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4品目:星川流トーキョーの休日
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店が開店して初めての定休日を迎える。星川は本来なら試作に明け暮れるのが、彼女の予定とするルーティーンだ。しかし、せっかく帰国した事なので帰ってきた東京の街を食べ歩きすることを決める。
「何年ぶりに帰国するか分かんないな。私も東京へ帰国するまで、食材の調達から店へ直談判して弟子入りしてもらっての連続だったしたまには味を楽しもう。山崎君も誘おうかな」
星川は山崎の連絡先を打ち込んでメールを送る。しかし、返事は予想外のものだった。
「ご同行したいところですが、大学のテストと重なっていて流石に優先しないといけなさそうです。今回は辞退します。申し訳ありません」
内容から見て重要なテストなのだと把握して、星川は心の中で応援する。
定休日を迎えた朝、星川は東京のとある場所へとバスで駆け巡る。全国の魚と肉、野菜が揃う豊洲へと向かった。
「東京はこの場所で、店を構える人たちが使う食材の調達をしてるんだよね。こりゃまた多いや」
マグロの競りや高級魚の箱が並ぶ中、見覚えのある人に出会う。
「蔵山シェフ!」
「おー、星川じゃないか。今日はお休みか?」
スペイン料理を得意とする蔵山シェフと出会う。チョッピーノスープにより、客足が戻っており魚介の買い付けに来たという。
「星川はこんな朝早くから何しに来たの?」
「んー、朝ごはんや他の食べ物を食べて東京を満喫してみようかなと」
蔵山と話す星川だが、帰国するまでに最後に会ったのは出国前の3年前だ。その時はまだ和食をマスター出来てない状態であったので、蔵山は他のジャンルも中途半端で終わってしまうのではないのか、と心配をしていた。
「朝ごはんなら、ここの海鮮丼食べると良いよ。朝獲れたばかりのマグロ丼や兜煮も名物だったかな」
「マグロ丼に兜煮か…朝からヘビーだけど海鮮丼とあら汁を食べてみようかな」
星川は、東京の豊洲で競りにかけられた新鮮な魚を使用した、海鮮丼を注文する。彼女が入った店の名は大漁丸。魚を捌き、旨味をすぐに楽しめるような名前だ。
「すいません!海鮮丼とあら汁お願いします」
「海鮮丼とあら汁ね、注文入りまーす!」
威勢のいい店員に星川もノリノリだ。星川が生簀の魚に見蕩れていると、頼んだものが運ばれる。
「はい!海鮮丼とあら汁ね。お姉ちゃん可愛いから海鮮丼のマグロは大トロと新鮮なイクラを付けといたよ!」
「可愛いって言われるのは帰国して初めてです。ありがとうございます」
「帰国?もしかして、世界のミシュランを獲得した店で修行した1人の女料理人星川沙奈か?」
彼女の世界で修行してきた時に開催された、多くの大会で賞を獲得しており、その活躍は日本でも名を知らない者はいなかった。驚く星川だが、笑顔で応じる。
「はい!星川沙奈です。今はオールスパイスって名前で店を経営している新人です!」
店は大騒ぎだ。世界で名を馳せたあの星川が豊洲の地に足を踏み入れたのだから。
「お代は結構だからサインをくれないか?そしてうちで出そうと思ってる、ズワイガニの甲羅グラタンを試食してよ。意見聞きたい」
「お代は払いますよ。そんなに私は有名人じゃないんですから!ズワイガニか…面白い」
鮫皮でおろすワサビと醤油を海鮮丼にかけた後、一口頬張った。自然な笑顔に店員も喜ぶ。
「美味しい!一つ一つ丁寧に隠し包丁されてる。ワサビもおろしたてだから魚の脂身と相まって感動する美味さだ」
「そりゃ良かった。うちの人は割烹料理店で修行をしてたんだ。こうやって店開いて有名な人に会えるなんて思ってもなかったよ」
2人はフフフっと笑う。
次にズワイガニの甲羅グラタンを試食するが、すぐに星川がどうすればいいのかを説明する。
「ホワイトソースはもう少し深みを出していいかもしれない。白ワインかな…。カニの旨味強いからその旨味を引き立てるために入れちゃっていいかも。マカロニはやめておきましょう。カニの旨味が主役なので」
「白ワインを香り付けに入れてまた改良してみます。ありがとうございます星川シェフ」
星川は海鮮丼とあら汁の料金を払った後、豊洲を後にした。アットホームな街に、仕入れ先を豊洲に拠点を置いても良いかもしれないと考えた。
地下鉄に乗り、次に向かったのは雷門が見える浅草だ。
「3年ぶりの浅草だ、相変わらず人が多いな。人形焼きを久々に食べるとしよう」
人形焼きのルーツは江戸時代に、芝居の町として繁栄をした東京の人形町が由来している。その当時、浅草は雷門や五重塔のようなものが建てられており名所がある事で名所焼きとも言われている。今日は七福神をかたどった人形焼きを販売しており、その歴史はとても深く甘みもまた歴史を感じる。
「毎度あり~」
「人形焼きは食べ歩きが1番!いただきまーす」
大黒天をかたどった人形焼きを買うと、熱々のうちに星川は一口食べる。口の中で粒あんの甘みと皮のふんわりとした食感に心がホッとする。
「浅草はやっぱこれ食べないとダメだな。普通の回転焼きとは訳が違うし、福岡の太宰府で売られてる梅ヶ枝餅とも違う。浅草で食べるからこそ分かる味だ」
持参した緑茶を飲みながら浅草の出店を歩き回る。天丼の老舗や子供が走る光景も、浅草ならではの良い点だと星川は感じた。
「さてと、お昼ご飯は抜いて夜まで何しようかな。買い付けた食材は明日の朝しか届かないし、浅草でのんびりするにしても人が多い事だから銀座へ向かおうかな」
時計塔が有名の銀座へ足を運ぶ事にした星川。その時計塔も世界では唯一算用数字表記の時計なので、日本はおろか世界中の人たちが観光目的で立ち寄る人も多い。
「ここに店構えたかったけど家賃高いんだよね…。墨田区に作っといて良かったかな」
高級ブランド品が並ぶ街並みに、星川はただ歩きながら見ることしかしなかった。
「店が繁盛したら出張店を考えても良いかもね」
ブラブラと歩く星川だが、気づけば夕方の4時を迎える。夜は前から決めていた店に足を運ぶ。その店は、高級街の麻布田園に店を構えるイタリアンだ。
「お待ちしておりました。星川様。本日のお席はこちらになります」
「ありがとうございます。立川シェフにお会いしたいのですがよろしいですか?」
「分かりました。お席の方に案内した後、お呼びしますのでお待ち下さい」
夜景の見える窓を見ながら、星川は立川シェフを待つ。立川シェフは麻布田園に店を構えるが、隠れ店という形での経営で予約者しか入れない名店だ。イタリアンの腕は間違いないもので、星川の師匠でもある。
「帰国したと聞いていたが、この店に立ち寄るなんてありがたいな。ようこそイタリアン料理、ボーノへ。本日シェフを務めます立川慎二です」
「お久しぶりです立川シェフ。3品のフルコースをお願いします」
立川慎二は、星川がまだヒヨッコだった時に教え込んだ師でもあり、イタリアンの巨匠だ。和食すらもままならない星川の包丁さばきに素質があると見て、指導に移ったという日本を代表するイタリアンシェフだ。
「では最初の品はこちらです」
ウエイターは、彩り豊かなカプレーゼを星川の前に出す。甘みが多い塩トマトに、塩加減絶妙なモッツァレアとオリーブオイルのハーモニーが素晴らしいもので、早速イタリアンバジルと一緒に頬張る。
星川は、朝の海鮮丼を食した時のように自然な笑顔を見せる。横に注がれたワインも一口飲んだ後、感想を述べた。
「このトマト、甘味が凄いですね。塩トマトが良い働きをしてますわ。チーズもトマトの淡い甘酸っぱさを邪魔させないくらいの塩味なので、前菜だけで満足できる一品です。本当に美味しい…」
自分の足りない何かを探そうとする星川だが、立川の繰り出すイタリアンの旨味は星川の口いっぱいに広がる。
次に来た品はメインディシュで、また意外なものだった。
「こちらは鮭とアサリのペスカトーレになります。イタリアではムール貝なのですが、日本バージョンにアレンジしたものです」
またも訳が分からないものが来たが、アサリの出汁と鮭の旨味に星川は涙する。旨味の次元が違う事に自身の課題が見えすぎて、悔しい限りだった。
最後のデザートでバニラアイスを食べ終わった後、何が足りなかったのかハッキリとした答えを見つけた。
「星川君、どうだったかな?色々試してみたけど…」
「はい、やっぱり先生の料理は次元が違いすぎて自身の弱いところが課題として見つかりました。代金はこちらに入れてます。本日はありがとうございました」
店を後にした星川は、満月を見ながら涙する。世界に名を馳せたとはいえ、星川の甘い気持ちを反省しなければオールスパイスは繁栄しないのだと察した。
「何年ぶりに帰国するか分かんないな。私も東京へ帰国するまで、食材の調達から店へ直談判して弟子入りしてもらっての連続だったしたまには味を楽しもう。山崎君も誘おうかな」
星川は山崎の連絡先を打ち込んでメールを送る。しかし、返事は予想外のものだった。
「ご同行したいところですが、大学のテストと重なっていて流石に優先しないといけなさそうです。今回は辞退します。申し訳ありません」
内容から見て重要なテストなのだと把握して、星川は心の中で応援する。
定休日を迎えた朝、星川は東京のとある場所へとバスで駆け巡る。全国の魚と肉、野菜が揃う豊洲へと向かった。
「東京はこの場所で、店を構える人たちが使う食材の調達をしてるんだよね。こりゃまた多いや」
マグロの競りや高級魚の箱が並ぶ中、見覚えのある人に出会う。
「蔵山シェフ!」
「おー、星川じゃないか。今日はお休みか?」
スペイン料理を得意とする蔵山シェフと出会う。チョッピーノスープにより、客足が戻っており魚介の買い付けに来たという。
「星川はこんな朝早くから何しに来たの?」
「んー、朝ごはんや他の食べ物を食べて東京を満喫してみようかなと」
蔵山と話す星川だが、帰国するまでに最後に会ったのは出国前の3年前だ。その時はまだ和食をマスター出来てない状態であったので、蔵山は他のジャンルも中途半端で終わってしまうのではないのか、と心配をしていた。
「朝ごはんなら、ここの海鮮丼食べると良いよ。朝獲れたばかりのマグロ丼や兜煮も名物だったかな」
「マグロ丼に兜煮か…朝からヘビーだけど海鮮丼とあら汁を食べてみようかな」
星川は、東京の豊洲で競りにかけられた新鮮な魚を使用した、海鮮丼を注文する。彼女が入った店の名は大漁丸。魚を捌き、旨味をすぐに楽しめるような名前だ。
「すいません!海鮮丼とあら汁お願いします」
「海鮮丼とあら汁ね、注文入りまーす!」
威勢のいい店員に星川もノリノリだ。星川が生簀の魚に見蕩れていると、頼んだものが運ばれる。
「はい!海鮮丼とあら汁ね。お姉ちゃん可愛いから海鮮丼のマグロは大トロと新鮮なイクラを付けといたよ!」
「可愛いって言われるのは帰国して初めてです。ありがとうございます」
「帰国?もしかして、世界のミシュランを獲得した店で修行した1人の女料理人星川沙奈か?」
彼女の世界で修行してきた時に開催された、多くの大会で賞を獲得しており、その活躍は日本でも名を知らない者はいなかった。驚く星川だが、笑顔で応じる。
「はい!星川沙奈です。今はオールスパイスって名前で店を経営している新人です!」
店は大騒ぎだ。世界で名を馳せたあの星川が豊洲の地に足を踏み入れたのだから。
「お代は結構だからサインをくれないか?そしてうちで出そうと思ってる、ズワイガニの甲羅グラタンを試食してよ。意見聞きたい」
「お代は払いますよ。そんなに私は有名人じゃないんですから!ズワイガニか…面白い」
鮫皮でおろすワサビと醤油を海鮮丼にかけた後、一口頬張った。自然な笑顔に店員も喜ぶ。
「美味しい!一つ一つ丁寧に隠し包丁されてる。ワサビもおろしたてだから魚の脂身と相まって感動する美味さだ」
「そりゃ良かった。うちの人は割烹料理店で修行をしてたんだ。こうやって店開いて有名な人に会えるなんて思ってもなかったよ」
2人はフフフっと笑う。
次にズワイガニの甲羅グラタンを試食するが、すぐに星川がどうすればいいのかを説明する。
「ホワイトソースはもう少し深みを出していいかもしれない。白ワインかな…。カニの旨味強いからその旨味を引き立てるために入れちゃっていいかも。マカロニはやめておきましょう。カニの旨味が主役なので」
「白ワインを香り付けに入れてまた改良してみます。ありがとうございます星川シェフ」
星川は海鮮丼とあら汁の料金を払った後、豊洲を後にした。アットホームな街に、仕入れ先を豊洲に拠点を置いても良いかもしれないと考えた。
地下鉄に乗り、次に向かったのは雷門が見える浅草だ。
「3年ぶりの浅草だ、相変わらず人が多いな。人形焼きを久々に食べるとしよう」
人形焼きのルーツは江戸時代に、芝居の町として繁栄をした東京の人形町が由来している。その当時、浅草は雷門や五重塔のようなものが建てられており名所がある事で名所焼きとも言われている。今日は七福神をかたどった人形焼きを販売しており、その歴史はとても深く甘みもまた歴史を感じる。
「毎度あり~」
「人形焼きは食べ歩きが1番!いただきまーす」
大黒天をかたどった人形焼きを買うと、熱々のうちに星川は一口食べる。口の中で粒あんの甘みと皮のふんわりとした食感に心がホッとする。
「浅草はやっぱこれ食べないとダメだな。普通の回転焼きとは訳が違うし、福岡の太宰府で売られてる梅ヶ枝餅とも違う。浅草で食べるからこそ分かる味だ」
持参した緑茶を飲みながら浅草の出店を歩き回る。天丼の老舗や子供が走る光景も、浅草ならではの良い点だと星川は感じた。
「さてと、お昼ご飯は抜いて夜まで何しようかな。買い付けた食材は明日の朝しか届かないし、浅草でのんびりするにしても人が多い事だから銀座へ向かおうかな」
時計塔が有名の銀座へ足を運ぶ事にした星川。その時計塔も世界では唯一算用数字表記の時計なので、日本はおろか世界中の人たちが観光目的で立ち寄る人も多い。
「ここに店構えたかったけど家賃高いんだよね…。墨田区に作っといて良かったかな」
高級ブランド品が並ぶ街並みに、星川はただ歩きながら見ることしかしなかった。
「店が繁盛したら出張店を考えても良いかもね」
ブラブラと歩く星川だが、気づけば夕方の4時を迎える。夜は前から決めていた店に足を運ぶ。その店は、高級街の麻布田園に店を構えるイタリアンだ。
「お待ちしておりました。星川様。本日のお席はこちらになります」
「ありがとうございます。立川シェフにお会いしたいのですがよろしいですか?」
「分かりました。お席の方に案内した後、お呼びしますのでお待ち下さい」
夜景の見える窓を見ながら、星川は立川シェフを待つ。立川シェフは麻布田園に店を構えるが、隠れ店という形での経営で予約者しか入れない名店だ。イタリアンの腕は間違いないもので、星川の師匠でもある。
「帰国したと聞いていたが、この店に立ち寄るなんてありがたいな。ようこそイタリアン料理、ボーノへ。本日シェフを務めます立川慎二です」
「お久しぶりです立川シェフ。3品のフルコースをお願いします」
立川慎二は、星川がまだヒヨッコだった時に教え込んだ師でもあり、イタリアンの巨匠だ。和食すらもままならない星川の包丁さばきに素質があると見て、指導に移ったという日本を代表するイタリアンシェフだ。
「では最初の品はこちらです」
ウエイターは、彩り豊かなカプレーゼを星川の前に出す。甘みが多い塩トマトに、塩加減絶妙なモッツァレアとオリーブオイルのハーモニーが素晴らしいもので、早速イタリアンバジルと一緒に頬張る。
星川は、朝の海鮮丼を食した時のように自然な笑顔を見せる。横に注がれたワインも一口飲んだ後、感想を述べた。
「このトマト、甘味が凄いですね。塩トマトが良い働きをしてますわ。チーズもトマトの淡い甘酸っぱさを邪魔させないくらいの塩味なので、前菜だけで満足できる一品です。本当に美味しい…」
自分の足りない何かを探そうとする星川だが、立川の繰り出すイタリアンの旨味は星川の口いっぱいに広がる。
次に来た品はメインディシュで、また意外なものだった。
「こちらは鮭とアサリのペスカトーレになります。イタリアではムール貝なのですが、日本バージョンにアレンジしたものです」
またも訳が分からないものが来たが、アサリの出汁と鮭の旨味に星川は涙する。旨味の次元が違う事に自身の課題が見えすぎて、悔しい限りだった。
最後のデザートでバニラアイスを食べ終わった後、何が足りなかったのかハッキリとした答えを見つけた。
「星川君、どうだったかな?色々試してみたけど…」
「はい、やっぱり先生の料理は次元が違いすぎて自身の弱いところが課題として見つかりました。代金はこちらに入れてます。本日はありがとうございました」
店を後にした星川は、満月を見ながら涙する。世界に名を馳せたとはいえ、星川の甘い気持ちを反省しなければオールスパイスは繁栄しないのだと察した。
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