●この記事のポイント
・Hinge Healthはスマホだけでリハビリを受けることができるプラットフォームを確立。それによって現在の理学療法士の業務の95%を自動化できるともくろむ。
・このサービスが参入する米国の筋骨格系(MSK)ヘルスケア市場は200兆円にも上る。急成長を遂げる同社だが、競争も激化している。強固な収益基盤を築きつつも、競合との競争にも備えは怠らない。
「私たちのビジョンは、テクノロジーの力で医療提供の仕組みを拡張・自動化し、医療の成果・体験・コストを根本から変革する、新たなヘルスケアシステムを構築することだ」
米サンフランシスコに本拠を置くHinge Healthの共同創業者兼CEO、ダニエル・ペレス氏は上場時の目論見書でそう述べる。2021年1月に評価額が30億ドルを超えてユニコーンとなり、今年5月にニューヨーク証券取引所への上場を果たした企業だ。
手掛けるのは、スマートフォン1つで手軽に誰でもリハビリを受けることができる「パーソナル理学療法士」プラットフォーム。個々人の症状や目標にあわせた運動療法をデジタル上で提供する。
同社が狙うのは、いわゆる従来のヘルステック企業が狙う医療の効率化にとどまらず、「予防や治療そのもののデジタル化」である。従来は人の手に大きく依存していた理学療法(PT)の95%を自動化するほどの影響を持つと同社はいう。
2024年通期の売上高は3.9億ドルに上り、すでに2025年度第1四半期には四半期としての黒字化を達成している。米国の成人の40%が患うといわれる筋骨格系(MSK)疾患を主戦場に収益化とスケールの双方を両立するHinge Healthの事業戦略について、上場時の目論見書を中心に紐解いていく。
Hinge Healthの創業は、共同創業者であるダニエル・ペレス氏とガブリエル・メクレンブルグ氏自身がMSK(筋骨格系)疾患に苦しみ、従来のリハビリテーションに対して強い課題意識を抱いたことがきっかけである。
ペレス氏は自転車事故で腕と脚を骨折し、メクレンブルグ氏は柔道で前十字靭帯を断裂。両者ともに12カ月に及ぶリハビリを経験した。その中で実際に通ってこなす必要があるプログラムの多さや、個々人の症状に合わせることの限界、質のばらつきなど様々な問題点を肌で感じたという。
そこから生まれたのが、「テクノロジーを用いてケアそのものを自動化する」というアイデアだ。患者側はいつでもどこでも高品質でパーソナライズされたケアを受けることができ、同時に医療従事者の業務負担を軽減することで、人間にしかできないコミュニケーションや交流などに重きを置ける環境づくりを目指した。
多くの場合、ヘルスケアにおける人間同士のやりとりは「受付や会計業務のスタッフとの間で生まれ、医療従事者との間ではない」と彼らは指摘する。「非直感的ではあるが」と添えた上で、デジタル技術を導入することで医療従事者が他の業務から開放されれば、よりHuman Touch(人の温もり)がある医療体験を実現できるという。
2012年にMarblar Limitedとして同社を設立し、2014年にはHinge Healthとしての最初のプロジェクトが始動した。2カ月後には膝の痛みに特化した試作品を開発し、実際に患者に提供したところ、ものの数週間で「劇的に」痛みが改善する成果を得られた。