鬼畜皇子と建国の魔女

Adria

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第一部

33.さらばだ……

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「ル、ルキウス? 何故、怒っているのだ? 過去の話だろう? っ! ぐぅ、っ」


 私がそう問いかけただけで、ルキウスに腹を殴られて、私は咳き込みながら、ルキウスを睨んだ。


「心が狭すぎる。器が小さい。1200年も前の話に嫉妬をするなど、滑稽だと思わっ、ゔっ、ああ、やめ、やめろっ! ぐっ、ゔぅ」



 そう言った瞬間、ルキウスは私の両手を頭の上で拘束させ、先程のカットラスで両方の掌を貫通させた。手を串刺しにされ、私は呻きながら、ルキウスを睨んだ。



「っゔ、何故……この、ような事をするのだ? 私は……ルキウスを、選んだ、だろう? 其方を、愛している……と言ったのに……」



 情けなさで涙が出てくる。かつて、私がした事なんて、今更どうにもならぬ。あの時はルキウスの事なんて知らなかったし……大体生まれてもいなかったくせに……。




「其方が私に初代皇帝を重ねているように、辺境伯に初代辺境伯を重ねているのではないのか?」
「は? そんな訳ないだろう。あの辺境伯、ヴェンツェルに似ても似つかぬではないか。あの肖像画を見れば分かるだろう?」



 ま、まあ、ルキウスが気になったきっかけは、マルクスに似ていたからだ。その顔も声も……体格も持っている雰囲気も……全てが全て、マルクスそのものだ。



 だが、知れば知るほどにルキウスとマルクスは似ていなかった。
 マルクスはルキウスのように残忍ではないし、いつも血の匂いをさせていたりもしない。ルチアに一途で優しいし、仲間においても、恐怖で従わせるのではなく、慕われて周りがついてくるタイプだったしな。



 それに、マルクスは私に手をあげた事は一度もなかった。当然のように暴力を振るうルキウスとは違う。



 考えれば考える程に、ルキウスは最低だ。良いところなどない。



「それなのに……いつのまにか……ルキウスから、目を離せなくなっていた。最初は……確かに、マルクスに似ていたからだ……でも、今は違う……ルキウスと、マルクスは似ていない……」
「………………」
「っ! いっ……っぅ」



 すると、ルキウスが私の手からカットラスを抜いたので、私は己の手を回復した後、先程殴られた腹も回復した。
 容赦なく殴るから、色が変わってしまった腹を回復していると、ルキウスが私の事を押し倒した。



「ちょっと待て! まだ腹の回復が途中だ! 赤黒くなっていたのだ! ちゃんと回復させろ! 内臓に何かあったら、どうしてくれるのだ!?」
「うるさい。そのような事、知った事ではない」
「愛していると言ったくせに。愛している者に怪我をさせるなど、最低だぞ!」



 私が喚いていると、ルキウスの膝が腹に入って、私は悶絶した。



 鬼! 鬼だ! 何故、このように暴力を振るう事を何とも思わないのだ?



「ルキウスは、どうしたら私に暴力を振わなくなるのだ? どうすれば、優しくしてくれるのだ?」
「私は充分優しいだろう」
「………………」



 私はルキウスの答えに首を傾げた。
 どうやら優しいの見解が違うようだ。




「言っておくが、優しくなどない。ルキウスは間違えている! 女性は力で抑えつけてはいけないのだぞ! 手や剣を出す事は絶対に駄目だ!」
「其方は私の癇に障る天才だからな……、仕方があるまい」
「む!?」



 そりゃあ、一言が多いのは認めるが、それでも殴らずに話し合うべきだろう。



「口があるのだから話し合え! そんな事ではルキウスを嫌いになるぞ!」
「はぁ、うるさい。分かったから、どうして欲しいか言ってみろ」



 ルキウスが溜息を吐きながら、そう言ったので、私は意外そうにルキウスの顔をニマニマと覗き込むと、また腹を殴られたので、私はそういうところを直せ! と叫んだ。



「まずは暴力を振るわない。剣で斬りつけない。その当たり前の事が出来るようにならねば、私はこのまま出ていくぞ。此処なら転移の魔法陣も使えるしな」



 まあ、従属の焼印があるが、今は別にそんな事はどうでも良い。これは脅しだ。



「……焼印があるのにか?」
「べ、別に、焼印の魔法陣に殺されたとしても、気にしない。命懸けで出て行ってやる!」



 すると、ルキウスが起き上がり頭を抱えながら、深い溜息を吐いたので、私はルキウスの様子を伺いながら、ルキウスの言葉を待った。




「恐怖や痛みは一番分かりやすい。優しさや愛の言葉などのような取り繕ったものよりも、一番確かで信じられる感情だとは思えぬか?」
「ルキウス?」



 私は、ルキウスが目に見えるものにしか安心できないのだと得心いった。恐怖や痛みを与えているうちは、己から離れることはないと思っているのだろうな。
 そんなもので正常な判断力を奪ったとて、長続きはしない。



「ルキウスが臆病なのは分かった。だが、私を信じてくれ。私は……っ!」
「信じてくれ? はっ、私はその言葉は嫌いだ。虫唾が走る」



 突然、ルキウスに顔を痛いくらいに掴まれて、私はルキウスをジッと見つめた。
 本当にルキウスは誰も信用せず、そのように強がって、ずっと1人で生きてきたのだな。



「ルキウス! 私はルキウスの全てを受け止めてやる! 其方が願うなら服従だって何だってしてやる! だから信じてくれ! それに服従すれば、心地良く愛してくれるのだろう?」
「クッ、愚かな事だ」



 ルキウスはそう言いながら、私をベッドへと組み敷いたので、私はルキウスに抱きついた。



「ルキウスは自信がないのだろう? 怖いのだろう? だから、恐怖で抑えつけようとするのだ。過去の傷を癒せるなどと大きな事を言うつもりなどない。だが、ルキウス……私はありのままの其方を愛してやる。だから、私を信じろ」
「クッ、恐怖でないのなら快感でだろう?」
「え?」


 ルキウスが嘲笑するように、私を見下ろし、私の顎を掴んだ。



「生娘の身には刺激が強すぎたのだろう。其方は初代皇帝に似た私から与えられる悦楽を愛だと勘違いしているだけだ」



 勘違い……?
 そうではない。そうだったのなら、このように面倒な奴のそばにいようなどとは思わない。


 従属の焼印など、私には怖くなどない。痛みや死への恐怖など、私を縛れるものではない。



 快感だとて一緒だ。最初は屈辱でしかなかった。惑わされているのではない。
 マルクスに似ているから気になったのも確かだ。それが入り口なのは否定しない。


 だが、ただ気持ち良くなりたいだけなら、他に優しい男はいくらでもいるだろう。わざわざルキウスを選んだりはしない。



「ルキウスの馬鹿者! 勘違いしているのは其方だ! 確かに痛みや恐怖、不安というものは心の深いところに楔のように突き刺ささり抜けぬだろう! 欲望もそうだろう。だが、愛も快楽も同じ欲望だ! 始まりなど、どうでも良い! 大切なのは今何をどう思っているかだろう?」



 私が覆い被さっているルキウスの胸を叩きながら、そう言うと……ルキウスは一度驚いた顔をした後、嘲笑するような顔で笑ったから……私は、転移の魔法陣を手早くえがき、ルキウスの下から移動した。



「ルドヴィカ、貴様……」



 扉の前に立ち、ルキウスに振り返ると、私は涙を流しながら、ルキウスに微笑んだ。



「ルキウスは私が何を言っても信じられないのだろう? やはり、愛しているという言葉は嘘だったのだろう? 私はそれでも良かった。茶番でも、いつかそれを貫けば本物になると思ったから」
「ルドヴィカ、戻れ」



 私がボロボロと涙を流しているのを、ルキウスはベッドの上から悠然と見ているだけだ。近寄ってきて、その涙を拭う事すらせぬ。
 結局、ルキウスが私を側に置いているのは、わたしが建国の魔女だからだ。その地位を確かなものとする存在だからだ。愛ではない。



 それでも、拒絶されなければ、側にいようと思っていた。だが、ルキウスは私の気持ちすら勘違いだと否定する……そんなルキウスの側にはいられない。



「もう辛い……このような行き場のない辛い思いを抱えて、ルキウスの隣で生きるくらいならば、私は喜んで従属の魔法陣に殺されよう」
「ルドヴィカ! 戻れと言っているのが聞こえぬのか!!」
「ルキウス……さらばだ……」



 私はルキウスが近づけないように己の周りに結界を張り、そして転移先が知られないように盗聴防止用の結界も二重に張った。



 転移の魔法陣をえがくと、ルキウスが慌てて、私に近寄り手を伸ばしたが無駄だ。この結界は何人たりとも近寄らせぬものだ。



 ルキウス……さらばだ……。



destinazioneデスティナツィオーネ ───────」
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