この「設計の多様化 × 製造の集中」というねじれ構造こそが、現代の半導体供給網の最大の脆弱性といえる。
こうした構造にさらに影を落とすのが、台湾を巡る地政学リスクである。中国による軍事的圧力や経済的摩擦が激化すれば、TSMCの供給網が寸断される可能性は否定できない。
その影響は半導体産業にとどまらない。AI開発、クラウドインフラ、スマートフォン、自動車──あらゆる産業が連鎖的に機能停止に陥るリスクを孕む。この点について岩井氏はこう警鐘を鳴らす。
「TSMCは単なる企業ではなく、“グローバル公共財”に近い存在になっています。その供給が止まることは、エネルギー危機に匹敵する経済ショックを引き起こしかねない」
まさにTSMCは、世界経済における「単一故障点(Single Point of Failure)」となりつつある。
もちろん、各国もこのリスクを認識していないわけではない。米国ではインテルがファウンドリー事業の再強化を進め、韓国のサムスン電子も先端プロセスで巻き返しを図る。
日本では国策企業ラピダスが2ナノ半導体の開発を進めており、2027年後半の量産開始を目指している。
しかし現時点では、いずれもTSMCの技術水準や歩留まり、量産能力に匹敵する段階には至っていない。
「先端半導体は“設備投資競争”であると同時に、“時間との戦い”でもあります。TSMCはすでに数年先を走っており、短期的に追いつくことは極めて難しい」(同)
つまり、代替候補は存在するものの、「今すぐ機能する代替」は存在しないというのが実情だ。
仮にiPhone 17の生産遅延が現実となれば、それは単なるアップルの問題では終わらない。半導体供給網の脆弱性が、消費者向け製品という最も分かりやすい形で顕在化する「象徴的事件」となるだろう。
そして同様のリスクは、自動車や産業機械、さらにはAIインフラにも波及する可能性が高い。
重要なのは、今回の問題が「需給逼迫」という一時的な現象ではなく、「構造的集中」という長期的課題である点だ。
では、このリスクにどう対処すべきか。答えは単純な「脱TSMC」ではない。むしろ現実的には、以下の複合的なアプローチが求められる。
第一に、製造拠点の地理的分散。TSMC自身も米国・日本での工場建設を進めているが、そのスピードと規模は依然として限定的だ。
第二に、設計と製造の最適化。最先端ノードに依存しないアーキテクチャ設計や、用途別の半導体分散も重要になる。
第三に、国家レベルでの産業政策。補助金や規制を通じたファウンドリー育成は、もはや経済安全保障の中核課題となっている。岩井氏はこう総括する。
「半導体は“効率性”から“レジリエンス”の時代に入りました。多少コストが上がっても供給を分散します。それが企業にも国家にも求められる新しい合理性です」
TSMCへの一極集中は、技術的合理性の帰結であると同時に、極めて危険な構造でもある。
AI半導体バブルは、この集中をさらに加速させた。そしてその歪みは、iPhone 17という具体的な製品リスクとして表面化しつつある。
効率性を極限まで追求した結果、システム全体が脆弱化する──これは半導体に限らず、現代のグローバル経済が抱える共通のジレンマだ。
いま問われているのは、「最も安く、最も速く」ではなく、「いかに持続可能な供給網を構築するか」である。
その答えが見つからない限り、次に起きるのはiPhoneの遅延では済まないかもしれない。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=岩井裕介/経済コンサルタント)