鬼畜皇子と建国の魔女

Adria

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第二部

53.懐妊

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 ……どれくらい眠ってしまったのだろう。
 もう外が暗い……夜か……。


「起きたのか。調子はどうだ?」
「ルキウス……」



 月明かりに照らされたルキウスをぼんやりと見つめながら、私は大丈夫だと小さく伝えた。


「すまぬ。今日は寝てばかりだな」
「構わぬ。懐妊したのだ。上出来だ、ルドヴィカ」


 そう言って、ルキウスは私の隣に腰掛け、私の頭を褒めるように撫でたから、私は何故かドキドキしてしまった。


 まさか褒められるとは……。



「それに初代皇后から聞いていたのだ。完全ではない故に、懐妊初期は、尋常ではない眠気か異常なまでの嘔吐があるだろうと……」
「なんだと……そのような事聞いてないぞ!」



 尋常ではない眠気は今か……。だが、異常なまでの嘔吐とは何だ? つわりの度を越していると言うことか?




「言えば、懐妊を嫌がっただろう?」
「当たり前だ! 眠気はともかく嘔吐は嫌だ。食べる事が楽しみなのに……」
「そのような事に楽しみを見出すな、愚か者。まあ、初期だけの話だ。耐えろ」



 何故、食事に楽しみを見出すと愚か者なのだ?
 ルキウスは食事が楽しくないのか?



「どうした? 間抜けな顔をして……」
「ルキウスは食べる事が嫌いなのか?」
「………………」



 私の言葉にルキウスが黙り込み、何やら思案しているようだ。
 私は変な事を聞いてしまったのだろうか?



「食事は毒との戦いだからな……体を毒に慣らしてあるとはいえ、気分の良いものではない」
「毒!? 今もか?」
「今はほぼ無いが……それでも過去の経験から、楽しいとは思えぬ」
「そんな……」



 ほぼ無いという言い方は、完全に無い訳ではないという事だ。私が能天気に食事をしている時に、誰かがルキウスを暗殺しようとしていただなんて……。



「其方への食事は徹底させてある。安心して食すが良い。それに、今は其方の結界のおかげで、食す前に分かる様になったので、問題はない」
「なあ、ルキウス……。これも其方が皇太子のままだからではないのか? 未だ、皇帝となっていないから、付け入る隙があると思われているのではないのか?」


 私はずっと気になっていたのだ。
 何故、ルキウスは皇帝にならぬのだろうかと……。



「私はクーデターを起こし、力で皇太子の座を手に入れたが、それでも国内を納得させ安定させるには時間が必要だ。それに、ルイーザの力が目覚めるのを待つ必要もあったのでな」


 ルイーザの力?
 そんなもの今となっては、私が甦ったのだ……。待つ必要はない筈だ。



「もう既に国内は安定しているだろう? ルキウスは現皇帝と違い、ちゃんと政治を行なっているではないか……。それに、今は私がいるのだ。皇帝となっても、何も問題などないだろう?」
「では、其方は皇后となる覚悟が出来たのか?」
「え?」


 まさか、私のため?
 私が馬鹿で物覚えが悪いから、皇后に相応しく成長するのを待っているのか?



「ルキウス……私の成長を待っていたら、お爺さんになってしまうぞ」
「……然もありなん」



 ……肯定されてもムカつくな。



「其方が皇后に相応しくなくとも、そのフォローくらいは私が出来る。国など、皇帝さえしっかりしていれば、うまく回るものだ」
「それでは独裁者と変わらぬとは思わぬか?」
「クッ」



 まあ、私は馬鹿なので、ルキウスに頼る事の方が多くなると思うから、偉そうな事は言えぬが……。



「では、何故皇帝にならぬのだ?」
「何だ? 何故、そこまで気にするのだ? 現状でも特に問題などあるまい」



 まあ、ルキウスは皇太子のままでも、皇帝の仕事をこなしているので、皇帝になる意味はと問われれば、別に今のままでも良いのかもしれぬ……。



「いやいや! 今のままで良い訳がないだろう! 皇帝と皇太子では訳が違う! 皇帝になった方が出来ることも広がるし、絶対的な力を手に入れる事が出来るだろう?」



 なれるものならなっておいた方が良いに決まっている。現状を変える意味? そんなもの、後でいくらでも理由はついてくる。
 それに、そうした方が良い。そうしたい。それが理由で良いのだ。難しい理由付けなんて要らぬ。




「私が皇帝となれば、皇太子の位を空位にする訳にはいかぬ。かと言って、一時的にでも他の者を立てるなどしたくはないのだ」
「……という事は、子が産まれるのを待っているという事か?」
「無用な権力争いを生まぬためにも、正妃が産んだ御子が必要だ。ルドヴィカ、魔力を持った子を必ず産め」




 そんな事を言われても……実際どう転ぶかは分からぬ……。普通貴族は貴族同士で婚姻する。だから、魔力のない子など産まれぬのだが……。


 私の母も父の愛妾だったが、一応没落したとはいえ子爵家出身だ。



 魔力のない者と子を作った場合、どういう結果になるかが分からぬのだ……。



「ルキウス……もしも、この腹の子に魔力がなければどうするのだ? 殺すのか?」
「……そのような事はせぬ。ただ皇位継承順位は下になるだろう」
「つまり、魔力量で皇位継承を決めるというのか……」



 私の産まれた国みたいだな……あの国は実力主義なので、魔力量で王位継承順位が決まる……つまり側室の子であっても、王妃の子より魔力があれば次代の王となれるという事だ……。



「まあ、合理的ではあるが……」
「産まれた順で継承順位が決まるなど変だとは思わぬか? 皇帝など力がある者がなるものだ。全ての兄弟たちを抑え、のぼり詰めた者にこそ価値がある」
「そうか……」



 良かった……殺される訳ではないのなら安心だ。ルキウスは、どのような父親になるのだろうか……全然想像が出来ぬが……凄く厳しそうだという事は何となく分かる。




「あと一つ……」
「まだあるのか……」
「以前言っていた戦争準備はどうなったのだ? それともこの前の小競り合いで、牽制出来たから、戦争はしないのか?」



 ルキウスの面倒臭そうな態度を気に留めず、私は己の疑問や不安を解消する事にした。



「……さあな。今後の動向次第だな」
「そうか……」



 大人しくしていれば攻め入ったりはせぬが、逆らうようなら分からぬという事か……まあ、それなら良い。理由なく攻め込むのは許し難いが、あちらがまた何かを仕掛けてくるのであれば、それはそれで致し方ない事だ。




「ルドヴィカ……。落ち着くまでは、好きなだけ眠っていようと、好きなだけ吐いていようと、構わぬが、流産する事だけは許さぬ。其方は無事に産む事が責務だ。分かったな?」
「あ、ああ。分かった」


 好きなだけ眠れは良いが、好きだけ吐けは嫌だな……そのような事を許されても何も嬉しくはない。



 だが、眠気があるという事は吐き気は今回は来ないという事だな。それだけでも、マシだ。元来、怠け者故に眠る事は好きだからな。



「だが、私の相手は務めてもらう」
「は? え? 何だ? 相手?」
「ルドヴィカ、腹の子に障らぬようにするので、抱かせろ」
「いや、でも初期って流れやすいのだろう? 宮廷侍医も、控えろと言っていたぞ」




 ルキウスは私の言葉を鼻で笑って、私を押し倒した。腹の子に障らぬように気をつけるというが、本当に此奴にそのような事が出来るのか?


 虐げる事が好きなのにか?
 まあ、気紛れに優しく抱いてくれる時もあるから、大丈夫なのか?


 でも、ルキウスはしつこいからな。性欲がおかしいし……。



「ちょっ、ちょっと、待ってくれ! 一回だけだぞ?」


 そのような事を考えていたら、いつのまにかルキウスに裸にされていたので、私は慌てた。だが、ルキウスは私の制止など聞いてくれるような男ではない。


「それは其方次第だ。早く終わりたいなら、私を満足させてみろ」
「やっ、っ! 待てっ! 満足? 何だ? 虐げるという事か?」
「クッ、懐妊していながら、虐げられたいとは、変態だな」
「なっ!? ち、違う! そういう意味ではない!! ちょっ、やめろっ! あっ、待っ、ああ!」
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