捨てられた悪役令嬢は、自由を買いたい!

萩月

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 王宮の象徴とも言える広大なバラ園に、無機質な鉄音が響き渡っていた。

「……ああっ、私の、私とリュカ様の愛のバラがぁ! なんて無惨な姿に……!」

 ミィナが、ショベルカー(カイル開発・魔導重機)によって無慈悲に掘り起こされるバラを見て泣き叫んでいる。

 その隣で、スゥは耳栓をしながら分厚い帳簿にペンを走らせていた。

「ミィナ様。その『愛のバラ』一段につき、年間の維持費が白パン一万個分に相当していたことをご存知ですか? 愛で腹は膨れませんが、この跡地に建てる『魔導演算センター』は、将来的に国民一人あたりの所得を一〇パーセント向上させます。……どちらが美しい光景かは、明白ですわね」

「計算ばっかり! スゥ様は、どうしてそんなに冷たいんですか!? これじゃ、リュカ様も寂しがっちゃいますぅ!」

「寂しがる? いいえ、殿下は今、別の意味で震えておいでですよ」

 スゥが視線を向けた先。
 バラ園の隅に設置された特設デスクで、リュカ王太子が大量の『算数ドリル(初級)』と格闘していた。

 そこへ、カイルが新作の魔導デバイスを手に、ひょいと現れた。

「よう、スゥ代表。バラの撤去効率、予定より五パーセント向上してるぜ。……おっと、あっちの『置物』はまだ九九で苦戦してるみたいだな」

「カイル卿。殿下の脳細胞は、ポエムの生成には特化していますが、数値処理の回路は未実装のようですわ。……教育コストが予想を上回るのが懸念材料です」

 リュカがペンを投げ出し、こちらへ駆け寄ろうとした。
 だが、彼が五メートル圏内に近づいた瞬間、カイルが手元のスイッチを押し、スゥの周囲にバチバチと青白い電磁バリアが展開された。

「ひわっ!? なんだ、この壁は!」

「契約書を忘れたのか、殿下? 『スゥの半径五メートル以内への接触禁止』だ。……これは俺特製の『不審者(および無能)排除フィールド』。これ以上近づくと、あんたの自慢の金髪がアフロになるぜ」

「な、なんだと……! スゥ、君からも何か言ってくれ! 私はただ、君の顔を近くで見て、やる気を出そうと……」

 スゥは冷徹に、計算盤を叩いた。

「殿下。貴方の『やる気』という不安定なエネルギーを待つより、この物理的な壁で私の集中力を維持する方が、時間対効果(タイパ)が優れています。……それに」

 スゥはカイルの方を見上げ、ほんの少しだけ口角を上げた。

「――カイル卿は、私の『独占契約パートナー』です。彼が私のリソース(時間)を守るために行った防衛措置は、経営戦略上、極めて妥当と言えますわ」

「ど、独占契約……? スゥ、君とこの男は、そんな関係なのか……!」

 リュカが絶望の表情を浮かべる中、カイルはスゥの肩に、ギリギリ触れない程度の距離で手を回した。

「ああ、そうだ。彼女の二十四時間は、すでに俺の技術と情熱で予約済み(フルブッキング)なんだよ。殿下、あんたに割ける秒数は、今の王宮には一ミリも残ってないんだ。……分かったら、さっさとそのドリルを終わらせな」

「う、ぐ……っ、おのれ……! ミィナぁ、私を慰めてくれぇ!」

「リュカ様ぁ! でも私、この『分数』っていうのが難しくてぇ……!」

 泣き合う二人を背に、カイルはバリアを解除し、スゥの隣に座り込んだ。

「……おい、スゥ。あんな言い方して良かったのかよ? 『独占契約』なんて」

「事実ですわ。貴方との研究時間は、私にとって最も利回りの高い投資先ですから」

「……利回り、ね。……まあ、あんたがそう言うなら、俺も全力で応えるしかないな」

 カイルは照れ隠しのように、再び機械の調整に没頭し始めた。
 スゥは、その横顔を眺めながら、自身の心拍数が三回分だけ跳ね上がったのを検知した。

(……不思議ですね。カイル卿が『独占』という言葉を使った際、私の脳内では不快感(エラー)ではなく、奇妙な多幸感(バグ)が発生しています)

 スゥはそれを「パートナーシップの深化に伴う、正常な心理的フィードバック」と定義し、再びペンを走らせた。
 バラの香りが消えた庭に、新しい時代の、冷たくも熱い風が吹き始めていた。
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