DeepSeek、ファーウェイ製AIチップ向けツールを無償公開…それでも日本企業が簡単に乗れない理由

 一方で、チップ単体の差はなお大きい。Ascendは、米政府もファーウェイ自身も、エヌビディアの最先端品に少なくとも1世代遅れるとみている。だからファーウェイは、大量のチップを高速な相互接続で束ねるシステム設計で補う道を選んだ。9月の「HUAWEI CONNECT 2026」では、Ascend 950搭載のスーパーノードが商用利用段階に入ったと発表している。米国の対中輸出規制も追い風となり、ファーウェイは約500億ドル規模とされる中国国内のAIチップ市場で、およそ半分を握るまでになった。

 もっとも、性能の数字はいまのところ当事者の自己申告だ。第三者が市場で調達したAscendで同じ結果を再現できるか。評価が定まるのはそこからになる。なお、DeepSeekは推論向けの自社チップを開発中とも報じられており、中国勢も単一ベンダーへの依存を避けようとしている点は見落とせない。

企業を悩ませる「推論コスト」と、ハード抽象化の流れ

 視点を企業側に移す。PwCが2026年1月に公表した世界CEO意識調査(95カ国・地域、4454人)では、過去12カ月でAIによる売上増もコスト減も実現できていないと答えたCEOが56%に上った。生成AIへの投資意欲は旺盛でも、成果の回収はまだ道半ばというのが実態だ。

 重くのしかかるのが推論コストである。デロイトは、2026年にはAI計算量の3分の2を推論が占めると見込む。学習は一度で終わるが、推論は使われるほど費用が積み上がる。

「PoC(概念実証)では気にならなかった従量課金が、全社展開した途端に跳ね上がるというケースが、非常に多く見受けられます。高性能GPUが要らない処理まで同じ基盤で回しているケースは珍しくありません」(同)

 ここで効いてくるのが、ハードの違いをソフト側で吸収する「抽象化」の流れだ。OpenAIが主導するカーネル記述言語「Triton」、AMDの「ROCm」、そして今回のTileLang。いずれも「CUDAで直接書かなくても性能を引き出せる」方向を目指している。グーグルのTPUやAWSのTrainiumなど、クラウド大手の独自チップも広がった。

 ただし、「AIコストが一気に何分の1になる」と考えるのは早計だ。移植や検証の工数、運用ノウハウ、サポート体制まで含めれば、乗り換えが割に合うかは処理の中身次第で変わる。確実に言えるのは、「すべてを最高性能のGPUで回す」以外の選択肢が、技術的には現実味を帯びてきたということだ。

日本企業が直面する「コスト」と「地政学」の板挟み

 では、日本企業がAscendを使えばいいのかといえば、そう簡単ではない。

 第一に、米国の輸出管理規則(EAR)がある。米商務省産業安全保障局(BIS)は2025年5月、Ascend 910B/910C/910Dについて、米国の技術を用いて開発・製造された可能性が高く、使用すれば規制違反のおそれがあり、執行措置の対象になりうるとの指針を出した。950系が明示されているわけではないが、同じ論理が適用される余地は残る。逆に中国側は、外国の制裁措置に協力する企業を反外国制裁法でけん制する立場をとる。どちらに付いても法的リスクを抱えかねない構図だ。

 第二に、データの扱いがある。個人情報保護委員会は2025年2月、DeepSeekのサービスで取得されたデータが中国国内のサーバーに保存され、中国の法令が適用される点について情報提供を行い、デジタル庁も政府機関に注意を促した。ただし、これはDeepSeekが提供するクラウドサービスの話であり、公開されたモデルやソフトを自社環境で動かす場合とはリスクの性質が異なる。両者を混同せずに評価する必要がある。