異世界居酒屋「陽羽南」~異世界から人外が迷い込んできました~

八百十三

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本編~2ヶ月目~

第20話~玉子粥~

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~新宿・歌舞伎町~
~居酒屋「陽羽南」~


「「ありがとうございましたー!」」

 エレベーターに乗り込んだお客様を見送り、僕は頭を下げる。
 時刻は22時過ぎ。既に夜は更け、店内にいたお客様は皆帰っていった。先程帰られたお客様が最後だ。
 普段ならこれで、営業終了の0時まで何事もない時間が続くのだが、今日は幾分か様子が違った。
 先程1階まで降りて、お客様を乗せていったエレベーターが、引き返すように上って来たのだ。
 そして3階で止まり、扉が開くエレベーター。中から先程のお客さんが顔を覗かせた。

「マウロちゃん、店長! すまん、手を貸してくれ!」
「どうしたんです……ん!?」

 ちょうどエレベーターの前にいたままだった僕は、驚きに目を見開いた。
 先程お支払いを済ませて帰っていったお客様が、狼の獣人《ビーストレイス》の青年を伴って現れたのだ。
 青年は意識を失ってぐったりとして、お客様に腕を肩に回すようにして支えられている。見るからに傷だらけだ。
 そしてその身に纏う簡素なチュニックの上には革鎧。腰には長剣。
 どこからどう見ても仕事帰りのサラリーマンではない。

「異世界から転移してきたのか……!? 松尾《まつお》さん、彼はどこで?」

 戻って来たお客様――松尾から青年を受け取り、近くのソファ席に横たえると、僕は松尾に不安そうな目線を向けた。
 松尾は肩の汚れをサッと払うと、額を押さえて口を開く。

「店を出て帰ろうと思ったら、この青年がビルの入り口に半身突っ込んで倒れていてね……
 警察を呼ぶよりマウロちゃん達に頼った方が早いと思って、抱えて運んで来たんだよ」

 澄乃が運んできた熱いお茶に口をつけながら、松尾は店入り口の椅子に腰を下ろして言った。
 その言葉に、僕は唸った。この居酒屋が入居するビルに辿り着いたのは勿怪の幸いと言えそうだが、そもそも傷だらけで気絶している時点で悪い状況であることは想像に難くない。
 だが、恐らくは同じ境遇の存在だ。無下に扱うことも出来ない。

「分かりました。とりあえず彼については、こっちで何とかします。
 松尾さんは明日のお仕事もあるでしょうし、お気をつけてお帰りください。夜遅くにお手数おかけしました」
「こちらこそ厄介ごとを持ち込んですまない。よろしく頼むよ」

 そう言ってお茶を飲み干すと、湯呑みをエティに手渡して松尾は再びエレベーターの中へと消えていった。
 さて、問題は未だ目を覚まさない狼の青年である。

「一先ず、傷の手当てをしてやろう。
 パスティータちゃん、バックヤードから救急箱持っといで。アンバス君は彼の着ている鎧を脱がしてやってくれるかな。エティちゃんは水汲んできて。
 マウロちゃんは……うん、なんか温かいもの作ってきてくれる? 粥とか頼むよ」

 お客様のいなくなった店内で、澄乃が指示を飛ばす。それに従い、皆がそれぞれ散っていった。
 こういう時、回復魔法が使えたらどれほど楽だろうと思うが、生憎この世界は魔法が「存在しない・・・・・」世界だ。無い物ねだりをしたってしょうがない。
 そもそも、僕達のパーティーは回復をエティに頼り切っていたので、僕は回復魔法を使えないのであるが。

 ともかく、青年のお腹を温めつつ満たしてやらねばならない。
 僕は念入りに手を洗うと、小振りな土鍋を取り出した。二人前サイズであるゆえ少し大きいが、小さいよりはいいだろう。
 米を一合測りとってざるに開けて、ざっと研ぐ。米を土鍋に入れ、粉末だしを小さじ1杯。そして水を米がかぶるくらいに満たしていく。
 さっと米の表面を均すと、蓋をしてコンロの火にかけた。本当は米に吸水させてから火にかけるのだが、今は急ぎだ。若干硬く炊き上がるが仕方がない。
 最初は弱火で1~2分、そこから強火にして沸騰させる。沸騰したら火を弱めて蒸らしつつ加熱。
 米を炊く時の火加減の鉄則だ。この国には「はじめチョロチョロなかパッパ、~~」なる謳い文句も伝わっているくらいには、よく人々の間で知られているやり方らしい。
 さすが、米を主食とするお国柄なことはある。
 適当なタイミングで蓋を取り、溶き卵を流し入れる。軽くかき混ぜ、再び蓋をする。出来上がるころにはふわふわになっていることだろう。

 そうこうするうちに澄乃以下三名の手によって、狼の青年は気絶したまま鎧を脱がされ、身体を清められ、傷の手当てをされていた。
 今やチュニックも脱がされ、上半身裸のズボン姿だ。とは言っても、チュニックもボロボロで服の体を成していなかったのだが。
 仕方がないのでパスティータが近くのドン・キホーテに適当な服を買いに行かされている。
 澄乃が左肩の傷に包帯を巻いていると、青年が身じろぎして閉じていた目を開いた。

「うっ……」
「お、目が覚めたかな? あ、もうちょっと待っててね、包帯巻いてるから」

 澄乃が包帯を巻き終わるのを待ってから青年は身を起こすと、包帯の巻かれた左肩を押さえて顔をしかめた。傷の手当こそされているものの、痛みは引かないらしい。
 そして周囲を見回すと、階下に見える歌舞伎町メインストリートの灯りを見て、目を大きく見開いた。既に空は暗いのに、昼と同じように煌々と灯る街灯やネオンを見て驚いている様子だ。
 ガラス窓越しに映る新宿の夜の街を食い入るように見つめている青年に、澄乃は頭をかきながら声をかけた。

「ここは……あー、そうだな、居酒屋「陽羽南《ひばな》」。君はうちの店の前に倒れていたんだ。自分の名前と所属は言える?」
「レミ……レミ・ヴァルモン。ブラン神聖国の第三騎士団の、騎士見習いだ」

 狼の青年――レミはこちらを振り返ると、淀みない口調で自身の身上を明かした。
 ブラン神聖国。この地球には勿論、僕達の元いた世界にも、存在しない国だ。僕達とはまた違う世界から、転移してきたのだろう。

「俺は……一体、どこ・・にいるんだ? 聖力の匂いもしないのに、あの階下の灯りはどういうことだ?」
「貴方は貴方のいた世界から、こちらの世界に転移してきたのよ。
 こちらの世界には魔力、貴方の世界で言う聖力ね、そういうエネルギーは一切なくて、別の原理でああして灯りを点しているの」

 エティが白湯を湯呑みに入れて、お盆に乗せて持ってくる。
 ぱっと見で人間と大差のない澄乃と異なり、ウサギが二足歩行で歩いているような獣人《ビーストレイス》のエティを見て、再びレミの瞳が見開かれる。
 そしてそこから、レミの状況の聞き取りが始まった。混乱を押さえつつ話を聞くと、駐留していた村の周囲の見回り中に魔物に襲われ、戦っている最中に転移してしまったそうだ。
 身振りを大きくして話すレミの様子を見て、僕は哀れみの気持ちを抑えられず、すっと目を細めた。
 ただ一人で全く見知らぬ世界に放り出されて、どれほど彼は不安でたまらないことだろう。
 僕達は周囲に仲間がいたし、転移してすぐに社長に出会って導かれた。随分と恵まれていたものと思う。

 そうしていると土鍋は頃合いだ。火から下ろし、木製の鍋敷きの上に土鍋を据える。小鉢と匙をカウンターに置くと、まずは土鍋を手に持った。

「――つまり、ここ・・は俺のいた世界と別の世界で、今すぐ帰る方法はないのか……? ちくしょう、なんてこった……」

 フロアに立ち入ると、ちょうど周囲からの説明を受けたレミが、その事実に直面するところだった。
 力なくがっくりと項垂れるレミ。そしてその瞬間に、ぐるるるとレミの腹の虫が鳴った。
 俯いたまま赤面するレミの前に、僕は土鍋をそっと置く。

「はい、玉子粥です。お腹が空いているんでしょう、まずは召し上がってください。
 この先どうするかは、お腹を温めてから考えましょう。お金の持ち合わせはないでしょうからお代は結構ですよ、大丈夫です」

 レミの前に置いた土鍋の蓋を、僕はそっと取った。ふわりと湯気が立ち上り、優しい香りが広がっていく。
 暖かな湯気を立てる玉子粥を前にして、レミは視線がくぎ付けになっている。涎を垂らさんばかりに口をぽかんと開いていた。
 僕は苦笑して、用意しておいた小鉢と匙をレミに渡す。そこからは早かった。
 僕の手から奪う様に匙を取ると、土鍋から粥を掬ったレミ。そのまま口に運ぼうとして――それが熱々であることに気付いた。
 数瞬固まると、何度かふぅっと息を吹きかけ、口を開いてその中に匙を運ぶ。咀嚼して飲み込むと、強張っていたレミの表情がふっと和らいだ。

「とりあえず閉店までここに居なよ。今日は一緒に帰って、明日区役所の転移課に行こう。まずは住む所を確保しないとな」
「……ありがとうございます」

 澄乃が胸を叩いて言うのに自信を持ったのだろう、笑顔でレミは頷いた。
 その後、閉店の時間まで僕達はレミのいた世界のこと、騎士団のことを語ってもらった。
 アンバスが冷蔵庫から焼酎を引っ張り出した時に、レミが成人済みであることを知ってひと悶着あったのは、ここだけの話である。


~第21話へ~
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