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革命戦争編(親世代)
二十五話 ルベルタに向かう部隊の人選、王都の動向
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強制的に休みを言い渡されてから三日。
ファジュルは朝食を前にして、冷や汗を流していた。
スープに、肉と野菜がゴロゴロ入っている。皿に盛られたパンにはくん製チーズが挟んである。
ファジュルがスラムにいた頃摂っていた食事の、倍以上の量だ。
一日二食になっただけでもだいぶ食べすぎている気がするのに、一食の量が少し増えている。
「な、ナジャー。量が多くないか?」
「いいえ。これでもまだ少ないくらいですよ」
「そんなにいらな」
「いいですか、ファジュル様。王になろうと言うのなら、きちんと食事を摂り健康な体を維持してください。この食べ物はみんな、農民が作物や山羊《ヤギ》を育ててくれたからあるのです。残さずきちんと食べてくださいませ」
ナジャーがしれっと皿にサラミを増やす。
母や祖母というものを知らないファジュルだが、ナジャーに逆らってはいけないと本能が言っている気がする。
武力でなら確実に勝てるだろうが、ナジャーの圧に勝てない。
抵抗を諦め、朝食を受け取った。
「もしかしてハサッシアの物でもありましたか?」
「すまない。パンと果物以外を食べたことがないから、体に合わない食べ物があるかどうかわからない」
「…………失礼しました。それでは、食べて体に不調を感じることがありましたらすぐに話してください」
「わかった」
ルゥルアと二人、定位置となった木陰で朝食を摂る。
「はよ~、兄さん。ボクらも今日はここで食べるー」
「邪魔するぜ」
「おれもおれも!」
ディーとサーディク、ユーニスが盆を持って現れた。ファジュルの分は少ない、とナジャーが言う理由がよくわかる。青年組二人の持つスープは、ファジュルが渡された分より多い。
ファジュルの分はユーニスと大差ない。
平民と変わらない食事をできるようになるまでまだ少し掛かりそうだと、ファジュルは言葉にはしないが少し落ち込む。
「あごが痛い」
「あー、わかるわかる! イーリスが切った芋がでかすぎるんだよねー。皮じゃないとこまで切っちゃってるし」
「悪うございましたね」
ディーの背後から、怒りを隠さない声がする。
「ひぇっ!!」
飛び退くディーの開けた隙間に、イーリスが座る。その手は、ファジュルとは別の理由で傷をこさえている。
「ディー。自分のほうが皮むきがうまいからって調子に乗らないで」
「ボクらの一座はテントを立てるのも料理も買い出しも、全員が交代でやるからね。日常的にやってるんだからできて当たり前……ゲホッ」
言い終わる前に、ディーのわき腹にひじてつが入る。八つ当たりもいいところだ。ディーが負けじとイーリスのわきを小突き、謎の戦いがはじまった。
目の前で繰り広げられる小競り合いを見てみぬふりして、ファジュルたちは黙々と食事を続ける。
スープに入っているくん製肉は、マラ教の教えに則った方法で育成、処理されたものだとヨアヒムが言っていた。
ファジュルは肉自体食べたことがないから、味に慣れていない上、噛むのに時間がかかる。
あごが疲れると言った理由はこれなのだが、ディーとイーリスは芋が原因と思ってけんかをしているのだから笑うほかない。
みんなが食べ終わるのより少し遅れて、ファジュルは食事を終えた。
「最近、ファジュル兄ちゃん顔色いいよね」
「そうか?」
「そうだよ。ルゥルア姉ちゃんとサーディクもそうだけどさ、前はもっと元気なさそうだった」
ユーニスに指摘され、ファジュルはオアシスの水面に顔を映してみる。
「よくわかんねーけど、オレら健康になってきたってことっしょ!」
「そういうことだねー。兄さんは自覚ないかもしれないけど、きちんと食事を摂るってそういうことだよ」
「いや……自覚がないわけでは」
ここ数日は剣を握れない代わりに、素手での武術をディーから教わっている。鍛錬は数時間程度だが、日に日に疲れにくくなっているように感じた。
自信過剰なわけでなく、実際に体力がついていたらしい。
「そういえばわたしもね、今朝ナジャーさんに言われたの。出会った日よりもお肌や髪がきれいになってるよって」
「たしかに。ルゥは髪の色つやが良くなったな」
「えへへ」
美容に気を遣うために食事をしていたわけではないが、褒められてルゥルアは嬉しそうだ。
ルゥルアもファジュル同様、あまり食事を摂っていなかったため、かなり細身。まだ平民の標準値に程遠いとはいえ、着実に改善されていた。
ディーはファジュルの手首を掴み、傷の具合を確認する。
「うんうん。塞がってきているようだね。さっきもスプーンをちゃんと握れていたし」
「ああ。まだ少し痛むけど、スプーンを持つくらいなら支障はないな」
「なら、このあと親父の話を聞こう。兄さんが良くなったら、訪問してほしいところがあるって言っていたから」
「ヨアヒム座長が?」
作戦会議部屋に全員が集まり、話を聞くことになった。
ルベルタの辺境伯が反乱軍の活動を援助してもいいと言っている……ファジュルとルゥルア以外のメンバーはとっくにその話を知っていたようだ。驚く様子を見せなかった。
知っていて、あえてファジュルに隠していたということだ。
ファジュルの言いたいことを悟ったラシードが言う。
「皆を責めないでおくれよ、ファジュル。お主は自分の体を気遣わず、無茶ばかりする。だから伏せておくよう頼んでいたのだ」
「……別に、責めるつもりはない」
無茶ばかりして迷惑をかけていたのは紛れもない事実。
怪我が治る前に訪問の話を聞かされていたら、その日のうちに行動を起こしていただろうから。
「あまり大勢で行くのはあちらに迷惑になりますから、最低限の人数で向かってください。この話を持ってきたヨアヒム、ファジュル様とイーリスは確実に行く必要があるでしょう」
「そうですね。王女の特権はこういうときこそ活かしませんと」
ヨハンの提案に、イーリスは深くうなずく。
イーリスもファジュルも、反乱の責任を負う者。
責任者本人が出向かないと、交渉は成立しない。
ヨアヒムが地面に広げた地図をペンで突く。
示しているのは、イズティハルとハインリッヒ領の国境だ。
「交渉のメンバーは僕を含めた三人でいいとして、護衛はどうする。ガーニムは、反乱軍が行動を開始していることはわかったはず。協力者を募れないよう、国内外の要所に兵を置いている可能性があるだろう」
「……彼らは私を知っているから、警戒されるでしょう」
アムルが唇を噛む。
公開処刑を止めに入った際に、反乱軍に属する者だと知られてしまった。
公開処刑の場にいなかった者でも、アムルがいればファジュルも居るとわかる。
極秘に行動したい、今回のようなのに場合の護衛としては不向きだった。
代わりに手を挙げたのはディーだ。
「なら、ボクが護衛するよ。一座が公演で国を巡っているって、兵たちは知っているし。もしも兵が調べに来たら、イーリスは芋の箱にでも入っていてくれればいい」
「えぇぇぇ………………私、またお芋になるんですか」
王都から脱出する際に芋扱いされたのがよほど嫌だったようで、イーリスの笑顔が消えた。
ディーはイーリスが嫌がることを承知の上。嫌味ったらしくラクダのいる方を親指でさす。
「へぇー。そんっなに嫌なら、ボクの代わりに御者の席に座ってくれてもかまわないんだよ、イーリス。きみは城中の兵に顔を知られているんだから、即刻城に連れ戻されると思うけど」
「お芋になります」
即答だった。
「俺は処刑場での一度だけとはいえ、顔を見られているからな。ターバンで顔を隠していよう」
マラ教のとくに敬虔《けいけん》な信者は、家族以外に肌を晒さない。手足だけでなく顔もターバンで覆い、目だけを出すのだ。ファジュルは首に巻いていたターバンを口元にあてがう。
「それがいい。兵であっても、マラの信者に顔を晒せと言う権利はない。教えに反することはしない」
「ねぇ、それなら私も別にお芋になる必要はないんじゃ。ターバンを巻いていたら……」
「駄目です」
ヨハンにキッパリ言われて、イーリスは膝を抱えた。
「ファジュルたちはルベルタに交渉しに行くとして、オレらはどうしたらいい?」
「ふむ。サーディクたちはここの留守を守っていてくれ。わしが城下の情勢を調べに行こう。あちらも、処刑を止められたのだからなにかしら変化があるだろう」
「なら、わたしもおじいちゃんと行くわ。処刑のとき居なかったから、兵に顔を知られていないでしょう」
「おれも行く! 兵はおれみたいな子どものことケイカイしないだろ。おれ、役に立つよ!」
ラシード、ルゥルア、ユーニスが城下の様子見を申し出る。
見た目は二人の孫を連れて買い物をする老人。
平民に混じって話を聞くにはうってつけだ。
「じいさんたちだけで大丈夫か? オレも」
「お主は兵に顔を見られているだろう、サーディク。わしらがお主の仲間だとバレたら、そのことのほうが危ない」
「うぐ……。それはそうだけどよ。ラシードじいさんのその腕じゃ乱闘なんてできないだろ。ルゥルアもユーニスも戦えるわけないし」
「乱闘になる前提で話を進めるでない。穏便に済ませられないのか」
サーディクの言うことも、ラシードの言うことももっともなのだ。護衛がいたほうがいいが、サーディクは顔を見られている。
「三人の側によらず、目視できる位置にいればいい。ターバンで顔を隠して。ターバンで顔を隠したイズティハル人なんて市街にもスラムにもいくらでもいるから、怪しまれはしない」
「おお、さすが我が友! 助け舟ありがとな!」
ファジュルの肩をバシバシ叩き、大げさなまでに喜ぶサーディク。ファジュルは横目で睨み、肩に乗せられた手をつねる。
「好きで船なんか出すか。お前が自滅して沈んでいくから、見ちゃいられなかっただけだ」
「おおう、そりゃないぜ」
ルベルタ行きも城下の調査も、出立は明日ということにして散会する。
ファジュルは明日からしばらく、ルゥルアとは別行動になる。
本音を言うならルゥルアも同行させたいが、貴人を訪問するのに私情を挟むわけにいかない。
それに、ルゥルアはルゥルアで、別に役目を担ったのだから。
光は入り口からわずかに差し込む月明かりだけ。ルゥルアの腕に触れ、感触を確かめる。
きちんと食事を摂れるようになったから、少しずつ肉付きが良くなってきている。
太ったのではなく、健康な人なら当たり前にある、最低限の肉がついた。
ルゥルアもファジュルの頬に指を滑らせる。
スラムにいた頃より血色がいい。
もともと最低限の食事すら摂れていなかったのだと実感する。
スラムの民の大半は同じようなものだ。人として生きる最低限すら持っていない。
衣食住揃って、初めて人らしい生活と言えよう。
「ファジュル、無事に帰ってきてね」
「ああ。ルゥがいるところが、俺の帰る場所だから。ルゥも無事に戻ってきてくれ」
「うん」
ファジュルは頬に添えられた手を取り、ルゥルアを抱き寄せる。
唇に、首筋に、胸元に、口づけを落とす。
結ばれていた肩紐を解いて、肌が外気に晒される。
幾度も肌を重ね、互いの存在を確かめ合う。
翌朝。
ファジュルはルベルタへ、ルゥルアはイズティハルの王都へ向かった。
ファジュルは朝食を前にして、冷や汗を流していた。
スープに、肉と野菜がゴロゴロ入っている。皿に盛られたパンにはくん製チーズが挟んである。
ファジュルがスラムにいた頃摂っていた食事の、倍以上の量だ。
一日二食になっただけでもだいぶ食べすぎている気がするのに、一食の量が少し増えている。
「な、ナジャー。量が多くないか?」
「いいえ。これでもまだ少ないくらいですよ」
「そんなにいらな」
「いいですか、ファジュル様。王になろうと言うのなら、きちんと食事を摂り健康な体を維持してください。この食べ物はみんな、農民が作物や山羊《ヤギ》を育ててくれたからあるのです。残さずきちんと食べてくださいませ」
ナジャーがしれっと皿にサラミを増やす。
母や祖母というものを知らないファジュルだが、ナジャーに逆らってはいけないと本能が言っている気がする。
武力でなら確実に勝てるだろうが、ナジャーの圧に勝てない。
抵抗を諦め、朝食を受け取った。
「もしかしてハサッシアの物でもありましたか?」
「すまない。パンと果物以外を食べたことがないから、体に合わない食べ物があるかどうかわからない」
「…………失礼しました。それでは、食べて体に不調を感じることがありましたらすぐに話してください」
「わかった」
ルゥルアと二人、定位置となった木陰で朝食を摂る。
「はよ~、兄さん。ボクらも今日はここで食べるー」
「邪魔するぜ」
「おれもおれも!」
ディーとサーディク、ユーニスが盆を持って現れた。ファジュルの分は少ない、とナジャーが言う理由がよくわかる。青年組二人の持つスープは、ファジュルが渡された分より多い。
ファジュルの分はユーニスと大差ない。
平民と変わらない食事をできるようになるまでまだ少し掛かりそうだと、ファジュルは言葉にはしないが少し落ち込む。
「あごが痛い」
「あー、わかるわかる! イーリスが切った芋がでかすぎるんだよねー。皮じゃないとこまで切っちゃってるし」
「悪うございましたね」
ディーの背後から、怒りを隠さない声がする。
「ひぇっ!!」
飛び退くディーの開けた隙間に、イーリスが座る。その手は、ファジュルとは別の理由で傷をこさえている。
「ディー。自分のほうが皮むきがうまいからって調子に乗らないで」
「ボクらの一座はテントを立てるのも料理も買い出しも、全員が交代でやるからね。日常的にやってるんだからできて当たり前……ゲホッ」
言い終わる前に、ディーのわき腹にひじてつが入る。八つ当たりもいいところだ。ディーが負けじとイーリスのわきを小突き、謎の戦いがはじまった。
目の前で繰り広げられる小競り合いを見てみぬふりして、ファジュルたちは黙々と食事を続ける。
スープに入っているくん製肉は、マラ教の教えに則った方法で育成、処理されたものだとヨアヒムが言っていた。
ファジュルは肉自体食べたことがないから、味に慣れていない上、噛むのに時間がかかる。
あごが疲れると言った理由はこれなのだが、ディーとイーリスは芋が原因と思ってけんかをしているのだから笑うほかない。
みんなが食べ終わるのより少し遅れて、ファジュルは食事を終えた。
「最近、ファジュル兄ちゃん顔色いいよね」
「そうか?」
「そうだよ。ルゥルア姉ちゃんとサーディクもそうだけどさ、前はもっと元気なさそうだった」
ユーニスに指摘され、ファジュルはオアシスの水面に顔を映してみる。
「よくわかんねーけど、オレら健康になってきたってことっしょ!」
「そういうことだねー。兄さんは自覚ないかもしれないけど、きちんと食事を摂るってそういうことだよ」
「いや……自覚がないわけでは」
ここ数日は剣を握れない代わりに、素手での武術をディーから教わっている。鍛錬は数時間程度だが、日に日に疲れにくくなっているように感じた。
自信過剰なわけでなく、実際に体力がついていたらしい。
「そういえばわたしもね、今朝ナジャーさんに言われたの。出会った日よりもお肌や髪がきれいになってるよって」
「たしかに。ルゥは髪の色つやが良くなったな」
「えへへ」
美容に気を遣うために食事をしていたわけではないが、褒められてルゥルアは嬉しそうだ。
ルゥルアもファジュル同様、あまり食事を摂っていなかったため、かなり細身。まだ平民の標準値に程遠いとはいえ、着実に改善されていた。
ディーはファジュルの手首を掴み、傷の具合を確認する。
「うんうん。塞がってきているようだね。さっきもスプーンをちゃんと握れていたし」
「ああ。まだ少し痛むけど、スプーンを持つくらいなら支障はないな」
「なら、このあと親父の話を聞こう。兄さんが良くなったら、訪問してほしいところがあるって言っていたから」
「ヨアヒム座長が?」
作戦会議部屋に全員が集まり、話を聞くことになった。
ルベルタの辺境伯が反乱軍の活動を援助してもいいと言っている……ファジュルとルゥルア以外のメンバーはとっくにその話を知っていたようだ。驚く様子を見せなかった。
知っていて、あえてファジュルに隠していたということだ。
ファジュルの言いたいことを悟ったラシードが言う。
「皆を責めないでおくれよ、ファジュル。お主は自分の体を気遣わず、無茶ばかりする。だから伏せておくよう頼んでいたのだ」
「……別に、責めるつもりはない」
無茶ばかりして迷惑をかけていたのは紛れもない事実。
怪我が治る前に訪問の話を聞かされていたら、その日のうちに行動を起こしていただろうから。
「あまり大勢で行くのはあちらに迷惑になりますから、最低限の人数で向かってください。この話を持ってきたヨアヒム、ファジュル様とイーリスは確実に行く必要があるでしょう」
「そうですね。王女の特権はこういうときこそ活かしませんと」
ヨハンの提案に、イーリスは深くうなずく。
イーリスもファジュルも、反乱の責任を負う者。
責任者本人が出向かないと、交渉は成立しない。
ヨアヒムが地面に広げた地図をペンで突く。
示しているのは、イズティハルとハインリッヒ領の国境だ。
「交渉のメンバーは僕を含めた三人でいいとして、護衛はどうする。ガーニムは、反乱軍が行動を開始していることはわかったはず。協力者を募れないよう、国内外の要所に兵を置いている可能性があるだろう」
「……彼らは私を知っているから、警戒されるでしょう」
アムルが唇を噛む。
公開処刑を止めに入った際に、反乱軍に属する者だと知られてしまった。
公開処刑の場にいなかった者でも、アムルがいればファジュルも居るとわかる。
極秘に行動したい、今回のようなのに場合の護衛としては不向きだった。
代わりに手を挙げたのはディーだ。
「なら、ボクが護衛するよ。一座が公演で国を巡っているって、兵たちは知っているし。もしも兵が調べに来たら、イーリスは芋の箱にでも入っていてくれればいい」
「えぇぇぇ………………私、またお芋になるんですか」
王都から脱出する際に芋扱いされたのがよほど嫌だったようで、イーリスの笑顔が消えた。
ディーはイーリスが嫌がることを承知の上。嫌味ったらしくラクダのいる方を親指でさす。
「へぇー。そんっなに嫌なら、ボクの代わりに御者の席に座ってくれてもかまわないんだよ、イーリス。きみは城中の兵に顔を知られているんだから、即刻城に連れ戻されると思うけど」
「お芋になります」
即答だった。
「俺は処刑場での一度だけとはいえ、顔を見られているからな。ターバンで顔を隠していよう」
マラ教のとくに敬虔《けいけん》な信者は、家族以外に肌を晒さない。手足だけでなく顔もターバンで覆い、目だけを出すのだ。ファジュルは首に巻いていたターバンを口元にあてがう。
「それがいい。兵であっても、マラの信者に顔を晒せと言う権利はない。教えに反することはしない」
「ねぇ、それなら私も別にお芋になる必要はないんじゃ。ターバンを巻いていたら……」
「駄目です」
ヨハンにキッパリ言われて、イーリスは膝を抱えた。
「ファジュルたちはルベルタに交渉しに行くとして、オレらはどうしたらいい?」
「ふむ。サーディクたちはここの留守を守っていてくれ。わしが城下の情勢を調べに行こう。あちらも、処刑を止められたのだからなにかしら変化があるだろう」
「なら、わたしもおじいちゃんと行くわ。処刑のとき居なかったから、兵に顔を知られていないでしょう」
「おれも行く! 兵はおれみたいな子どものことケイカイしないだろ。おれ、役に立つよ!」
ラシード、ルゥルア、ユーニスが城下の様子見を申し出る。
見た目は二人の孫を連れて買い物をする老人。
平民に混じって話を聞くにはうってつけだ。
「じいさんたちだけで大丈夫か? オレも」
「お主は兵に顔を見られているだろう、サーディク。わしらがお主の仲間だとバレたら、そのことのほうが危ない」
「うぐ……。それはそうだけどよ。ラシードじいさんのその腕じゃ乱闘なんてできないだろ。ルゥルアもユーニスも戦えるわけないし」
「乱闘になる前提で話を進めるでない。穏便に済ませられないのか」
サーディクの言うことも、ラシードの言うことももっともなのだ。護衛がいたほうがいいが、サーディクは顔を見られている。
「三人の側によらず、目視できる位置にいればいい。ターバンで顔を隠して。ターバンで顔を隠したイズティハル人なんて市街にもスラムにもいくらでもいるから、怪しまれはしない」
「おお、さすが我が友! 助け舟ありがとな!」
ファジュルの肩をバシバシ叩き、大げさなまでに喜ぶサーディク。ファジュルは横目で睨み、肩に乗せられた手をつねる。
「好きで船なんか出すか。お前が自滅して沈んでいくから、見ちゃいられなかっただけだ」
「おおう、そりゃないぜ」
ルベルタ行きも城下の調査も、出立は明日ということにして散会する。
ファジュルは明日からしばらく、ルゥルアとは別行動になる。
本音を言うならルゥルアも同行させたいが、貴人を訪問するのに私情を挟むわけにいかない。
それに、ルゥルアはルゥルアで、別に役目を担ったのだから。
光は入り口からわずかに差し込む月明かりだけ。ルゥルアの腕に触れ、感触を確かめる。
きちんと食事を摂れるようになったから、少しずつ肉付きが良くなってきている。
太ったのではなく、健康な人なら当たり前にある、最低限の肉がついた。
ルゥルアもファジュルの頬に指を滑らせる。
スラムにいた頃より血色がいい。
もともと最低限の食事すら摂れていなかったのだと実感する。
スラムの民の大半は同じようなものだ。人として生きる最低限すら持っていない。
衣食住揃って、初めて人らしい生活と言えよう。
「ファジュル、無事に帰ってきてね」
「ああ。ルゥがいるところが、俺の帰る場所だから。ルゥも無事に戻ってきてくれ」
「うん」
ファジュルは頬に添えられた手を取り、ルゥルアを抱き寄せる。
唇に、首筋に、胸元に、口づけを落とす。
結ばれていた肩紐を解いて、肌が外気に晒される。
幾度も肌を重ね、互いの存在を確かめ合う。
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