異世界居酒屋「陽羽南」~異世界から人外が迷い込んできました~

八百十三

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本編~4ヶ月目~

第68話~氾濫する来訪者~

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~新宿・歌舞伎町~
~居酒屋「陽羽南ひばな」 歌舞伎町店~


 僕の前に腰を下ろし、生ビールを一口飲んだカルロッタが、ふーっと長い息を吐く。
 その姿を正面に見ながら、彼女が話し始めるのを待っていると、カルロッタがゆっくりと口を開いた。

「カマンサック達がこちらの世界に転移してきて、どれくらいになる?」
「んーと、今年の六月の初め頃だったかな。メトロ丸の内線あたりの地下街に転移して、うちの社長に拾われて、そのまま入植と同時に就職した感じだ」

 手元で動かす包丁に視線を向けながら、僕はカルロッタと言葉を交わす。手元で刻むのはスライスしたジャガイモ。作るのはもちろんグスターシュだ。
 僕の言葉に、ふーっと長い息を吐きながらカルロッタがカウンターに肘をつく。

「思っていたほど、時間が経っているわけではないんだな……」
「らしいね。チェルパだと八ヶ月か九ヶ月が経ったくらいじゃなかったかな」

 細く刻んだジャガイモをボウルの中に入れながら、ため息をつくカルロッタに笑いかけた。チェルパはアースより時間の流れが速い。こうして考えると、転移してから結構な時間が経ったものだ。こっちではまだ半年も経っていないというのに。

「そうか……その一年足らずの合間に、ラトゥール大陸は酷い有様だ」

 生ビールのジョッキを傾けて、幾分泡の消えたビールを飲みながら、カルロッタはそう言葉を吐き出した。

「ヴァリッサ洞窟の巨獣を討伐するのに半年かかった。その巨獣と同じくらいか、それ以上の力を持つ来訪者マレビトが、大陸の各地に次々出現している。それと共に各国で市民や冒険者の転移が発生していて、戦える人間は減る一方だ」
「……そうらしいね」

 忌々しいものを見つめるように目を伏せながら、ジョッキの持ち手を握るカルロッタの手に、力が籠もる。
 その言葉に頷きながら、僕は塩胡椒とペペルの実で味付けしたジャガイモをボウルの中でかき混ぜた。話を聞くことも重要だが、料理の手を止めるわけにもいかない。
 その、淡白ともいえる僕の反応に、カルロッタがふっと顔を上げた。

「なんだ、驚かないんだな?」
「うん、ちょっと、いろいろと事情があってね。今のチェルパの置かれている情報は、僕達は既に認識している。このまま放置していたら、ラトゥール大陸は来訪者マレビトに蹂躙されて、人の住めない世界になるだろう、ってことも」

 コンロに向かうためにカルロッタの前から離れつつ、僕はそう言葉を返した。
 つい先日、一時帰還した時にも同様の話を国王陛下やギルドマスターから聞かされた。ジーナの技能スキルで情報が入ってくるのもある。問題を認識していることは、間違ってはいない。
 フライパンに敷いたジャガイモの上に卵を割って落とした、ジュウという音を聞きながら、カルロッタは再び俯いた。

「そうか……」
「『八枚の翼オクタアイレ』は、どういう経緯で新宿に転移してきたんだ?」

 出来上がりつつあるグスターシュをひっくり返しながら、僕はおもむろにカルロッタへと問いかけた。同じ世界から転移してきたと言っても、転移する場所、状況は様々だ。やはりそこは、気になる。

「私達は、ディエチ首長国西部のドゥリン山に出現した『霊妖れいよう』と呼ばれる来訪者マレビト大規模討伐レイドに参加するべく、移動している最中に事故に遭った。
 ちょうどディア砂漠を渡っている最中で……乾いた砂漠から急にじめじめした都市の真ん中に移動したものだから、あの時は何が起こったか、想像も出来なかった」
「だよね、気持ちは分かる……はい、グスターシュ。残りの分はB卓に持って行かせるから。B卓様グスターシュどうぞー!」

 ぽつぽつと話すカルロッタの言葉を聞きながら、僕は焼き上がったグスターシュに包丁を入れた。八等分して二枚を小皿に、残り六枚を円を作るように盛って、小皿をカルロッタの前に出す。
 聞けば、砂嵐に巻き込まれる中でホールを潜ったらしく、具体的にいつ、と言うのは覚えていないそうだ。出現場所は西新宿、都庁の近隣だったという。
 それからは新宿区に入植し、住む場所と当座の活動資金を確保してから、元の世界に戻るべく情報を集めていたらしい。その矢先に、「入植者が多く働く場所」として、「陽羽南ひばな」を見つけたのだそうだ。
 僕がカウンターの上に置いたグスターシュにフォークを伸ばしながら、カルロッタが目じりを下げた。

「ありがとう……そうだ。
 私達は霊妖れいよう討伐の主力となることを期待されていたはずなのに、こんなことになって……大規模討伐レイドの運用に支障が出ていないか、それだけが気がかりだ」

 彼女のその言葉に、僕はフライパンをシンクの中に下ろしながら、彼女に同調するべく口を開いた。

「そうだね……僕達が何とか出来る頃まで、ディエチの人達が持ちこたえていればいいんだけど」
「……ん? なんだ、カマンサック、何か腹案でもあるのか?」

 僕の言葉に引っ掛かりを覚えたのだろう、カルロッタがグスターシュの一切れにかじりついてから、目を見開いた。
 あ、しまった。
 しかし言ってしまったものはしょうがない。苦笑を見せながら僕は少々声を潜めて話し始めた。

「あ、んと、まあね。区役所の転移課と連携して、チェルパに帰る術を身に付けようとしているんだ」
「は……なん、だって」

 僕の告げた言葉に、カルロッタがグスターシュが刺さったままのフォークを、手からポロリと取り落とした。小皿に着地したフォークがカランと音を立て、カウンターの上に転がる。
 慌ててフォークを取り上げる彼女に、新しいフォークを渡しながらにっこり笑いかける僕だ。

「世界と世界を繋ぐホールを、自分の手で開ける術があってね。それを身に着けるべく、訓練を重ねている」
「なん……そんなレア技能スキルを、誰かから、学ぶ、だと」

 僕が差し出すフォークを受け取りながら、カルロッタは開いた口が塞がらない様子だ。
 まあ、言わんとすることも分かる。世界間転移なんて、チェルパでは望んで身に付けられるような技能スキルではないからだ。地球はそもそもからして技能スキルの概念がないから、そういうレベルの話ではない。
 しかし、グウェンダルの人々にとっては別だ。世界転移術は技術として確立されているし、それを人々に教える下地もある。日本各地の自治体の転移課がいい例だ。
 呆気に取られた表情で微動だにしないカルロッタに、僕は他の注文で届く料理を次々捌きながら、彼女に声をかけていった。

「信じられない気持ちは分かる。僕もあんまり信じられていない。でも、身に着けることが出来れば、アースとチェルパに今まさに降りかかっている問題を、なんとかすることが出来る」

 真剣に話す僕に、ようやくカルロッタは、僕の話が夢物語ではないことを認識したらしい。目に光を戻して、皿に落としたグスターシュの食べさしに、改めてフォークを入れた。

「そうか……無事に出来るようになることを祈っている」
「ありがとう。まぁ、身についたとしてシュマルに戻るつもりは、そんなにないんだけどね」

 キュウリの一本漬けを軽快に切っていく僕の言葉に、またもカルロッタの手が止まった。しかし今度は呆気に取られて、と言うわけではない。その瞳にはうっすら、批判の色が覗いている。

「何を言ってるんだ、お前の故郷が危機に瀕しているんだぞ」
「うん、分かってる」

 少しだけ語気を強める彼女に、僕は努めて明るい笑顔で答えた。
 そう言いたくなる気持ちも分かる。故郷が人手不足で苦しんでいるのに、僕レベルの優れた人材が故郷に戻るつもりがない。それは当然、「何を言っているんだ」と言われるだろう。
 だが、僕の心は、もうだいぶ前から決まっているのだ。切り終えたキュウリを横長の皿に盛りつけながら、笑って言葉をつづけた。

「でも僕は、こっちの世界アースで手に入れた職と、生活と、人との繋がりを、捨てたくはない。だからこっちを拠点にして、あっちに行って問題を解決して、戻ってきてみたいな形で、解決に導きたいなって思ってるんだ。そうやって出来ることも、きっとあるはずなんだ。よし、1席様キュウリどうぞー!」
「了解ー!」

 話しながらも料理を出していく手と言葉は止めない。「八枚の翼オクタアイレ」の面々と歓談していたエティが、振り返って答えてはこちらにやってくる。
 僕達は、もうすっかり居酒屋の店長と店員として、生きていくつもりでいるのだ。
 こちらに妻子が転移してきたアンバスも、こちらで大事な人が出来たシフェールも、呪いを好意的に解釈してくれる場を見つけたパスティータも。エティは、ご実家の話があるから断定はできないけれど。
 それにチェルパに渡って、来訪者マレビトを倒すだけでは、世界と世界の位相を離す根本的な解決にはならないのだ。文字通り、「世界を動かす」必要があるのだから。
 僕の言葉に、カルロッタも納得した様子でゆっくり頷いた。一枚目のグスターシュを食べ終わり、残り僅かなビールジョッキに手を伸ばす。

「そうか……確かに、来訪者マレビトを倒すことは、直接的な解決にはならないからな」
「そういうこと。世界と世界が繋がりやすい状況を、改善しなくちゃならない。それをするためには、戦うだけじゃきっと足りないんだよ、カルロッタ」

 言い聞かせるような僕の言葉を受けて、生ビールをぐいと飲み干したカルロッタも、苦々しいながら笑った。空になったジョッキを、そっとカウンターに置く。

「分かった……それなら、それでいいよ。カマンサックの思うとおりにすればいい」
「ありがとう。ところで、次は何を飲む?」
「そうだな……『びーる』より酒精が強めの酒で、おすすめはあるか? こいつも美味いが、そろそろ違うものも飲みたい」

 そう話す彼女に、僕は味の好みを聞き出しながら日本酒がいいか、焼酎がいいかと選んでいって。
 「八枚の翼オクタアイレ」の皆にもこの店を気に入ってもらえればいいな、と思いながら、僕は今日の仕事に熱を入れるのだった。


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