年同月末と比べて様替わりした。筆頭株主は一族の資産管理会社明和の24.95%。17.09%を保有していた寺田明彦氏の名前は消え、2位は長男の寺田大輔氏の7.19%、3位が次男の寺田剛氏の5.48%、5位が親族の寺田啓介氏の4.19%となった。

 納付を迫られる相続税は莫大だ。市場で持ち株を売却・換金すれば株価は暴落する。創業者が保有していた株を会社が買い上げて自社株とする方法もあるが、これだと創業家は大株主でなくなり、経営から外れることになる。これは避けたい。MBOというウルトラCが、創業家が経営に関与できる唯一に近い方法だった。

 株を相続した息子ら親族と、その資産管理会社、ニチイ学館の森信介社長が5月8日、社外取締役の杉本勇次氏が日本代表を務める米ファンド、ベインキャピタルと組んでMBOをすると表明した。ベインキャピタルが約270億円を出資して受け皿会社を設立。受け皿会社が、みずほ銀行、三井住友銀行、野村キャピタル・インベストメントから986億円を上限として借り入れて、株式を譲り受ける際の決済資金とする。TOB価格は5月7日の終値に約37%のプレミアムをつけ1株1500円とした。

 TOBは3分2超の株式の買い付けを目標とした。寺田氏の親族や森氏ら44.04%の株主はMBOに賛同。筆頭株主である一族の資産会社の明和は、相続人代表の寺田邦子氏が唯一の株主である。TOBには応じないが、TOB成立後に受け皿会社に全株式を譲渡する。

 44.04%の株式を握っていた寺田一族は、1株1500円で売却すれば434億円の現金(キャッシュ)を手にできる。この金で莫大な相続税を支払い、残った資金を受け皿会社に出資。創業家は非上場となったニチイ学館の大株主に留まり、経営を続けるというシナリオだ。

MBOと親会社による上場子会社買収の際の「公正性」の指針

 MBOには特定の大株主に有利に働くとの懸念が常につきまとう。支配株主が少数株主が持つ株式の全部を、その少数株主の承諾を得ることなく強制的に買い取る道が開かれている。これは、締め出しを意味するスクイーズ・アウト(少数株主排除)と呼ばれる。

 ニチイ学館は「コロナ禍による不透明感から構造改革が必要で、上場したままでは株主に株価下落の迷惑をかける」と、MBOを実施して株式を非公開にすることの大義名分に掲げた。しかし、創業一族は相続税支払後、受け皿会社に再投資し大株主の座に留まるため、意図は明白だとされる。

 昨年6月、経済産業省は「公正なM&Aの在り方に関する指針」(以下・指針と略)を公表した。指針には、MBOのほか親会社による上場子会社の買収を対象に加えるとともに、取引の公正さを担保するための措置について詳細に提言した。MBOや親会社による買収は構造的に利益相反の問題があるとし、(1)対抗買収者の提案機会の確保、(2)買収者と利害関係を持たない少数株主の支持――などを成立のための条件として盛り込み、「公正性の確保」を強く求めた。