こうした規制の影響で、エヌビディアの中国AIチップ市場でのシェアは2022年の95%から2025年には約50%まで低下したとジェンスン・フアンCEO自身が明らかにしている。つまり中国のAI企業にとって、資金力があっても最先端GPUを潤沢に調達できる保証はなく、需要が急拡大した局面で増設が追いつかないリスクは常につきまとう。ムーンショットAIの今回のサービス停止も、こうした構造的な供給制約と無縁ではないとみられる。
「中国企業は限られたGPUをいかに効率よく使うかという技術で対抗してきました。しかし需要が想定を超えて跳ね上がった場合、効率化だけでは追いつかない。今回の一件は、規制がボディブローのように効いてくる局面が実際に訪れたことを示しています」(同)
中国のAI業界では近年、アリババやテンセント、百度といった巨大IT企業に加え、DeepSeekやムーンショットAI、Zhipu AI(智譜)といった専門特化型スタートアップの存在感が高まってきた。Bloombergの報道では、Kimi K3の高い性能が世界の株式市場を動揺させるほどのインパクトを持ったと伝えられている。
しかし今回の一件は、自前で巨大データセンターや独自チップを保有する体力のある大手と、外部のGPU調達に依存せざるを得ないスタートアップとの間に、看過できない格差があることも同時に示した。需要の急拡大に耐えられるインフラを持つかどうかは、AIサービスの信頼性そのものを左右する。
新規ユーザーを受け入れられない状態が続けば、潜在ユーザーが競合サービスに流れるリスクも否めない。一方で中国国内ではファーウェイやカンブリコン(寒武紀)など、国産AI半導体の台頭も進んでおり、輸出規制下でのGPU調達難を国産化で補おうとする動きも並行して進んでいる。今後、スタートアップが単独でインフラを抱え続けるのか、あるいは大手プラットフォーマーや国産半導体メーカーとの連携を深めていくのか、中国AI業界の勢力図はなお流動的な局面にあると考えられる。
今回のムーンショットAIの事例は、対岸の火事とは言い切れない。日本企業が生成AIを活用した新規事業を企画する際、「モデルの性能」や「利用料金の安さ」にばかり目を奪われ、スケールした際の推論コストやインフラ調達リスクを軽視すれば、同様の壁にぶつかりかねないからだ。
生成AIの活用が一巡し、次のフェーズに移りつつある今、重要になるのは「安売り競争」からの脱却と、需要拡大を見据えた持続可能なコスト設計、そして調達リスクを織り込んだインフラ戦略である。急成長がそのまま企業の実力を意味するわけではなく、成長を支え切れるだけの基盤を伴って初めて、AIビジネスは持続可能なものになる。ムーンショットAIの「うれしい悲鳴」は、その基本原則を改めて浮かび上がらせた出来事だったといえるだろう。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=岩井裕介/半導体アナリスト・経済コンサルタント)