TSMC工場進出の菊陽町、空前のバブルと地元企業の人材確保難が同時発生

(協力=永濱利廣/第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト)

 当サイトは23年11月2日付け記事で、政府がTSMC工場建設に1兆円超を補助する目的などについて報じていたが、以下に再掲載する。

――以下、再掲載――

 世界最大手の半導体ファウンドリー、TSMC(台湾積体電路製造)が熊本県菊陽町に建設する工場。日本政府は第一工場(23年内に完成予定)に総投資額の約4割に相当する4760億円、第二工場(24年4月着工予定)に約5割に相当する9000億円を補助するが、政府が補助を出す日本のラピダスの競合にもなり得る外国企業のTSMCに計1兆円以上もの補助をすることが、議論を呼んでいる。

 10月24日、熊本県の蒲島郁夫知事は定例会見で「半導体など最先端の製品を熊本から輸出入できるような空港機能を強化するとともに、多くの乗客が利用できる空港にしたい」と熊本空港を中心とする「大空港構想」に言及した。この構想は、空港機能の強化、産業の集積と産業力の強化、交通ネットワーク構築、快適な生活ができる街づくりの 4つの柱で構成される。熊本県はTSMCの工場建設を契機に、劇的に変貌する勢いだ。その勢いは九州全域を射程に入れて、続く25日に開かれた九州地方知事会議で「九州シリコンアイランド」構想が発表された。九州フィナンシャルグループの試算によると、TSMC進出を起点とした経済波及効果は、2022~31年の10年で6兆8518億円(累積効果)に達する。

「政府がこれだけの補助をするのは経済波及効果が目的ではない。経済波及効果はあくまで二次的な効果で、目的は自動車産業の強化である」

 そう指摘するのは「セミコンポータル」編集長兼「newsandchips.com」編集長を務める国際技術ジャーナリストの津田建二氏である。この指摘を裏付けるように、熊本工場を運営するTSMCの子会社JASMには、ソニーセミコンダクタソリューションズとともにデンソーが出資している。

「経済産業省は半導体分野でラピダスのような新会社だけでなく既存の会社にも補助する方針を固めているので、TSMCへの補助はその一環と捉えている。TSMCの熊本進出の背景は、経産省が半導体産業を強化する一番の近道として、世界一のメーカーを日本に誘致しようと考えを変えたことにある。スマホなど最先端のデジタル分野で使う半導体は7ナノ(1ナノメートルは10億分の1メートル)など高集積なものだが、この水準の集積度をよく使うのはクアルコム。その技術を製造できるTSMCは22~28ナノも製造できる。この集積度は日本の強みである自動車製造に適している」(津田氏)

 現状では投資リスクはほとんど見当たらない。自動車製造の大きなテーマは事故を引き起こさない車の開発だが、制御機能に半導体は不可欠であるうえに、自動運転車が事故を起こした場合、瞬時に救急センターに無線で位置情報が送信され、救急車が駆けつける体制が欧州では始まっている。この体制整備にも大量の半導体が使用される。供給先のメインが自動車業界であることから、当面の間、需要は拡大する一方である。

 他方、TSMCの熊本進出は米国にもメリットがある。米国政府は、半導体など安全保障に関わる分野で米国資本の対中投資を規制しているが、台湾有事を想定して半導体供網を分散化しておきたい思惑があるともいわれる。

「米国政府はTSMCの熊本進出を支援していないし、関与できる立場にないが、TSMCの熊本進出を一番歓迎しているのは米国政府ではないだろうか」(同)

半導体=安全保障の物資

 コロナ禍を契機に各国とも半導体供給網の再編強化を重点政策に据え、ロシアのウクライナ侵攻でその動きを加速させている。半導体を戦略物資として、従来にも増して明確に位置付けたのだ。