SPとヤクザ

魚谷

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第二章(2)

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 食事を終えると、富永と共に車で出る。
 後部座席に景たちが乗る形で、運転手は別にいる。
 富永は、景に笑みを見せる。

「腕っ節も強く、腕も立つ。おまけに夜の方も悪くない……。最高の掘り出しもんだな」

 犯罪者にこのように媚びるような態度を見せなくてはいけないのは非常に不本意だが、相手の信頼を得るためには仕方が無いことだ。

「俊也、これからどこに?」
「会長の所だ」
「……旭邦会の?」
「そうだ」

 到着したのは、閑静な住宅街の中にある広々とした和風建築の屋敷だった。
 周囲を背の高い塀で囲まれ、所々に監視カメラが設置され、正門は鉄で出来た頑丈なものだ。まるで要塞だ。門前には何人ものスーツ姿の男たちが出迎えに立っていた。当たり前だが、みんな揃いも揃って人相が悪い。
 後部座席を、迎えに出た男たちが開け、まず景が出て周囲を警戒し、富永が出る。
 富永の姿に男達が野太い声を上げ、頭を下げる。

「ご苦労様ですっ」

 脇にある出入り口から敷地内に入る。
 和風庭園が美しく、ここが街中であることを忘れてしまいそうな静かな佇まいだ。
 奥の部屋に通される。そこには黒服のボディガードが五人立っている。
 そして和装姿の初老の男がいた。データで見た、旭邦会の会長、国定毅だ。
 その傍らに立っている、目つきの鋭い、オールバックにしたスーツの男は若頭の辰巳だ。
 富永は、国定たちに頭を下げる。

「オヤジ。お疲れ様です」
「最近、景気はどうだ」国定が嗄れた声で言う。
「おかげさまで、ぼちぼちです」
「そういう報告を聞いている。お前の腕前にはほれぼれするほどだ」
「ありがとうございます」
「前に任せていた奴……あれは本当に使えなかった。おい、そうだろう。消えてくれてせいせいしたなぁ」

 国定は笑いながら若頭の辰巳に言うと、辰巳は「そうですね」と相槌を打った。
 富永は笑み混じりに言う。

「その男は私を襲撃しようと画策しました。元から頭の足りない奴でした」

 国定は笑いながらうなずく。

「おぉ、そうだったそうだった。殺すなら殺せば良いが、殺せねえ上に尻尾を握られちまったらなんの役にもたたん。お前には感謝しているぞ」

 富永は言う。

「オヤジ。安心して下さい。今は売る手段は無数にあります。それに、これからはスーパーEに関しては安売りはやめようかと」
「ほう。どうするんだ」
「数を出しても結局、薄利多売。数を出せばそれだけ警察(サツ)に目を付けられる。であれば、商品価値をもっと認めて下さるお客様への専売にしようかと」
「あれに関してはお前に全て任せている。金を生め。手段は問わん」
「ありがとうございます」
「最近はおめえみたいに、当たり前のことを当たり前のように出来る奴がいなさすぎる。経済ヤクザ経済ヤクザとは言うが、出来不出来の差が激しすぎる。だが、お前は他の組にも自慢出来る、俺のお気に入りさ。ついつい俺も声を荒げちまうことが多いが、お前がいてくれるお陰で、最近じゃ血圧も何とかまともだ」
「光栄です」
「ご苦労だった」

 富永は頭を下げ、部屋を出た。
 しばらくすると若頭の辰巳がついてきた。辰巳は景を見るなり、富永に向かって嘲り笑いを漏らす。

「新しい女を連れてるじゃないか。本当にお前は好きもんだな」
「個人の趣味です。誰にも迷惑をかけたつもりはないんですが……」
「オヤジの前に、女を連れてくるなって言ってるんだ。……オヤジはてめえを気にいってるかもしれねえが、俺はお前みたいなカマ野郎を認めるつもりはねえからな」
「忠告痛み入ります」富永は辰巳に頭を下げて見送った。

 辰巳の姿が見えなくなると、景はぽつりと言う。

「……良いのか」
「言わせておけ。口先だけが一人前の奴だ」

 富永たちは屋敷を出ると、車に乗り込んだ。来た時同様、組員たちの挨拶を受けて、出る。
 そうして車は大通りに出て、さらに走る。途中、首都高速に走り、外資系のシティホテルへ行き着く。車回しに入ると、景たちは下りた。
 富永はロビーに入ると、真っ直ぐエレベーターに乗り込む。
 一度、エレベーターを乗り換えた。カード認識で動く、さらに上階の部屋へ行く為の特別なものらしい。

「そんなに珍しいか?」

 少し見過ぎていたのか、富永が微笑をたたえる。

「あ、いや……」

 景は恥ずかしくなって目を伏せた。

「まあ警察の安月給じゃ、到底泊まれないからな。……これから打ち合わせだ。田舎者みたいにキョロキョロするなよ」
「分かった」

 シティホテルに来ることそのものが初めての身の上としては、どうしたって緊張せざるを得ない。エレベーターは最上階で止まる。
 左右に分かれた廊下を、右に曲がり、ある一室でノックをする。
 しばらくして、内鍵が外される。
 現れたのは、ホストのようにチャラそうな雰囲気のある軽い男だ。二十代中頃くらいだろうか。その顔には覚えがあるが、誰かは分からない。
 男は、景に目を止めると怪訝な顔をした。

「そいつは?」
「ボディガードです」
「ふうん」男はさっさと引っ込む。

 景たちは中へ入った。さすがはスイートルーム。広々としたリビング、カウンターバーが備え付けられて、窓は大きく開かれ、夕方近い茜色に染まるビル群を見下ろせた。
 だが、男も富永もそんなものには目もくれず、ソファーセットに座る。
 景は富永の後ろに控える。
 男がちらりと、景を見る。

「そいつ、ヒョロそうだけど、強いの?」
「元警官だそうですよ。次のドラマ、警官の役なんですよね。取材をしたらいかがですか?」
「へえ」

 男が笑う。

(次のドラマ……?)

 そこで思い出す。目の前の男は、俳優だ。ほとんどテレビを見ない景ではあるが、男が出るドラマのCMを家電屋のテレビで映っているのをみたり、電車で目にしたりしたのだ。

「んで、ブツは?」
「ここにはありません。明日の夕方の四時から五時の一時間。歌舞伎町のクラブ、ユリウスのバーカウンターの男に、『最高のもんを』と言って下さい。後はその男の指示に従って頂ければ」
「へえ、なんか、ドラマみたいだな」
「念には念を、と。……覚えましたか?」
「ああ。けど、『最高のもんを』ってダサいな。次からは、もうちょっと気の利いた文句にしてくれよ」
「考えて起きます」
「金は?」
「まずはお試しということで結構です。その後、お気に召しましたらまた連絡を」
「サンキュ。へへ、スーパーE、最高らしいな」
「ご満足頂けると思いますよ」
「楽しみだ」

 男はさっさと立ち上がって部屋を出て行った。

「この部屋は?」
「俺が商談用に借りてる。好きにして良いぞ。今日はここに泊まるからな。お前もここにいろよ」

 バーカウンターに入った富永はブランデーを適当にグラスに注いで、香りを楽しみながら舐めるように飲む。
 好きにしろと言われても手持ちぶさたになってしまう。
 ただ今ならスーパーEについて情報が何かしら掴めるかもしれないと思った。

「……いつもあんな感じなのか?」
「何がだ」
「商売だよ」
 富永は微笑む。
「警察の本能が疼いたか?」

 鼓動が跳ねた。だが、ここで下手に繕おうとすれば、かえって相手の疑心を生みかねない――潜入捜査の際の心得
として岩槻の部下から教えられた。
 それならばいっそ、こちらから大きく踏み込むべきだ。
 その為に元警察官という経歴を残したのだから。

「スーパーEはうちでもかなり話題になっていたからな。だが、あんなまどろっこしいやり方で売買してるとは思わなかった」
「どこでどう受け渡すかはいつも、やり方は変えてる。部下を使うこともあるし、今回みたいにすることもある。それに、今回のは結構良いんだぞ」
「相手も乗り気だったな」
「まあそれもあるけどな。ああいう風に細かいスケジュールを設定することで、相手がどの程度の人間かを見極められる。約束には正確か、あんな文言一つ覚えられないようなバカか、とかな」
「考えてるんだな」
「こんな話はやめよう。お前、酒は?」
「酒はあんまり……。それにボディガードだ。大事なときに足腰が立たないんじゃ意味がない」
「大した職業倫理だ。……おい。隣に来い。これは命令だ」

 ソファーの隣に景は座るや、肩を抱かれる。

「……んっ!」

 口を塞がれるや、生温かなものを注ぎ込まれてしまう。
 唾液ではない。口の中が熱くなる。酒だった。
 ノドを熱いものが流れていく。
 景はあまり酒に強くなかった。その身からしたら、かなりきつかった。
 腹の底でこみあげた熱が全身に広がっていく。
 頭がぼうっとして、湿った溜息を漏らしてしまう。
 酒は苦手なのに、もっと欲しいと思った。

(違う。俺が欲しいのは……)

 富永なのだと思った。富永から口伝いに渡されるものがたまらなく欲しい。
 そう本気で思っている自分に気づき、恥じいった。
 こんな犯罪者ごときに心を揺さぶられるなんて。

「顔を上げろ」

 富永は優しい声音で言う。
 景が恐る恐る顔を上げると、顎を掴まれ、上向かされた。
 そして唇を塞がれた。今度は酒はない。代わりに舌が潜り込んでくる。酒を含んだということもあってかすかにアルコールの香りと、熱を覚えた。優しく舌を這わされる。脳髄が痺れ、何もかも分からなくなる甘美に身体が小刻みに震えてしまう。富永の手が景のズボンのチャックを下ろし、反応してしまったものを掬い出されるまで、本当に無防備だった。
 硬く火照ったそれに指が這い、締め付けられた。そこは既に、恥ずかしい蜜が溢れている。こんな感覚は本当に久しぶりだった。

「ぁあっ」

 声が上擦った。
 扱き立てられると、甘い疼きが下半身に広がる。
 景はたまらず、富永の腕に縋り付いてしまう。眉間に皺を刻み、情けない顔をさらす。
 富永は真っ直ぐに、景を見つめる。

「イけよ。見ていてやる」

 彼の手の中で戦慄く屹立が呆気なく果ててしまう。

「毎日、扱いてやっているっていうのに早いじゃないか」
「……は、早くて悪かったな」景は涙目で肩で息をする。
「そう拗ねるなよ。下手に我慢されるよりよっぽど良いさ」
「汚して悪かった。今拭くものを」
「必要ない」

 手首を掴まれ、座らされる。

「そんなに言うんだったら舐めてくれ」

 富永の深い色をした双眸に吸いこまれる。胸が高鳴り、息苦しいほどだ。
 景は首を伸べ、舌で彼の手をしゃぶった。青臭い風味が口に広がる。だが、不快感はなかった。自分の体液をしゃぶっているというよりも、富永の指を舐めているという思いの方が強かった。
 無骨な指先だ。そうかと言って傷はなく、綺麗な指をしている。

「お前という奴は、いやらしいな」
「お前がやれって……んんっ!」

 再び唇を塞がれ、富永が覆い被さってくる。彼はすでに自分のものを取り出していた。雄々しい形をしている。あれで毎晩、声を絞り出されていた。
 ネクタイを緩まされ、ボタンを乱暴に外され、胸元を露わにされる。
 硬く尖った乳首を吸われ、指先でいじくられる。その手管に酔いしれてしまう。汗が噴き出す。その汗粒すら富永の丁寧な舌遣いで啜られる。

「ああっ!」

 景は声を絞り出した。
 露わにされている肉塊がビクビクと戦慄く。
 富永は一切服を脱ごうとしない。それが何だか不公平だと思った。
 自分ばかりが裸に剥かれ、心の底まで見通されるような気持ちになる。
 貪られるのは構わない。だが、景も彼に触れたいと思った。
 その気持ちが強く露わになったのは酒のせいもあるのか。景にも分からなかった。
 夢中で首筋に口づけをし、甘噛みをし、怒張同士を擦り合わせて快感を貪る富永のワイシャツに手をかけた――その時。

「やめろっ!」

 冷や水でもかけられるような怒声が響くと同時に、右腕をねじり上げられていた。

「っくうっ!」

 富永は鬼の形相だった。

「や、やめ、折れ……っ」

 ぎりぎりのところで、富永は腕を放した。
 富永のワイシャツの裾がズボンからはみだしていた。富永はまるで人目に触れてはいけないものだと言わんばかりにそれをズボンの中に入れた。

「調子にのるなっ! ガキがっ!」

 まるで人が変わったような豹変ぶりだった。

「クソ。興醒めだ。ちょっと出る。お前は勝手にしろ。ただし、ここからは離れるなよ」
「外に出るなら……」
「別にボディガードはお前だけじゃない」

 その言葉が何故か、胸に鋭く刺さった。富永は部屋の鍵であるカードをテーブルに放り投げると、さっさと部屋を出て行ってしまう。
 景の心に影が差す。それはまるでひどい自己嫌悪だった。
 ねじられた手首がジンジンと痛んだ。
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