セイカツホゴ〜新卒公務員は無敵の人に犯される〜

クロセ

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1 入庁・辞令

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 入庁式で辞令が言い渡され、配属されたのは保健福祉課。生活困窮者の支援を行うケースワーカーという職種だった。生活保護を受給する人々と向き合い、彼らの状況を見極め、支援内容を適切に判断する――その重責を背負う仕事である。

 その辞令を受け取った瞬間、美咲の胸中にはわずかな沈滞感が広がった。希望していた華やかさや新鮮さに満ちた部署とは程遠い印象だったからだ。生活保護を受ける人々に対して、漠然とした偏見のようなものが彼女の心に宿っていた。「本当に助けが必要な人もいる」と頭では理解している一方で、自らの努力を怠り、甘えや怠慢でその状況に陥った人がいるのではないかという先入観が、心の奥で声を潜めていた。

 窓越しに差し込む午後の陽光が、執務室の床に柔らかな影を落としている。彼女は自分のこれからを想像した。不安の種は確かにあった。それでも「どうせやるなら、自分なりに意味を見出したい」という気持ちが湧き上がる。
 机に置かれた業務概要書に指先で触れると、無機質さが皮膚に伝わる。その感触に、少しだけ身が引き締まる思いがした。スーツの生地が微かに擦れる音が耳に届き、彼女の緊張が新たな実感として身体に刻まれる。
(自分で選んだ道だもの。頑張るしかない)

 小さく息を吐き出し、自分に言い聞かせた。住民と直接向き合う仕事は決して楽ではないだろう。だが、その経験はいつか自分の財産になるかもしれない。そう考えると、不安の中にも少しだけ前向きな気持ちが生まれてくる。その期待と緊張が、胸の中で静かに混ざり合っていた。

 配属から数カ月がたち、基礎的な研修を終え、本格的な業務に忙しい日々を送っていた。この日も午前中に事務作業を終え、午後からは生活保護受給者の家庭訪問が予定されていた。時計を確認して席を立つと、隣のデスクで作業をしている同僚に声をかけた。

「訪問に行って、そのまま直帰します」
 その瞬間、少し離れたところで書類を整理していた上司が、美咲に視線を向けた。
「白石さん、その格好で行くの?」

 彼の声は穏やかで、叱るようなものではなく、あくまで気遣うようなトーンだった。
 一瞬キョトンとし、次に自分の服装に目をやった。光沢のある白いタイトスカートが、自分の脚のラインを柔らかく引き立てていることに気づき、少し顔が熱くなるのを感じた。膝はしっかり隠れ、過剰に露出しているわけではない。それでも、この服装が家庭訪問には少し華美に映るのだと気づくと、思わず言葉に詰まった。
「あ…今日は友人と食事の予定があって、そのまま向かうつもりで…。すみません、考えが足りませんでした。」
 小さく頭を下げた。すると、上司は優しく微笑みながら首を横に振った。
「分かった。そんなに申し訳なさそうにしなくていいよ。ただ、訪問先が男性だったりすると、場合によっては気を遣うこともあるから」

 その言葉に、少しほっとすると同時に、気遣いに胸の奥が温かくなるのを感じた。
 上司が決して怒っているわけではなく、心配してくれているのが言葉や表情から伝わってきた。その優しさが、心にじんわりと染み渡る。自然と口角を上げつつも、その一方で胸の奥にかすかな戸惑いを覚えていた。
(私は、この人のことを、意識しているのかもしれない……)

 上司は仕事に真面目で、誰よりも行動力があり、忙しい時でもいらだった様子を見せない人だった。部下の相談にも耳を傾け、時には他の予定を調整してでも時間を作ってくれる。そんな彼の優しさや誠実さに触れるたび、美咲の中で生まれる感情がただの尊敬だけではないことに、最近気づき始めていた。

 そんな人からの指摘を軽く受け流すことなど、できなかった。少し緊張しながら、丁寧に頭を下げて、再度謝罪する。自分の言葉が少し早口になっていることに気づき、慌てて付け加える。
「以後、気を付けるようにします」
 上司は、そんな様子をじっと見つめ、穏やかに微笑んだ。その優しい笑顔に、ほんの一瞬、胸が締めつけられる。
「分かった。今後、気をつけるならそれでいい。訪問、行ってらっしゃい」
 短い返答の中にも彼の配慮が滲んでいる。それだけなのに、胸の奥が不思議な熱を帯びるのを感じた。
(もしかしたら、予定って、デートだと思われたかな……?)

 ふとした疑念が頭をよぎり、心臓が跳ねるように鼓動を速める。もちろん、それを彼が気にしているそぶりはない。けれど、「行ってらっしゃい」という柔らかな声が耳に残り、彼の目に自分がどう映っているのか考えると、妙に意識してしまう。

 仕事中の短いやり取り。それだけなのに、どこか濃密な余韻が心に残った。大人の余裕と、時折見せる部下への優しい気遣い。それに加え、部下である自分を女性としても扱ってくれる思慮深さ――すべてが、彼の魅力を引き立てているように感じられる。
「行ってきます」

 軽く頭を下げてオフィスを後にした時、心の中で浮き立つ感覚を抑えきれないまま、訪問先へと向かった。スカートの裾が揺れるたびに、上司の優しい笑顔が何度も脳裏に浮かび、そのたびに胸が甘く締めつけられるのを感じた。
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