「荷主企業から見ると、輸送の脱炭素化は“コスト”ではなく“競争力”の問題に変わりつつあります。排出量の少ない物流網を持つ企業ほど、ESG投資や取引先評価で優位に立てるためです」
一方で、グローバル競争の激化も無視できない。中国のBYDなどは小型EVトラック分野で急速に存在感を高めており、価格競争力を武器に市場を拡大している。国内メーカーが同じ土俵で競うことは容易ではない。
その意味で、日本勢が「大型×水素」という領域で差別化を図る戦略は合理性を持つ。ただし、その前提となるのはコストの壁を乗り越えられるかどうかである。現時点ではFCトラックの車両価格はディーゼル車の数倍、1台あたり数千万円規模とされ、補助金なしでの普及は難しい。
FCV普及の最大の障壁は、水素供給インフラの不足である。日本国内の水素ステーションは約160カ所にとどまり、その多くは乗用車向けであり、大型トラックに対応できる設備は限られている。
この状況を打開するため、政府は補助金や規制緩和を通じて水素インフラの整備を支援している。特に注目されるのが、特定の物流ルートに重点的に水素供給網を整備する「グリーンコリドー」構想である。
これは全国一律のインフラ整備ではなく、港湾・工業地帯・幹線道路といった特定エリアに資源を集中させることで、実用的な水素物流網を先行的に構築するアプローチだ。
エネルギー政策研究科の佐伯俊也氏は次のように評価する。
「水素インフラは“点”では意味がなく、“線”として機能させる必要があります。グリーンコリドーは現実的な落としどころであり、まずは採算の取れる区間を作ることで民間投資を呼び込む狙いがあります」
ただし、水素の製造コストや輸送コストも依然として高く、再生可能エネルギー由来の「グリーン水素」が主流化するには時間を要する。インフラ整備と並行して、エネルギーコストの低減が不可欠となる。
いすゞとホンダの連合が示唆するのは、単なるパワートレインの転換ではない。トラックメーカーのビジネスモデルそのものの変化である。
従来の「車両を販売して終わり」というモデルから、エネルギー供給、運行管理、データ活用、さらにはカーボンクレジット取引までを含めた総合的なサービス提供へと進化する必要がある。
投資家の視点から見れば、これは次世代パワートレインの標準化競争でもある。EVかFCVかという議論は終わりつつあるが、「どの領域でどの技術が標準となるか」は依然として流動的であり、ここで主導権を握れるかどうかが企業価値に直結する。
前出の荻野氏はこう総括する。
「商用車メーカーにとって重要なのは、車両単体の性能ではなく、エコシステム全体を設計できるかどうかです。水素を軸にした物流ネットワークを構築できれば、日本企業にも十分に勝機はある」
いすゞとホンダの取り組みは、単なる共同開発を超えた意味を持つ。それは、日本の物流という社会基盤を次世代に適応させるための「実証実験」であり、同時に産業構造の転換を試みる挑戦でもある。
ディーゼルが築いた時代の終焉が見え始めるなかで、水素はその代替となり得るのか。答えはまだ出ていない。しかし少なくとも、その問いに対する最も現実的な仮説が、いま動き出している。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=荻野博文/自動車アナリスト)