「富裕層ファミリーは客室単価も高く、付帯消費も大きい。安心できる託児があることは予約決定の重要要素になり得る」(都内外資系ホテル支配人)
つまり託児はコストではなく、客単価を押し上げるレバレッジ装置なのである。
では、この市場規模はどの程度に膨らむ可能性があるのか。仮に年間訪日客のうち、富裕層ファミリーが数%を占め、その夜間消費が1日あたり数万円単位で拡大するとすれば、ナイトタイム経済全体への波及効果は極めて大きい。
外食、エンターテインメント、伝統芸能、バー、ショッピング――。これらは原価率が低く、付加価値が高い産業群である。
観光政策アナリスト・湯浅郁夫氏は次のように分析する。
「日本は昼の観光消費では一定の成果を上げたが、ナイトタイム経済はまだ未成熟。子連れ富裕層の消費解放は、構造的に数千億〜数兆円規模の拡張余地がある」
特に東京・京都・大阪といった都市部では、既存インフラを活用できるため、追加投資負担も限定的だ。
もっとも、この市場には課題もある。
第一に、事故リスク管理と保険制度。
第二に、保育人材の確保。
第三に、文化的受容性である。
海外ではナニー文化(教育・育児の専門家が保護者に代わって子どもにケアをする文化)が根付く一方、日本では第三者預かりへの心理的抵抗が残る。しかしインバウンド市場では事情が異なる。利用者は海外の価値観を持つ顧客層だ。
重要なのは透明性だ。
・資格の明示
・対応可能な医療範囲の明確化
・多言語契約書
・損害保険の整備
こうした制度設計が整えば、信頼は飛躍的に高まる。
日本は長らく「ハード整備」に注力してきた。空港、ホテル、キャッシュレス、Wi-Fi――。だが観光成熟国に必要なのは、不便の解消というソフトアップデートである。子連れ富裕層が夜の銀座に安心して出かけられる社会。親が歌舞伎を鑑賞している間、子どもも安全に日本文化に触れられる環境。
それは単なる利便性向上ではない。
・親の消費拡大
・子どもの再訪意欲醸成
・ホテルの収益増
・都市のナイトエコノミー活性化
点だった消費が、線となり、滞在体験全体へと拡張する。
観光立国の競争は、今や「誰をどれだけ呼ぶか」ではなく、「滞在中の体験価値をどこまで深められるか」の勝負に移行している。託児サービスは、その文脈において決して脇役ではない。
むしろ、日本が高付加価値観光へと本格転換するための、最後のピースなのである。夜の銀座が、家族全員の体験として開放される日。そこから解き放たれる経済効果は、想像以上に大きい。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=湯浅郁夫/観光政策アナリスト)