鬼畜皇子と建国の魔女

Adria

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第二部

55.不可思議な老婆

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 その神子は綺麗なゆるふわなピンクローザ色の髪に、濃いピンクローザ色の瞳……そしてルイーザのように庇護欲がそそられる雰囲気で、胸も大きくはないがそこそこある様だし、体も華奢で……可愛らしい女性という感じだった。



 総合的に見て、ルキウスはルイーザのような女が好みなのだという事だけは分かった。
 私の事を美しいと言い、欲望を掻き立てられると言ったのは嘘か。あーそうか。チッ、イライラする。



「では、下町と貴族街についての報告をさせて頂きます」
「ほう、貴族街に行けたのか? 私たちには近づくなと言っておきながら、其方は行ったのだな……」




 なんだ? その嫌な言い方は……。
 可能ならば、貴族街も調べろと言ったのは其方だろう……。



「……わたくしは魔力がありますので、何かがあっても対処出来ます。それに、わたくしは元々……いえ、何でもありません」



 危なかった……私は元々この大陸の生まれだと言いそうになった……。ルキウスのせいで調子が狂う。




 その後、報告の間、ずっとルキウスはその神子を膝に乗せ、イチャイチャし通しだった。まるで、私に見せつけるかのように……。



 捻り潰してやろうか……ルキウスの愚か者。


「めぼしい物は、すでに帝国に送ってあります。後ほど、ご確認を」
「そうか。ご苦労であった」
「それで、殿下。どう致しますか? もう帰りますか?」
「いや、私はこのバルバラ姫と、まだ積もる話があるのだ。暇ならば、もう少し調べに行って来い」



 積もる話? はっ、どうせやりたいだけだろう。このクズ。



 私はイライラを抑えながら、カーテシーをして、さがる事にした。


「ルイーザ様……殿下が一番大切なのはルイーザ様です。妃殿下として、どっしり構えていた方が……良いかと」
「……そうですね。別にわたくしは、殿下が側室を持とうとも気には致しません」


 そうだ。気になどせぬ。
 権力者がより良く種を残すために、側室を持つのは当然の事だ。



 では、何故このように苛々しているのだ?
 魔力を扱える者という己の場所を脅かされそうだからか?
 ルキウスがあの者を見る目が優しそうだからか?


 くそっ、くだらぬ。



「ルイーザ様! 護衛が必要です。ついて行くので、暫しお待ちを!」
「いらぬ! 其方はルキウスの護衛をしていろ!」




 私は唖然としている近衛隊長を置いて下町へと転移した。言葉遣いが己に戻るほどに、私は取り乱してしまっている事に気づいていなかった……。





「あれ? 此処はどこだ?」


 苛々しながら突き進んでいたからか、気がつくと裏通りにいた。
 裏通りは昼間なのに、ジメジメしていて薄暗く、道に座り込んでいる者も居て、とてもじゃないが、女が1人で来てはいけなさそうな場所だった。


 まあ、私は強いので問題はないが……。



 そして、裏通りを奥まで行ったところに、ぽつんと店があった。
 とても妖しく汚い店構えで、窓ガラスはいつ掃除したのか分からない程に曇りすぎて中が見えなかったが、朽ちかけた看板には薬草と魔法薬の店と書いてあった。


 だけれど煙突からは、変な色の煙が出ているし、扉越しでも鼻を覆いたくなるような異臭がしている。
 何を作っているのだろうか? 入るのを躊躇する程の臭いなのだが……。



 だが、何故だろう? 入らなくてはいけないような……不思議と吸い寄せられる気がする。


 吸い寄せられるように中へと入ってみると、店内は咽せる程に煙ったかった。


 店主は、この異臭の中でよく平気で切り盛りできるな……呆れを通り越して尊敬するぞ。


 私は、そんな事を考えながら店内を見回した。店には怪しい色の液体が入った瓶や魔物の眼球が入った瓶、蛇が丸ごと入った瓶や、蛇の皮や虫を乾燥させたもの、そして乾燥させた薬草などが所狭しと置かれていた。

 ふむ、珍しいものが沢山あるな。



 店内は汚いが、このように色々と珍しいものがあると、ワクワクするな。



「おや、ルドヴィカじゃないか」
「え?」


 突然名を呼ばれ振り返ると、先程までいなかったところに怪しい老婆がいた。毒林檎でも持っていそうだ。
 気味の悪い笑い方をしながら、その老婆は私を見つめている。



 ルドヴィカ? ルドヴィカと言ったか?
 前世の知り合いだろうか? このような怪しい知り合いはいない筈だが……それに生きていないだろう……。


「神殿から逃げたと思えば、次は色々なものを背負って戻ってくるとは……不甲斐ない事だねぇ」
「…………」



 老婆のその言葉に私は息をのんだ。
 やはり、前世の知り合いか?




「取り敢えず、こちらにおいで」
「え? いや……」
「おいで」
「うわっ!」



 おいでと言われた瞬間、体が無理矢理引っ張られ、その老婆の前へと出るはめとなった。そして、その老婆が息を吹きかけた瞬間、私の衣服は脱げた。



「うわっ! 何をするのだ!?」
「ほら、背中をお見せ」



 私が抗議しているのも気に留めず、その老後はまた勝手に私の体を反転させた。



「従属の魔術だね。しかも魔力の元はお前かい? 悪趣味な……」
「魔力の元は私だが、施したのは私ではない! これは不可抗力だ!」
「そうかい? なら要らないね」
「え?」


 老婆は、そう言って私の背中の焼印を手ですくうような仕草をした後、ポンポンと叩いた。すると、不思議な事に従属の魔法陣は私の背中から消えていた。


 私は訳が分からなかったが、何故か追求してはいけなないような不思議な強制力があった。



「それに、魂は新しいがルドヴィカ……お前には色々なものがのし掛かっているよ。特にその魂は……誰に取られたんだい? 変な女と契約を交わしただろう?」




 契約? 変な女?
 まさかルチアの事か? 私の最後のルチアとの約束が契約? まあ、だが、その約束を果たすためにルチアは己の命を懸けた訳だから契約と言えば、契約になるのか?



「それに、変な妖術で体を若返らせているね? 本来は朽ちているその体に新しい命を芽吹かせるとは……愚かな真似を……」
「え? 駄目なのか?」
「自然の摂理に背いて良い事などないさ」



 うっ、まあ、そうだな……。
 だが、この腹の中にはルキウスとの子が……。あんなのでも愛しているのだ……。愛してしまったのだ……。


 だが、この老婆……。


「其方……詳しすぎないか? まさか、其方がルチアの言っていた占い師ではないだろうな?」
「愚かな事だね。私はそんなに暇ではないさ」


 ふん、実にあやしい事だな……。


「何の関わりもない者で遊ぶ程、私は悪趣味ではないさ。例え、お前に繋がる事でもね」


 …………。

 老婆の怪しげな笑みに一瞬怯んでしまい、私は……それを隠すように拳を握り、キッと睨んだ。


「そもそも摂理を乱すような事はしないさ」
「あやしい事だな。信じられぬ……」


 私の言葉に興味なさげに笑ったその老婆は、やれやれと手を振った。


 何を考えているか分からぬ不気味な奴だ。


「まあ、その腹の子が生まれるまでは待ってやるさ」
「え? 待つ?」
「ルドヴィカ、全てを正しい形へ戻したいとは思わないかい? もしも、お前にその気があるなら、次はイストリア神殿へおいで。お前を正しい転生の輪に戻してやっても構わないよ」



 そう言って、笑った老婆は突然手をしっしっと振った。その瞬間、私は裏通りの入り口まで戻っていた。勿論、脱がされた衣服もちゃんと着ている。



 私は不思議に思い、もう一度裏通りへと入り、その店まで行ってみたが、そこには店などなく、ただの空き地だった。



 あの老婆は何だ?
 まさしく物語の魔女という感じだったが……。


 だが、あの者は私を知っているようだった。



 全てを正しい形に戻す……?
 それは私の死を意味する……だって、この魂の持ち主ルイーザは既にあの時に死んでいるのだ……。


 それに正しい転生の輪に戻すという事は、ルチアとの約束を反故にするという事になる……。
 そして、ルキウスの手を離す事にもなる……腹の子の成長を見ることも叶わぬという意味でもある……。


 私には、そのような決断など出来ぬ……。
 老婆は、私にその気があるのならと言った……だが、私にはその気はない。ルキウスを放ってなど逝けぬし、腹の子を放っても逝けぬ。



 私はその後、フラフラと宿まで戻った。戻ってみると廊下に近衛隊長が立ち、ドアを守っていた。そして、部屋の中からは喘ぎ声が聞こえてきたので……私は一瞬全てがどうでも良くなりそうだった……。


 一瞬、神殿に行って、もう良い! と泣きつきたくなってしまった……。


 嗚呼、情けない。側室や愛人如きで嫉妬するなど……情けない事だ……。くそっ。ルキウスなんて嫌いだ。
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