実際、AIが「明日は売れない」と予測した商品が、突然SNSで話題になって売り切れることもある。「確率の誤差」は、現実社会では在庫ロス、欠品、機会損失といった形で顕在化する。
「AIの予測は平均的な傾向には強いが、突発的な変化――いわゆる“ブラックスワン”には弱い。だからこそ、AIと人間の判断を組み合わせるハイブリッド型の運用が重要です」(岩井氏)
AIが描く未来の“確率分布”を、どのように人間が解釈し、使いこなすかが、今後の成否を左右する。
さらに、岩井氏はAIの限界をこう指摘する。
「AIは過去の行動パターンを学習しますが、人間の行動は“非合理”に満ちています。
一瞬の感情、流行、偶然の出会いが購買行動を左右する。AIがいくらデータを積み重ねても、“なぜそれを買ったのか”までは完全に再現できません」
AIの予測は「理性的な人間」を前提としているが、実際の人間は感情的で気まぐれだ。
たとえば気温が少し高いだけでアイスの売上が急増したり、SNSの投稿ひとつで地域の特産品が爆発的に売れる。AIはその“偶然の連鎖”を予測できない。
「AIが市場を先読みしても、人々の感情はそれを裏切る。経済とは、“非合理の連鎖”で動く現象なのです」(同)
この“非合理”こそが、人間の創造性の源であり、AIには代替できない部分だ。
一方で、AIが単に未来を“読む”だけでなく、“創る”存在になりつつある。ファッション業界の三陽商会は、ファッションポケット社のAIトレンド解析サービス「AI MD」を導入。SNSの言語解析と購買データを掛け合わせ、「来季の流行色」「売れるシルエット」を予測する。これにより、デザイン段階で“売れる商品”を設計することが可能になった。
「AIは過去を分析して未来を予測するだけでなく、企業の意思決定を通じて未来そのものを作り出す存在になっています。かつては“需要を読む”ことが目的でしたが、いまやAIが“需要を設計する”段階に入っています。
地方自治体でもAIが人流データをもとに“この日にイベントを開催すれば集客が増える”と提案する例が増えています。人間が行動する前に、AIが行動の方向性を提示する社会。これは、マーケティングを超えて社会設計の問題になりつつあるのです」(同)
AIが未来を読むだけでなく、私たちの行動そのものを“誘導”する――。その影響は経済活動を超え、文化や地域社会のあり方にも及び始めている。
AIによる需要予測は、経済の効率化を大きく前進させた。無駄を減らし、在庫を最適化し、人手を解放する――。だが、その便利さの裏で、私たちは“偶然”を失いつつあるのかもしれない。
「AIが未来を読む社会では、“不確実性”が排除されます。しかし、不確実性のなかにこそ、イノベーションの芽や人間的な判断がある。予測できないことを恐れすぎる社会は、変化に弱くなります」(同)
“偶然の発見”が失われれば、新しいアイデアや市場が生まれにくくなる。AIが最適化した社会は、同時に“予定調和的な社会”でもある。
「効率を追求するあまり、社会が“滑らかすぎる”方向へ向かっている。そこでは、誤差やズレを許容する余白が失われます。AIが未来を読むほど、人間は“想定外”を恐れるようになるのです」(同)
AIの需要予測は、企業にとっては利益の最大化手段であり、消費者にとっては利便性の向上をもたらす。だが、同時にAIは社会全体の“行動パターン”を再設計している。
「AIによる予測社会では、“選択の自由”と“効率の最適化”がトレードオフになります。
どちらを優先するかを議論しないと、社会は静かに“AIの思考”に支配される」(同)
未来を読む力を持つAIが、社会の“羅針盤”になる時代。だからこそ、私たちは改めて問い直す必要がある――その予測は、誰のためのものなのか。
いま、AIによる需要予測は社会のインフラとして根を下ろしている。スーパーの棚、タクシーの位置、農作物の出荷、コールセンターの人員配置。あらゆる判断がAIによる「確率的な未来」を前提に動いている。
AIは未来を読む。だが、その未来をどう使うか――それを決めるのは、いまだ人間の手に委ねられている。
予測される生活の中で、私たちは何を信じ、どんな偶然を許容するのか。その選択こそが、“AIと共に生きる社会”の本当の意味を決める。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部)