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After Story
1.20年という月日
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「きゃあっ! ミア! 大丈夫!?」
「誰かミアが怪我をしてしまったの! 宮廷侍医の先生を呼んで下さらない?」
「あ、待って! 待って下さい……私は大丈夫ですから……」
私は先程、庭で盛大に転び、木に頭をぶつけ、盛大に頭を切ってしまったようなのだけれど……、見た目ほど大した事はない……ないのに、皆が慌てて助けを呼びに行ってしまった。
私のドジは今に始まった事じゃないのに、皆慌てすぎだと思うわ。
「大丈夫かい?」
「殿下……」
私が走り去る皆に手を伸ばしていると、皇太子殿下がクスクスと笑いながら、私に近づいてきた。
ルドヴィク・セヴェルス皇太子殿下。
皇帝陛下の唯一の皇子で、皇后陛下に生き写しのご容姿らしい。
私は皇后陛下に会った事がないから似てるか分からないけれど、ルドヴィク殿下はとても物腰が柔らかく、皆に分け隔てなく優しい方だ。
「ああ、これは痛そうだね。治そうか」
「え? そんな……お手を煩わせるだなんて、畏れ多いです……舐めていれば治りますから」
「ふふっ。どうやって、そんなところを舐めるのさ」
私の言葉に殿下は肩を震わせながらクスクスと笑い出した。
うう……そうかもしれないけれど、そんなに笑わないで欲しい。なんか恥ずかしくなってくる……。
「ほら、じっとして」
「ぅあっ!?」
殿下が私の傷に手を当て、治癒魔法をかけた瞬間、一気に何かが流れ込んできた。瞬きするような刹那的な時間の内に、まるで走馬灯のように私ではない者の記憶が流れ込んできて、頭の中を掻き回されるような感覚に吐きそうになった。
「え? どうしたの? 大丈夫かい? 魔力に酔ったのかな? ごめんね……辛いなら凭れかかって」
「…………い、いえ、大丈夫です」
今ので思い出してしまった……。
私はルドヴィカ・カスティリオーネ……建国の魔女だ。
いや、ルイーザ・ディ・ファビアーニ……この国の皇后というべきか……。
という事は目の前の男は……あの時の私とルキウスの子……生きていたのか……無事に産まれていたのか……。
嗚呼、涙が止まらない……私は腹の中にいた時のこの子しか知らぬが、こんなにも立派に育ってくれたのだな……。
「ミア、どうしたんだい? まだ気持ち悪い? それともまだ何処か痛いのかい?」
「いえ……何処も痛くありません」
……本当にルキウスと私の子か?
ルキウスが育てたとは思えぬ程に、優しい子だな……驚きを通り越して、疑いすら芽生えそうだ。
まあ、疑う余地なく、私にそっくりだが……。
それに、治癒魔法が使えるという事は、この子は全属性なのだな……。ふむ、紛れもなく……私の子だ。
それにルドヴィクとは、ルドヴィカの男性名だ。ルキウスは、私の事を想って名付けてくれたのだろうか……。
未だに私が正妃の座にいるという事は……ルキウスは私を少しは大切に想ってくれていたという事なのだろうか……。
「殿下……お父様は優しいですか?」
「え? ああ、優しいけど……急にどうしたんだい?」
「優しい? 手をあげられた事は?」
「ええ? 父上が僕に? そんな事をなさる方ではないよ」
ルドヴィクがとても驚いているが、私は更に驚いた。優しい? そんな事をなさる方ではない? ルキウスが?
私は首を傾げながらルドヴィクに礼を言って、その場を立ち去った。
ふむ、この体はミアという名で、侯爵家の子女らしい。行儀見習いで女官にあがっている18歳の娘だそうだ。
そうか……あれから20年経つのか……20年も経てば、ルキウスもまるくなっていても不思議ではないかもしれぬな……。
この体の記憶を探ると、ルキウスに側室や妾はいないようだ。子もルドヴィクだけで、他に子はいないらしい。
誰も側に置いていないらしいが……バルバラは? バルバラはどうしたのだ?
あのようにイチャついていれば、子の1人や2人、簡単に出来そうだが?
だが、ミアの記憶が正しければ、ルキウスに側室はいない……皇后だけを今も想い続けているそうだ……。
うーん。頭に疑問符しか浮いてこぬな。
それに、この体の持ち主は女官になって月日が浅く、情報量が少な過ぎる。
情報を集めねば、よく分からぬ。
なので、私は古参の侍女や女官に聞いて回る事にしたが、私の失踪以後、城の中の人員が大きく入れ替えられていて、当時の事を知る者が圧倒的に少なかった。
私が得れた情報は、かつていた側室はルキウスの不興を買い、無礼打ちにあったという事と、あの後から誰も側に置かず、政務と子育てに尽力していたという事だ。
子育てに尽力? ルキウスが?
人任せにしそうだが……ちゃんと触れ合い父親をしていたのだな……。これは褒めてやらねば……。
だが、どうやって?
この体には魔力はないようだし……ルイーザの時のように記憶と共に力が蘇る事もなさそうだ。まあ、ルイーザには元々魔力があったしな。
うーん。まあ、まずはルキウスの部屋でも覗きに行ってみるか……。私の研究部屋はどうなっているのだろうか? 沢山、貴重なものがあるのだが、まさか捨てられていないだろうな……。
「掃除しまーす。掃除に入りますよー。良いですかー?」
私は小声で、そのような事を言いながら、潜むようにルキウスの部屋へと侵入した。この時間、ルキウスは執務室なので、恐らく大丈夫だろう。
「っ!!」
変わらぬな……何一つあの頃と変わらぬ……。
というか、まだこの部屋を使っているのだな……皇帝の部屋ではなく。
そして、私の研究部屋はあの時のままだった……机の上には私が使っていた回復薬や研究用の器具が散らかったままだった。
あの日、イストリア王妃のポーションを解析しようとしたままだ……一切触られていなかった。
そして、何が感動かって……20年経った今も、イストリア王妃のポーションが効果を失っていない事だ。本当に素晴らしいな……あの日、色々と議論を交わしたが、研究者としては一生足もとに及ばなさそうだ。
「あれ? こんなものあったか?」
私は机の隅にある不思議な色の魔石が妙に気になった。吸い寄せられるように、それに触れた瞬間、頭の中にイレーニアの声が流れてきた。
『ルドヴィカ、お前にチャンスをやるよ。お前の魂はすでに解放されているが、お前を未練のある場所に生まれ変わらせてやるよ。もしも、前世の記憶を取り戻す日がくれば、未練を解消するために頑張りな』
………………。
それを聞いた瞬間、私の見た目はルドヴィカの姿へと戻っていた。
力も湧いてくるようだ……ルチアがかけた妖術とは違う……神力によって与えられた見た目や力は、過不足なく私の中を行き渡る。
だが、このままでは城の中を動きづらいので、取り敢えずミアに戻っておこうと思う。
それにしてもイレーニアも意地悪な事をする……もしもなんて不確かな転生のさせ方をさせずとも良いだろう。
先程、怪我をしてルドヴィクの魔力を受けなかったら思い出せなかったのだぞ。…………はぁ、イレーニアの事だ。戻らないなら戻らないで、今の生を満喫しろと言うのだろうな。
「何者だ!?」
その瞬間、背後からルキウスの声がして、私は飛び上がってしまった。良かった……見た目を戻しておいて……。
「あ、あの私……お掃除に……」
「この部屋は何人たりとも入る事を許しておらぬ。掃除など良いから出て行け」
背を向けたまま、そう答えるとルキウスの苛立った声が返ってきた。私が頭を下げて謝ろうと振り返ると、記憶とは違う年を召したルキウスと目が合う。
まあ、20年経っているのだから仕方がない。
元々の容姿が良いせいか、実年齢よりかは若く見えるのだが……それにしても……記憶と違いすぎて……。
「其方、老けたな……」
「誰かミアが怪我をしてしまったの! 宮廷侍医の先生を呼んで下さらない?」
「あ、待って! 待って下さい……私は大丈夫ですから……」
私は先程、庭で盛大に転び、木に頭をぶつけ、盛大に頭を切ってしまったようなのだけれど……、見た目ほど大した事はない……ないのに、皆が慌てて助けを呼びに行ってしまった。
私のドジは今に始まった事じゃないのに、皆慌てすぎだと思うわ。
「大丈夫かい?」
「殿下……」
私が走り去る皆に手を伸ばしていると、皇太子殿下がクスクスと笑いながら、私に近づいてきた。
ルドヴィク・セヴェルス皇太子殿下。
皇帝陛下の唯一の皇子で、皇后陛下に生き写しのご容姿らしい。
私は皇后陛下に会った事がないから似てるか分からないけれど、ルドヴィク殿下はとても物腰が柔らかく、皆に分け隔てなく優しい方だ。
「ああ、これは痛そうだね。治そうか」
「え? そんな……お手を煩わせるだなんて、畏れ多いです……舐めていれば治りますから」
「ふふっ。どうやって、そんなところを舐めるのさ」
私の言葉に殿下は肩を震わせながらクスクスと笑い出した。
うう……そうかもしれないけれど、そんなに笑わないで欲しい。なんか恥ずかしくなってくる……。
「ほら、じっとして」
「ぅあっ!?」
殿下が私の傷に手を当て、治癒魔法をかけた瞬間、一気に何かが流れ込んできた。瞬きするような刹那的な時間の内に、まるで走馬灯のように私ではない者の記憶が流れ込んできて、頭の中を掻き回されるような感覚に吐きそうになった。
「え? どうしたの? 大丈夫かい? 魔力に酔ったのかな? ごめんね……辛いなら凭れかかって」
「…………い、いえ、大丈夫です」
今ので思い出してしまった……。
私はルドヴィカ・カスティリオーネ……建国の魔女だ。
いや、ルイーザ・ディ・ファビアーニ……この国の皇后というべきか……。
という事は目の前の男は……あの時の私とルキウスの子……生きていたのか……無事に産まれていたのか……。
嗚呼、涙が止まらない……私は腹の中にいた時のこの子しか知らぬが、こんなにも立派に育ってくれたのだな……。
「ミア、どうしたんだい? まだ気持ち悪い? それともまだ何処か痛いのかい?」
「いえ……何処も痛くありません」
……本当にルキウスと私の子か?
ルキウスが育てたとは思えぬ程に、優しい子だな……驚きを通り越して、疑いすら芽生えそうだ。
まあ、疑う余地なく、私にそっくりだが……。
それに、治癒魔法が使えるという事は、この子は全属性なのだな……。ふむ、紛れもなく……私の子だ。
それにルドヴィクとは、ルドヴィカの男性名だ。ルキウスは、私の事を想って名付けてくれたのだろうか……。
未だに私が正妃の座にいるという事は……ルキウスは私を少しは大切に想ってくれていたという事なのだろうか……。
「殿下……お父様は優しいですか?」
「え? ああ、優しいけど……急にどうしたんだい?」
「優しい? 手をあげられた事は?」
「ええ? 父上が僕に? そんな事をなさる方ではないよ」
ルドヴィクがとても驚いているが、私は更に驚いた。優しい? そんな事をなさる方ではない? ルキウスが?
私は首を傾げながらルドヴィクに礼を言って、その場を立ち去った。
ふむ、この体はミアという名で、侯爵家の子女らしい。行儀見習いで女官にあがっている18歳の娘だそうだ。
そうか……あれから20年経つのか……20年も経てば、ルキウスもまるくなっていても不思議ではないかもしれぬな……。
この体の記憶を探ると、ルキウスに側室や妾はいないようだ。子もルドヴィクだけで、他に子はいないらしい。
誰も側に置いていないらしいが……バルバラは? バルバラはどうしたのだ?
あのようにイチャついていれば、子の1人や2人、簡単に出来そうだが?
だが、ミアの記憶が正しければ、ルキウスに側室はいない……皇后だけを今も想い続けているそうだ……。
うーん。頭に疑問符しか浮いてこぬな。
それに、この体の持ち主は女官になって月日が浅く、情報量が少な過ぎる。
情報を集めねば、よく分からぬ。
なので、私は古参の侍女や女官に聞いて回る事にしたが、私の失踪以後、城の中の人員が大きく入れ替えられていて、当時の事を知る者が圧倒的に少なかった。
私が得れた情報は、かつていた側室はルキウスの不興を買い、無礼打ちにあったという事と、あの後から誰も側に置かず、政務と子育てに尽力していたという事だ。
子育てに尽力? ルキウスが?
人任せにしそうだが……ちゃんと触れ合い父親をしていたのだな……。これは褒めてやらねば……。
だが、どうやって?
この体には魔力はないようだし……ルイーザの時のように記憶と共に力が蘇る事もなさそうだ。まあ、ルイーザには元々魔力があったしな。
うーん。まあ、まずはルキウスの部屋でも覗きに行ってみるか……。私の研究部屋はどうなっているのだろうか? 沢山、貴重なものがあるのだが、まさか捨てられていないだろうな……。
「掃除しまーす。掃除に入りますよー。良いですかー?」
私は小声で、そのような事を言いながら、潜むようにルキウスの部屋へと侵入した。この時間、ルキウスは執務室なので、恐らく大丈夫だろう。
「っ!!」
変わらぬな……何一つあの頃と変わらぬ……。
というか、まだこの部屋を使っているのだな……皇帝の部屋ではなく。
そして、私の研究部屋はあの時のままだった……机の上には私が使っていた回復薬や研究用の器具が散らかったままだった。
あの日、イストリア王妃のポーションを解析しようとしたままだ……一切触られていなかった。
そして、何が感動かって……20年経った今も、イストリア王妃のポーションが効果を失っていない事だ。本当に素晴らしいな……あの日、色々と議論を交わしたが、研究者としては一生足もとに及ばなさそうだ。
「あれ? こんなものあったか?」
私は机の隅にある不思議な色の魔石が妙に気になった。吸い寄せられるように、それに触れた瞬間、頭の中にイレーニアの声が流れてきた。
『ルドヴィカ、お前にチャンスをやるよ。お前の魂はすでに解放されているが、お前を未練のある場所に生まれ変わらせてやるよ。もしも、前世の記憶を取り戻す日がくれば、未練を解消するために頑張りな』
………………。
それを聞いた瞬間、私の見た目はルドヴィカの姿へと戻っていた。
力も湧いてくるようだ……ルチアがかけた妖術とは違う……神力によって与えられた見た目や力は、過不足なく私の中を行き渡る。
だが、このままでは城の中を動きづらいので、取り敢えずミアに戻っておこうと思う。
それにしてもイレーニアも意地悪な事をする……もしもなんて不確かな転生のさせ方をさせずとも良いだろう。
先程、怪我をしてルドヴィクの魔力を受けなかったら思い出せなかったのだぞ。…………はぁ、イレーニアの事だ。戻らないなら戻らないで、今の生を満喫しろと言うのだろうな。
「何者だ!?」
その瞬間、背後からルキウスの声がして、私は飛び上がってしまった。良かった……見た目を戻しておいて……。
「あ、あの私……お掃除に……」
「この部屋は何人たりとも入る事を許しておらぬ。掃除など良いから出て行け」
背を向けたまま、そう答えるとルキウスの苛立った声が返ってきた。私が頭を下げて謝ろうと振り返ると、記憶とは違う年を召したルキウスと目が合う。
まあ、20年経っているのだから仕方がない。
元々の容姿が良いせいか、実年齢よりかは若く見えるのだが……それにしても……記憶と違いすぎて……。
「其方、老けたな……」
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