異世界居酒屋「陽羽南」~異世界から人外が迷い込んできました~

八百十三

文字の大きさ
81 / 101
本編~4ヶ月目~

第69話~未来の展望~

しおりを挟む
~新宿・大久保~
~メゾン・リープ 203号室~


「うーん……」

 その翌日、土曜日の午前中。
 僕は自分の部屋、ベッドの上にあぐらをかいて、腕組みしながら眉間にしわを寄せていた。
 悩みは尽きない。今日の仕事のこともそうだし、世界転移術の習得に関してもそうだ。チェルパから地球へ転移してきた人々についても悩ましいし、そもそも来週にどんなお通しを出して、どんな日本酒を仕入れるかも頭に残っていた。
 壁にもたれながら唸っていたら、部屋のドアをノックする音が聞こえてくる。ベッドから降りてドアのノブを捻ったら、向こうからエティが顔を出してきた。

「どうしたのマウロ、唸り声が私の部屋まで聞こえてきているけど」
「ああ……エティ。すまない」

 いけない、唸っていたら隣の部屋まで漏れ聞こえていたらしい。頭を下げながら彼女を部屋に招き入れて、僕は再びベッドに腰を下ろした。

「いや、さ……コトナリさんに内なるホールを開けてもらった後のことを、考えてて」
「世界転移術を身に着けた、後ってこと?」

 黒い鼻から小さく息を漏らして話す僕の言葉に、エティが自分の長い耳に手をやりながら返してくる。その言葉に、僕はこくりと頷いた。
 世界転移術を僕なり他の四人なりが身に着けるとして、それは大きな転換点ではあるが、決してそれが目標にはならない。むしろ、そこからが始まりだ。
 元々こういう話になったのも、地球アースとチェルパの互いの位相が接近しすぎていて、ホールが開く安くなっている状況を改善するため、なのだ。

「そう。世界転移術の取得はゴールじゃない、むしろスタートラインに立ったくらいのことなわけだろ。その先には『世界を動かして位相を離す』って大仕事が待っている」
「そうね」

 僕の言葉に、エティもしっかりと頷いた。
 元々しっかり者の彼女のことだ。本来の目的を忘れる、と言うようなことは無いだろうと思っていたし、実際無くて安心した。
 それを踏まえた上で、僕は部屋のフローリングに立ったままの僕を見つめる彼女に、真っすぐ視線を向けて口を開く。

「どうやれば、『世界を動かす』ことが出来ると思う?」

 僕の言葉に、エティは眉間を寄せながら小さく唸った。
 世界を動かす。我ながら、随分と抽象的なことを問いかけているものだと思う。百人に問いかければ、百通りの答えが返ってくるだろう。そのうちのどれくらいが、真に正解かも分からない。
 しかしその抽象的な問いかけをする必要がある程に、僕は悩んでいた。世界転移術を身に着けることがスタートだ、と理解しているからこその問いかけ。仲間であるエティと、その辺りの意識のすり合わせはしておきたくて。
 しかして数十秒悩んだ後、彼女はおもむろに口を開いた。

「そうね……今までも冒険者としていろんな仕事をしたけれど、それで世界が動かせたかっていうと、自信がないわ」
「だろう? 僕もない。きっと、冒険者としての活動では、世界を動かすことは出来ないんだと、思う」

 耳をしゅんと下げながら話す彼女に頷いて、僕は組んだ両手に自分の鼻をつけた。
 Sランク冒険者の、それ相応に知名度のある僕でも、簡単に行かないことは容易に想像がついた。シュマル王国内に四人しかいないSランクだが、国外に目を向ければもっとたくさんいるのだ。
 エティも僕の言葉に頷きながら、両手を後に回した。

「仕方がないわ。シュマル王国でこそS級として名が通っているけれど、他の国にもSランク冒険者はたくさんいるんだもの」

 彼女の言葉に、俯いたままの僕だ。
 元々、Aランクのパーティーとしてシュマル王国内では相応に知名度のあった「三匹の仔犬トライピルツ」だが、ラトゥール大陸や南方諸島、もっと言えばチェルパという世界全体に影響力があったかと言えば、そこまではいかなかった。
 国外に出て仕事をすることも「八枚の翼オクタアイレ」ほど多くはない。冒険者の立場から世界を動かすのは、難しいだろう。

「そうなんだよな。僕達は、僕達にしか出来ないことをやっていくしか、世界を動かすには至らないんだと思う。それこそ、姉さんがやっているように、自分の店と異世界を繋げるとか――」
「あっ、そうだわ」

 思いつくままに言葉を零していく僕。すると、エティが何かを思いついた様子で言葉を遮った。同時にぱんと両手を打ち鳴らす。
 何事か、と顔を上げる僕に顔を寄せるようにして、彼女は笑みを浮かべながら口を開いた。

「ねえマウロ、私、今ふっと思いついたんだけど。『陽羽南ひばな』をラトゥール大陸にも出店するっていうの、ありじゃないかしら?」
「うん?」

 彼女の言葉に、僕はきっと目を見開き、きょとんとしていたことだろう。
 「陽羽南ひばな」をラトゥール大陸にも出店する。地球にではなく、チェルパに。
 その発想は、まさしくなかった。
 口を噤んで、自分の中にその言葉を落とし込んでいる間にも、エティはどんどん話しかけてくる。

「世界転移術がどういう形で発現するかにもよるけれど、地球とチェルパを自由に繋げて、自由に行き来が出来るようになれば、あっちに地球の食材やお酒を持ち込むことも、出来ると思うの。なんだかんだ言ってチェルパの人達ってお酒が好きだし、話題になるんじゃない?」
「そうか……なるほどな」

 その言葉に、ようやく得心が言った僕は納得した。
 チェルパの国々は、どの国でもアルコールの消費が盛んだ。蒸留酒のような強い酒こそ無いが、エールやワイン、シードルは日常的に消費されているし、日本酒と同じようにコメを発酵させた米酒まいしゅも、南方諸島で作られている。ナタニエル三世陛下が愛飲しているように、愛好家もいるものだ。
 それを考えれば確かに、地球の日本酒もワインも、なんならビールも、快く受け入れられるだろう。冷たいし、風味も優れているし、種類がけた外れに多い。楽しめるはずだ。
 ありかもしれない、と思いつつ、ふと現実に立ち返って僕は腕を組んだ。

「ただ、地球から食材も酒も何もかもを持ち込んで作るのだと、面白みもないしな……僕達がこっちでシュマルの料理を作るのにしたって、食材は地球のものを使っているし」
「確かにね。醤油とか料理酒とかの調味料は、あっちじゃ調達しようがないから持ち込むしかないんでしょうけど……似た食材はあっちにも多いし」

 僕の言葉に、エティも同意を返してくる。
 異世界から食料品や食材を持ち込むと、その世界には無い病気やら菌やらが持ち込まれる危険があるから、極力しないのがルールだ。先日の一時帰還の時に僕達がお土産でペペルの実を持たされた時も、すぐに区役所の転移課に持ち込んで、危険性の有無を確認してもらっている。
 なるべくなら食材は、チェルパにあるものを使って作りたい。調味料は向こうで調達するのは難易度が高いだろうから、しょうがないけれど。
 逆に言えば、条件をクリアするのはさして難しい話ではなさそうだ。

「でも、いいかもな、それ。地球で異世界の料理が受け入れられているんだから、地球仕込みの料理が異世界で受け入れられないとは、考えにくいしな」
「そうそう。いい案だと思わない?」

 ようやく笑顔を浮かべつつ、僕は頷いた。発案したエティ自身も嬉しそうである。
 チェルパに、ラトゥール大陸の国に、自分の店を持って、地球由来の料理や酒を提供する。
 なるほど、これなら確かに「世界を動かす」に値することが出来そうだ。
 そこから僕達二人はどんどん展望を広げていった。どんな料理を中心に作ろうか、どんな酒を仕入れて提供しようか、などなど。

「あと、思ったんだけどさ。包丁とか鍋とか、やるなら持っていきたいよな。もうチェルパ伝統の包丁で料理するのなんて、考えられないし」
「あぁ、マウロいっつも言ってるものね、包丁の切れ味が比べ物にならない、鍋も軽くて使いやすいって」

 そして調理器具はどうしようか、という話になったところで、僕達の意見はすぐさまに一致した。
 もう、地球の、というか日本で買える包丁と鍋に慣れ親しんでしまったから、それ以外のものを使うなんて考えられない。軽いし、丈夫だし、手入れがしやすいし、何より気持ちいいくらいによく切れる。
 王都の冒険者ギルドの食堂で働いていた時に使っていた包丁なんて、刃は欠けているし歪んでいるしで、使いづらくてしょうがなかった。鍋も鉄製で重たかったし。
 だんだん現実的に考えられるようになってきて、僕はふと天井を見上げた。

「そうだな……とはいえ、やっぱり生活の基盤はこっちにするつもりではいるけれど」

 そう、店を向こうで開くとしても、僕は歌舞伎町店の店長だし、そこから離れるつもりは今のところないのだ。理想を言えば歌舞伎町店の店長をやりながら、チェルパでの店にも顔を出したい。とはいえそんなことをしたら、文字通り休む暇がなさそうだ。
 僕が頭をひねっていると、また何かを思いついたらしいエティがぽんと手を叩く。

「それなら、ほら、系列店のオーナーって手もあるわよ。お店の建物と場所だけマウロが持って、店長は他の人にやってもらうとか。なんて言ったかしら、『ふらんちゃいず』? みたいな」
「あ、なるほど」

 その言葉に、またも気付かされてハッとした表情になる僕だ。
 確かにこの新宿区内でも、店長とは別に店の所有者がいて、その所有者が管理したり店の方向性に意見したりといった話はよく耳にする。
 それをチェルパでもやれば、確かに僕の労力は減らせるだろう。なんならオーナーとして店に時折顔を出すことも出来そうだ。王都の目抜き通り周辺にも飲食店はあるし、営業しておらずテナント募集中の建物もある。不可能ではない。

「オーナーか……いいかもな……」

 オーナー。その魅力的な響きに目を細めながら、僕は将来の展望をどんどん膨らませていくのだった。


~第70話へ~
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

優の異世界ごはん日記

風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。 ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。 未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。 彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。 モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。

異世界で家をつくります~異世界転移したサラリーマン、念動力で街をつくってスローライフ~

ヘッドホン侍
ファンタジー
◆異世界転移したサラリーマンがサンドボックスゲームのような魔法を使って、家をつくったり街をつくったりしながら、マイペースなスローライフを送っていたらいつの間にか世界を救います◆ ーーブラック企業戦士のマコトは気が付くと異世界の森にいた。しかし、使える魔法といえば念動力のような魔法だけ。戦うことにはめっぽう向いてない。なんとか森でサバイバルしているうちに第一異世界人と出会う。それもちょうどモンスターに襲われているときに、女の子に助けられて。普通逆じゃないのー!と凹むマコトであったが、彼は知らない。守るにはめっぽう強い能力であったことを。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています。

異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる

名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し

gari@七柚カリン
ファンタジー
 突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。  知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。  正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。  過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。  一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。  父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!  地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……  ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!  どうする? どうなる? 召喚勇者。  ※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。  

あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~

深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公 じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい …この世界でも生きていける術は用意している 責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう という訳で異世界暮らし始めちゃいます? ※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです ※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

処理中です...