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獣の時間3

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「ねえねえ、同じ部署の人だっけ?」

「…はい?」

「俺鈴村っていうんだけど入社式の時に見かけなかったなって思って気になってたんだよね」

「…私が入社式に参列したのは8年前ですけど」

「え!?」

「同期じゃありません」

「…で、すよねぇ…!失礼しました!!」

第一印象は最悪だった。何て失礼な奴だと。仮に同期だとしても馴れ馴れし過ぎる。

けれど同期と勘違いした申し訳なさからなのか、のぶくんはすごく謙虚に、言葉遣いも丁寧になった。それに仕事も真面目にするし、他の新人の子達よりも良い印象を持つ様になった。

それから少しして、あたしが辞めるきっかけにもなった出来事が起きて以来、あたしとのぶくんはこういう間柄になった。その事件は夫と結婚することになったきっかけでもある。会社は早く辞めて、俺と一緒になろうと言われて寿退社した。

他部署から異動してきた部長。自分のことは棚に上げて人の仕事ぶりには厳しい。面倒な仕事は押し付けてくるし、そのくせ結果が出たら自分の手柄。けれど上の人にはおべっかを使い、自分をよく見せるのは一人前。

あたしは部長が嫌いで仕方なかった。

そしてある日。

「やめてください!このこと上の人に報告します」

「僕のこと何と言おうが勝手だけど、誰に言っても信用されないよ。会社にいる年数を比べてくれ、君の言うことなんか誰も信じないよ」

前々からセクハラ発言は多いなと思っていたけれど、終業後に部長の仕事を代わりにしていたあたしが給湯室にお茶を淹れに行ったタイミングで部長が現れ、あたしを部屋の隅に追いやって抱きついてきた。

お茶を淹れに行くくらいでわざわざスマホは持ち歩いていなかった。それをわかっていてここに来たのだろう、何をしようと証拠がないと言い張る気で。

「忙しい部署だから君も毎日残業で溜まってるでしょ」

「はぁ?何言ってるんですか!いい加減にしてください!!」

部長を突き飛ばしその場をなんとかすり抜けたけれど、自分のデスクの前にへたりこんで一人で泣いた。

なんでこんなことされなきゃいけないの。誰のせいで毎日残業なの?あたしがこの会社にいる意味って何なの?あんなことをされる為なの…?

そう思うと辛くて悲しくてそれから怖くて、涙が止まらなかった。けれどこの時間、残っている社員はほぼいない。早く逃げないと、部長がこっちに来るかもしれない。

そう思っているうちに足音が聞こえてくる。早く逃げなきゃ。でも怖くて足が震えて立てない。どうしたらいいの…誰か助けて。

「お疲れ様です!…どうしたんですか?」

足音は部長ではなく、のぶくんだった。客先に出向いていたのだろう、かなり遅い戻りだ。のぶくんが心配そうにこちらに歩いてくる。

縋るようにあたしはのぶくんの腕を掴んだ。急に体に触れて、逃げられない様にして…やっていることは部長と変わりないかもしれないけれど、とにかく誰かに助けて欲しかった。

「…帰りたい…っ…」

「帰ったらいいじゃないですか…何があったんです?」

「…今は聞かないで…一緒に帰って欲しい…」

「そうですか…わかりました。立てますか?」

「…うん…」

社内を出る途中、部長に会った。お疲れ様です!と明るく声をかけるのぶくん。部長を睨みつけるあたし。部長は何かをごにょごにょ言いながら去っていった。

のぶくんがいなければどうなっていただろう…本当に、のぶくんが会社に戻ってきてくれてよかった…

のぶくんには、何があったか言えなかった。恥ずかしくて情けなくて。何でもっと強く拒否しないんですか?とか言われたら、と思うと嫌だった。キツイことを言われて辛かったとだけ言っておいた。

「…飲みにでも行きますか!ぱーっと。ってそんな気分じゃないか」

「…行く」

普段からお酒を飲むわけじゃないけれど、飲まなくちゃやっていられない気持ちだった。怖いという気持ちが少しずつ収まっていくにつれ、どんどん腹が立ってきたし…

「じゃあ行きましょ」

のぶくんが微笑んで、あたし達は初めて2人で外で接することになった。

それが数回。そして事件…という程ではないかもしれないけれど、それは起きた。

「俺のことどう思ってるんですか?」

「え?…可愛い後輩、だけど…」

「俺は好きです、付き合って欲しいです」

「…あたし、彼氏いて…もうすぐ結婚する…」

「…まじかよ!早く言ってくださいよ!!よく二人で飲み行ってたから彼氏いないと思ってたんですけど!!」

「ご、ごめん…」

「…どーしても俺はダメですか?」

「だから彼氏いるし…」

「じゃあ。思い出作らせてください、諦めますから」

「思い出って」

「思い出です」

「…」

当然だけれど、物凄く戸惑った。けれどその時はお酒の力も手伝って…

結婚すればその人しか見ることが出来ない、許されない。それなら最後に…なんて。もしのぶくんに助けてもらわなければどんなことになっていたかわからない。いつか何かしらの形でお礼をしなきゃいけないと思った。最低だけれど…

「…俺の家に来てください」

「うん…」

それが始まり。

夫…当時は彼氏、では受けることの無い快感を与えられてあたしは何度も絶頂した。

家に行ってからも戸惑っていたけれど、愛撫を受けているうちにどんどん気持ちよくなってきて…

あたしはその日、自分が自分じゃ無くなってしまう程セックスに溺れた。

思い出なんて言いながら、こんなに気持ちいいこと、思い出に出来るわけない…

「ごめん。思い出にすんの無理そうだわ」

どうやらのぶくんも同じ気持ちだった様で…

それからはこの関係が続いている。あたしが結婚しても変わらず、のぶくんに彼女が出来ても変わらず。のぶくんと会えば毎回何度も体を求め合っている。

中ではイけなかったあたしだけれど、のぶくんと何回もするうちにそれも覚えた。初めての時のあの快感は未だに忘れられない。

…最低だけど、未亜が俺のこと好きだって言ってくれないから好きって言ってくれる子と付き合っちゃった。

本当にこの人最低だな、と思ったけれど夫がいながら会い続けているあたしはもっと最低だ、最低同士このままでいいんじゃない、なんて思ってしまい密かに、ずるずると会ってしまっている。

そう思い返していると、のぶくんがあたしの耳を甘噛みした。

「きゃあっ」

「俺の話聞いてる?」

「聞いてる、聞いてたっ」

「今日寝かせてあげないって言ったの。ほんとに聞いてた?」

「…」

「聞いてたってことはいいってことだよね」

「…寝ないのはちょっと」

「2ヶ月分の性欲が有り余ってるもん、一晩じゃ足んないくらいなんだけど」

「なんでそんなに元気なのよ…」

「若いからかなっ」

…さっきもあんなに気持ちよかったのに、この後どうなっちゃうんだろう…
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