一方で、これまで価格を押し上げてきた要因の一部に変化の兆しが出ている点は注視すべきだろう。市場関係者の一部は、5月・6月のマンション価格が、これまで連動性が指摘されてきた日経平均株価の動きと足並みをそろえなくなっている点を指摘しており、株価という「資産効果」だけでは説明しきれない需給要因、すなわち実需層の購買力の限界が価格形成に影響し始めている可能性がある。
年末に向けては、都心の価格は弱含みで推移し、緩やかな調整局面に入るとの見方が市場では出ている。ただし、新築マンションの建築コスト高止まりや土地仕入れの難しさ、都心部の希少性といった供給制約は解消していないため、二桁パーセントに及ぶような急落ではなく、緩やかな適正化にとどまる可能性が高いというのが、現時点での比較的中立的な見立てといえる。今後の分岐点としては、①日銀の追加利上げペース、②デベロッパーの仕入れ価格調整の速度、③賃貸市場(家賃相場)の底堅さ、の3点が挙げられる。
今回の統計で特徴的なのは、都心が下落する一方、周辺区は上昇を続けている点だ。品川・世田谷などを含む城南・城西6区は28カ月連続の上昇となり、前月比1.1%高の1億794万円。台東・江東などを含む城北・城東11区も16カ月連続の上昇で、同0.5%高の8338万円だった。首都圏(1都3県)全体で見ても、平均価格は前年同月比27.4%上昇の7454万円と過去最高値を更新している。東京カンテイは、都心部以外については引き続き底堅い需要が続くと分析している。
もっとも、両エリアともに上昇幅そのものは鈍化している。都心の価格調整が今後さらに進めば、これまで「割安感」を頼りに周辺区や郊外へ流出していた一次取得層の一部が、都心・周辺区に回帰する可能性も考えられる。逆に、価格高騰期に大きく値を上げた郊外・新興エリアの物件は、都心との価格差が縮小するほど相対的な割高感が意識されやすくなる。エリアごとの選別、いわゆる二極化は今後さらに強まる可能性がある。
この局面変化は、不動産事業者の事業運営にも実務的な影響を及ぼす。
仲介事業者にとっては、専任媒介契約を獲得するために相場を上回る査定価格を提示する、いわゆる「高値受託」戦略が通用しにくくなる局面である。値下げ物件の割合が5割を超える市場では、平均販売期間の長期化に伴う営業コストの増加が現実的なリスクとなる。相場観に即した査定精度を高め、早期成約を前提とした価格設定へと回帰する動きが、今後は業界内でより意識されるだろう。
「これまでは『とりあえず高めに出して様子を見る』という売り出し方が通用していましたが、在庫が積み上がった今は、最初の1カ月で反応が薄い物件は長期化しやすい。査定の段階でシビアに市場価格を伝える重要性が増しています」(秋田氏)
買取再販・リノベーション事業者にとっては、在庫の回転速度(ターンオーバー率)の低下が資金繰りに直結しうる点に注意が必要だ。販売価格の伸び悩みを見越し、仕入れ価格を慎重に見直す動きや、リノベーション仕様のメリハリづけによって付加価値を明確化する動きが強まると考えられる。
新築デベロッパーにとっても、中古市場の価格調整は無関係ではない。中古の価格動向は新築の価格設定や供給計画の目安として参照されることが多く、都心の調整が長引けば、高値仕入れ済みの用地での採算圧迫や、完成在庫リスクの増大につながりうる。用地仕入れ基準の厳格化や、専有面積・設備仕様の見直しによる総額抑制が今後の論点になるだろう。
今回の統計が示すのは、東京23区の不動産市場が「崩壊」に向かっているということではなく、これまで前提とされてきた「右肩上がり」が唯一の相場観ではなくなりつつあるという変化である。金利のある時代への移行と実需層の購買力の限界が、都心の一等地から徐々に価格形成に影響を及ぼし始めている。
事業者・購入検討者のいずれにとっても、今後は次の3つのデータを継続的に確認する視点が重要になる。①主要ポータルサイトの在庫件数の推移、②値下げ物件の割合や価格改定率、③住宅ローン金利(特に変動金利)の動向——である。値上がり益を前提とした発想から、立地の実需性とキャッシュフローを軸にした判断へと、意思決定の軸足を移すタイミングに差し掛かっているといえるだろう。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=秋田智樹/不動産ジャーナリスト)