捨てられた悪役令嬢は、自由を買いたい!

萩月

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 きらびやかなシャンデリアが、まばゆい光を放っている。

 王立アカデミーの卒業パーティー。本来なら華々しい門出を祝う場だが、会場の中心には冷え切った空気が漂っていた。

「スゥ・ル・ブリリアント公爵令嬢! 貴様との婚約を、今この時をもって破棄する!」

 広間のど真ん中で、金髪を逆立てて叫ぶのは、この国の第一王子リュカ・フォン・アステリア。

 その隣には、守ってあげたくなるような儚げな美少女、男爵令嬢のミィナが震えながら寄り添っている。

 周囲の貴族たちは、息を呑んで成り行きを見守っていた。
 非難、同情、そして好奇の視線。

 しかし、その視線の中心にいるスゥ本人はというと――。

(……二十八秒、ですね)

 スゥは懐からそっと取り出した銀の懐中時計をパチンと閉じた。

(予定されていた演説の開始時刻から、二十八秒の遅延。王族としての時間管理能力に、改めて疑問符を打たざるを得ません)

 スゥは表情一つ変えず、深々と一礼した。

「承知いたしました、リュカ殿下。婚約破棄、確かに受理いたします」

「……は?」

 勝ち誇ったような笑みを浮かべていたリュカが、間抜けな声を漏らした。

 ドラマチックな拒絶や、泣き叫ぶような悲劇を期待していた彼は、スゥのあまりに事務的な対応に拍子抜けしたようだ。

「お、おい! 受理するだと? 貴様、自分が何を言われているのか分かっているのか! 私は今、貴様を切り捨てると言ったのだぞ!」

「はい。音声データとして、私の鼓膜と脳に正確に記録されました。聴覚に異常はありませんので、ご安心ください」

「そういうことではない! 普通、もっとこう……縋り付くとか、ミィナへの嫉妬に狂うとかあるだろう!」

 リュカが鼻息を荒くして、隣のミィナを引き寄せた。
 ミィナは上目遣いでスゥを見上げ、か細い声で呟く。

「……スゥ様、ごめんなさい。私が、リュカ様の真実の愛を奪ってしまったのですね……」

 スゥは無機質な視線をミィナに向けた。

「奪われた、という表現は不適切です。ミィナ様。物資や権利が移動する場合、そこには『所有権の移転』が発生します。しかし、殿下の愛情という不確実かつ資産価値の低い概念において、奪うという行為は成立しません」

「な、なんですって……?」

「端的に申し上げますと、殿下の愛は私にとって『不採算部門の不良在庫』でした。それを引き取っていただけるというのであれば、むしろ感謝状を贈りたいほどです」

 会場に、しんと静まり返った沈黙が流れる。

 リュカの顔が、みるみるうちに茹で上がったタコのように赤くなった。

「き、貴様! 私の愛を不良在庫だと!? これまでの日々、私がどれほど貴様に……!」

「計算いたしましょうか?」

 スゥがドレスの隠しポケットから、特製の小型計算盤(魔導具)を取り出した。
 指先が目にも止まらぬ速さで盤面を叩く。

「過去三年間の婚約期間において、私が殿下との義務的なお茶会に費やした時間は、合計で四百三十二時間。その間に私が読めたはずの帳簿は二千五百冊分。それによる逸失利益を概算しますと……」

「やめろ! 金の話をするなと言っている!」

「金の話ではありません。資源配分の最適化の話をしています」

 スゥはふう、と小さくため息をつき、計算盤をしまった。

「殿下。貴方は『真実の愛』という、エビデンスのない感情を盾に、私にこの場での断罪を用意されましたね? 私がミィナ様をいじめた、といった根も葉もない噂を並べ立てて」

「噂ではない! ミィナはいつも怯えていた! 貴様の冷たい視線のせいで食欲が減退したと言っていたぞ!」

「それは単なる消化不良か、もしくは過剰なまでのカロリー摂取による胃もたれではないでしょうか。私の視線に、胃の働きを阻害する物理的な質量はありません」

「屁理屈を……!」

 リュカが剣の柄に手をかけた。
 騎士たちが慌てて止めに入る。

 スゥは全く動じることなく、周囲の観衆に向かって声を張った。

「皆様、お聞きください。これより、ブリリアント公爵家は王家との婚約という名の『不採算契約』を解消いたします」

「何を勝手なことを!」

「勝手なのは殿下の方です。婚約破棄という不名誉をこちらに押し付けようとされるのであれば、当然、それ相応のコストを支払っていただきます」

 スゥは懐から、一通の封筒を取り出した。
 それは、あらかじめ用意されていたかのように、完璧に封印されている。

「これは……?」

「見積書、兼、示談書です。私がこれまで殿下に贈ったプレゼントの原価、お茶会の茶葉代、そして何より、私という『超優秀な次期王妃候補』を喪失することによる、国家損失のシミュレーション結果に基づく慰謝料の請求です」

 リュカが震える手で封筒を受け取り、中身を確認する。
 次の瞬間、彼の叫び声が会場に響き渡った。

「……っ!? な、なんだこの金額は! 国家予算の三ヶ月分だと!?」

「妥当な金額です。殿下が私を失うことで、今後十年間に発生する事務作業の非効率化を金銭換算すれば、むしろお安いくらいですよ」

「ふざけるな! こんなもの払えるわけがない!」

「お支払いただけないのであれば、これまでの殿下の『不誠実な女性関係』および『公務のサボり癖』に関する詳細なレポートを、明日の朝刊の折込チラシとして全土に配布いたします。既に印刷ギルドとは予約済みです」

 スゥはニッコリと、この日初めての微笑みを浮かべた。
 それは天使のようでもあり、同時に高利貸しのような冷徹さを秘めていた。

「……スゥ、貴様、最初からこれを狙って……」

「狙う? 心外です。私はただ、無駄を省き、未来への投資効率を最大化しようとしているだけですわ」

 スゥは優雅にドレスの裾をつまみ、カーテシーを決めた。

「それでは、殿下。ならびにミィナ様。どうぞお幸せに。コストのかかる愛という名の迷宮で、存分に彷徨ってくださいませ」

 呆然と立ち尽くす二人を背に、スゥは一度も振り返ることなく会場を後にした。

 夜風が心地よい。
 馬車に乗り込んだスゥは、背もたれに深く体を預けた。

「……さて。不採算部門の整理は完了。明日からは、新しい事業の立ち上げですね」

 彼女の瞳には、既に未来の利益グラフが映し出されていた。

 悪役令嬢としての断罪?
 そんなもの、成功へのステップボードに過ぎない。

 スゥ・ル・ブリリアント。
 彼女の本当の戦いは、ここから始まるのだ。
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