鬼畜皇子と建国の魔女

Adria

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第二部

57.さらばだ……

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 ゆらりゆらりと、闇の中で意識が揺れる。
 私は今、夢を見ているのだろうか?



 ………………。



 いや、夢ではない。私は腹が痛くて……とても苦しくて……。



「そうだ! 腹の子は……」



 ベッドから飛び起き、寝具をめくって腹を確認すると、あれだけ膨れていた腹が、まるで萎んだようだった……。


 最後に……気を失う時……母子共に危険だと、宮廷侍医が言っていた……。という事は、腹の子は助からなかったという事か……。



 だって、もし無事に産まれているなら、私の側で寝かされている筈だ……いないという事は、そういう事なのだろう。




「はっ、はは……っ」


 最低だ……ルキウスの事に囚われて……腹の子すら守れなかった……私は愚か者だ……。



 そして、こんな時ですら、私はルキウスの事を気にしている……いつもなら目覚めた時、傍にいてくれているのに……何故今はいないのだと、そんな事ばかりを気にしている……。



 私は母親失格だ。こんな私が、腹の子を想って泣く資格すらない……。



 ルキウス……其方は今、何を考えているのだろうか……腹の子が駄目になってしまった事を悲しんでくれているのだろうか?


 それとも次はバルバラに産ませれば良いと思っているのだろうか……?



 もう私の存在価値はないのだろう。
 だが、全属性の私を捨て、たかだか2属性しかない魔力の低い娘を取った事……後々後悔する時がくるだろう。



 建国の魔女であるルドヴィカ様を捨てるのだ……後悔すれば良い。大陸中に知れ渡った能力は、バルバラでは示せぬぞ。




「ふっ、見ものだな。困れば良い」



 ……………………。
 マルクス……ルチア……すまぬ……。
 私はこの国を離れる……。もう帰っては来ないだろう。


 
 ルチアは私が必要だと言ったが、ルキウスはそうではないらしい。其方の犯した禁忌を無駄にしてしまう事を許してくれ。



 だが、あの当時から比べ物にならぬ程に帝国は強く大きくなった。もう私たちの手を離れても良い頃だ。
 私たちは建国に携わった者だが、いつまでも干渉していて良いものではない。



「だから、許せ。ルチア」



 そして、さらばだ……ルキウス。
 思えば、其方とは色々あった。最初は婚約破棄をして、何としてでも逃げてやるつもりだったのに……いつしか其方を愛してしまい、婚姻関係まで結んでしまった……。



 二度ほど姿をくらませ……もうしないと約束したが……今回は違う。隠れる訳ではない。私はもう戻らない。


 だが、ルキウスはまた隠れているだけだと思うだろうな。最初のうちは拗ねて隠れているのだと、高を括ってのんびりと構えているのだろうな。


 そのうち、何かがおかしいと焦り出せば良い。それを見れぬのは残念だが、仕方がない。
 私はこの命を終わらせ、正しい形へと戻そうと思う……。きっと、その方が良いに決まっているのだ。



 もう歪な生は終わりだ……。



 ルキウス、愛していた。いや、今でも愛している。だが、もう其方の手は取らぬ。それでも、其方とこの国の繁栄を、願っている。


 大魔法使いであるルドヴィカ様を失った事を後悔し、もがき足掻けば良い。せいぜい、苦労をする事だ。



 ルキウス……さらばだ……。愛している……。
 願わくば、私がいなくなる事で、其方に何かの気付きを与えられればと思っている。



 良い皇帝になってくれ、ルキウス。
 今後こそ、本当にさらばだ……。



 私は己の涙を拭い、転移の魔法陣を始動させた。



destinazioneデスティナツィオーネ イストリア神殿」








 目の前がぐにゃりと揺れる……。その不快さに一瞬目を瞑ると、次に目を開けば其処は見慣れた神殿だった。


 私が幼い頃過ごした神殿……。
 思えば、あの時私が神殿を見に行きたいと思わず、ルキウスに引っ付いていれば、このような事態にはならなかったのだろう。



 まさかルキウスが此処で魔力のある女と出逢い、気に入るなど……あの時誰が予想出来ただろうか……。だが、離れたりしなければ、あのような事にはならなかった……ルキウスとバルバラを接近させる事など、絶対にさせなかったのに……。


 はぁ、今更悔いても仕方がない。



 私はもう死のう。死んで腹の子のところへ逝こう。





「すまないが、此処に怪しげな老婆はいないか?」
「老婆? イレーニアの事か?」



 私は神殿の門で掃除をしている黒髪の青年に声をかけた。黒髪なところはルキウスと同じだな。この青年の瞳は赤ではなく翡翠色だが……。


 ……って、え?


「イレーニア? 今、イレーニアと言ったか?」
「ああ、怪しげな老婆と言ったら一人しかいないだろう?」



 そうか! イレーニアか! イレーニアならば、全て説明がつく。
 イレーニアとは、イストリアの紋章にもなっているイストリアを守る聖獣、有翼の獅子の事だ。普段は人の姿をしていて、代々の首座司教に干渉している者、それがイレーニアだ。




 私が知っているイレーニアの姿は妖艶な美女や子供の姿だったので、気が付けなかった……。確かに彼女なら私を知っていても不思議はない。イレーニアは、ずっと師匠の側にいたのだから……。

 それに聖獣は神と同等の存在だ。私の従属の魔法陣や、私の魂を正しい形に戻すなど造作もないだろう。




「やっと来たかい。待ちくたびれたよ、ルドヴィカ」
「イレーニア……」
「おや、やっと気づいたのかい? ああ、それよりもおかえりと言うべきかねぇ……」
「ああ、……ただいま」




 13歳になる前日にイストリア神殿を飛び出してから、長いこと留守にしてしまった。やっと、帰って来れたのだな……。





「覚悟は出来たのかい?」
「ああ、出来た。だが、その前に……ひとつ未練が……」
「何だい?」
「イストリア王妃が作っているポーションの作り方を教えてくれ。私も作っているのだが、あのように良質なものは作れないのだ、っ痛!」



 私がそう言うと、イレーニアが私にゲンコツを落とした。



「はぁ、研究おたくの廃人は何人もいらないんだよ。どうしてこう全属性の者は研究が好きなんだろうねぇ。鬱陶しい」




 研究おたくの廃人?
 酷い言われようだな……まあ、あのように疲労回復に特化したものを作り出すのだから、己が寝ずに研究に勤しむ為かもな……そう思うと、疲労を回復させながら、その薬の研究に勤しむ……確かに廃人と言われても仕方がないのかもしれぬ。



 そして、私はイストリア王妃に研究内容について、色々と教えて貰い、議論を交わした。数日に渡り語り尽くし、共にポーションが作れて、私はもう満足だ。





「イレーニア、そろそろ終わりにしようか?」
「本当にそれで良いんだね?」
「ああ、構わぬ。自然の摂理から逸れるのは良くないのだろう?」
「そうだねぇ。だが、寂しくもなるが、これもルドヴィカ……お前の為さ」



 そうだな。この形が一番正しいのだ。
 魂を囚われ、妖術で体を若返らせ、子をなす。本当は良くないことなのだろう。


 だが、私は後悔していない。
 ルチアがあの選択をしてくれていなければ、私はルキウスに出逢えなかった。



 ルキウスと過ごした日々はめちゃくちゃだったが、楽しかった……ルキウスを愛せた事は後悔していない。ルキウスの子を身籠れた事も後悔していない。


 ただ、ちゃんと産んでやれたら良かったとは思うが……後悔があるとしたらそれだけだな。




「さあ、イレーニア。さっさとしてくれ。私の気が変わらぬうちに」
「ああ、分かったよ。次こそは、誰にもその生を脅かされる事なく、前世の記憶を蘇らせる事もなく、新しい生を満喫するが良いさ」



 もし叶うならば、次の生ではルキウスと、何の呪縛や、何のしがらみもなく愛しあえればと思う。あやつも、過去にあのような事がなければ、歪んだ愛し方などしていないのかもしれぬし……。
 次は皇帝とか、国とか、そんな事は関係なく、ひとりの男と女として出逢い、愛し合えれば良いな……。



 はっ、私も存分、往生際が悪い……。
 だが、愛しているのだ。ルキウス……今世でも幸せになってくれ……私は、もう其方と会えないが、来世で会えたらと願う……。



 私がイレーニアの言葉に頷き目を瞑ると、私の意識はそこで途絶えた……。



◆後書き◇

 ルイーザのことを予言した占い師やルチアに力を授けた占い師はイレーニアではありません。
 ルドヴィカが語っているように、妖術や幻術を行使し、人畜に害を及ぼすとされた人間がルチアやルキウスに付け入っただけです。

 イレーニアは聖獣なので、そのような歪な術は使いません。彼女は怪しくても使う力は神力です。自然の摂理には背きません。

 彼女は、その捩れを戻してくれる者であって、惑わした者ではありません。分かりづらくて申し訳ないです。
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