ベートーヴェン『第九』、なぜ日本では年末に演奏?日本のオーケストラの特殊事情

 それは、新型コロナウイルスの影響で、9月末まで緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が継続されることになったからです。練習が開始できなくなっただけでなく、新型コロナはやっかいな感染症だけに収束時期も不透明なので、合唱団が早々に中止してしまったという話を、いろいろなところで耳にします。

 オーケストラのほうも、合唱団が必要ないオーケストラ曲に急遽差し替えたり、4名のソリスト歌手をキャンセルしたり、コンサート自体を中止したりと、てんやわんやだったと思います。しかし、皮肉にも現在の感染状況の落ち着き具合を見ると、「実際には開催できたのではないか」と、悔しい思いをしている方も多いと思います。

 そのようなわけで、昨年も今年も、練習時間の制約がないプロの合唱団が大忙しになっているようです。たとえば、九州のオーケストラが東京のプロの合唱団を招聘するなど、以前では考えられなかったと思います。

なぜ日本では12月に『第九』が根付いたのか

 ところで、ずっと疑問に思っていたことがあります。確かに、『第九』はベートーヴェンの最高傑作です。僕も指揮をするたびに、毎回特別な思いを持ちますし、大感動します。しかし、日本では西洋音楽がそれほど知られていなかった戦後まもない頃に、なぜ日本交響楽団は『第九』を演奏したのでしょうか。そして、「今後もこれはいける」と確信できるほどの大成功を収めたのでしょうか。

 その答えのひとつとして、第二次世界大戦中の学徒出陣がかかわっているという説があります。戦時中の1943年12月、大学卒業を繰り上げて戦地に赴く学徒たちの壮行会で演奏されたのが、『第九』のなかの「歓喜の歌」だったそうです。大戦中は、アメリカ音楽は“敵国音楽”として禁じられていましたが、ベートーヴェンはドイツ人、つまり同盟国の作曲家なので大丈夫だったのでしょう。その後、終戦を迎えて生き残った学生たちが、亡くなった仲間を追悼するために、出陣壮行会と同じ12月に再び『第九』を演奏し、それが定着したというのです。

『第九』の歌詞の一部、「Alle Menschen werden Brüder」(すべての人類は仲間となる)は、敵も味方もない、戦後のすべての人々に響き渡ったのでしょう。これは、今もなお大事なメッセージだと思います。

(文=篠崎靖男/指揮者)

ベートーヴェン『第九』、なぜ日本では年末に演奏?日本のオーケストラの特殊事情の画像2

●篠﨑靖男
 桐朋学園大学卒業。1993年アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールで最高位を受賞。その後ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクール第2位受賞。
 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後、英ロンドンに本拠を移してヨーロッパを中心に活躍。ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、BBCフィルハーモニック、ボーンマス交響楽団、フランクフルト放送交響楽団、フィンランド放送交響楽団、スウェーデン放送交響楽団など、各国の主要オーケストラを指揮。
 2007年にフィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者に就任。7年半にわたり意欲的な活動でオーケストラの目覚ましい発展に尽力し、2014年7月に勇退。
 国内でも主要なオーケストラに登場。なかでも2014年9月よりミュージック・アドバイザー、2015年9月から常任指揮者を務めた静岡交響楽団では、2018年3月に退任するまで正統的なスタイルとダイナミックな指揮で観客を魅了、「新しい静響」の発展に大きな足跡を残した。
 現在は、日本はもちろん、世界中で活躍している。エガミ・アートオフィス所属
オフィシャル・ホームページ http://www.yasuoshinozaki.com/