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本編~4ヶ月目~
第72話~来たる日~
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~新宿・歌舞伎町~
~居酒屋「陽羽南」 歌舞伎町店~
その日、西暦2018年10月15日。午後9時半過ぎ。
「やっほーマウロ、お疲れー!」
「あっ、姉貴」
今日も、ジーナがうちの店にやってきた。と思ったら、彼女に手を引かれてカルロッタ、その後ろからフィーナ、アランナもやってきた。ロザリンダは別行動らしい。
そして全員、頬が微妙に赤い。ジーナに至っては耳まで赤い。どう見たって二軒目である。
「やー、凄いこともあるもんだねぇ、まさかこっちで『八枚の翼』と会うなんてさぁ」
「えっ、カマンサック、えっ」
「あー……カルロッタ。ごめんそれ、僕の姉だ」
にこにこしながらべらべら喋るジーナと、ジーナと僕の顔を交互に見て混乱した様子のカルロッタ。どうやらろくに説明もされずに連れてこられたようだ。
この姉は元からこうだ。テンションが上がると周囲を巻き込んで、まるで昔からの友達であるかのようにあちこち連れ回す。飲食業界で働くにはいい性格だが、友達とかそういう付き合いになると、ちょっと面倒くさい。僕も昔から、しょっちゅうその煽りを食らっていた。
困惑するカルロッタに頭を下げて、俺はそばに寄ってきていたエティに彼女らを引き渡す。ちょうど、D卓が空いているタイミングだ。
「エティ、姉貴達をD卓に通して。あとなんか既に飲んでるっぽいからお冷も人数分」
「オーケー」
エティに指示出して、アンバスがさっとお冷とおしぼりを持っていって。そうこうして座る間も、ジーナは随分上機嫌だ。へらへらと笑っている。
「いやはは、ありがと~。いやぁ東口の鳥丸で飲んでたら、ちょうど隣の席に『八枚の翼』の皆がね」
「ああ、それで同郷だということで話が盛り上がって、で、次の店行って改めて飲み直そう、と連れられて……」
「災難だったなお前ら、なんというか……飲むんだろ、何にするんだ」
アンバスがため息を付きながら、カルロッタにおしぼりを差し出した。それを受け取りながら、彼女たちはすぐさま手を挙げる。流石に地球の居酒屋に慣れてきたのか、大体飲むもののジャンルは決まってきたらしい。 ジーナは、言わずもがなだ。
「あ、アンバスくーん私レモンサワー」
「私は……ハイボールにする」
「私は生で」
「私も」
まずジーナ、それからカルロッタ、次にアランナ、フィーナ。受けた注文を伝票に記載しながら、アンバスが声を張った。
「はいよ、生2、ハイボール1、レモンサワー1な。ちょっと待っててくれ。D卓生2ハイボール1レモン1、いただきましたー!」
「ありがとうございまーす!」
厨房から声を返す僕に、後方、厨房奥のフライヤーで作業していたサレオスが振り返ってきた。
「お姉さん、飲んでるみたいです?」
「ああ、うん、そうみたいです。飲んでも五月蝿いだけだから、まぁまだ、いいんですけど」
彼に苦笑を返しながら、生ビールをジョッキに注ぐ僕だ。本当に、酔っ払った身内というのは始末が悪い。
そんな僕の心中を察してか、サレオスがゆらりと尻尾を振りながら言う。
「あんまり酷いようだったら、退店をお願いするのも大事だと思いますよ、マウロさん。いくらお姉さんだと言えども」
「そうだぞマウロ、変に手心を加えるのはいけない」
他方から、ハイボールを作り終えてカウンターに置いたシフェールも口を開いた。
確かに、二人の言う通り。ここで身内だからと容赦してしまったら、彼女のためにならないし、それ以上に店にいる他の客のためにもならない。
迷惑な客は、きっちり退店いただく。それが店を預かるものとしての、最低限のするべきことだ。
「分かってますって。D卓生2ハイボール1レモン1どうぞー!」
「りょうかーい!」
二人に頷きながら、僕はカウンターに注ぎ終えたビールジョッキを置く。ちょうどレモンサワーも出来上がっていた。アンバスが飲み物の載せられたお盆を手にとって、D卓まで持っていく。
と、そのタイミングでエレベーターの扉が開いた。サラリーマン然とした初老の人間男性が、一人で店内に入ってくる。はじめて見る顔だ。ちょうど入口付近に居たパスティータが応対した。
「あ、いらっしゃいませー」
「一名、よろしいですか」
パスティータの顔を見下ろしながら、男性が人差し指を一本立てる。他に連れは居ないらしい。カウンター席はちょうど、端の6番席が空いていた。
「かしこまりました、こちらのお席へどうぞ。6席一名様お越しでーす!」
「いらっしゃいませー!」
店内に響くお迎えの声。それが響く中男性客はカウンターの端に座り、ここからの応対は僕の仕事だ。おしぼりを手渡しながら、にこやかに笑いかける。
「いらっしゃいませ。まずは何にいたしましょうか?」
「では……そうですね。烏龍茶を」
男性の注文に、僕は小さく目を見開く。一杯目からソフトドリンクとは珍しい、このお客も二軒目か、もしくは会合の後などだろうか。
しかし、注文の仕方は人によって色々あるもの。新しい伝票を取り、ペンを走らせながら男性客に問いかける。
「烏龍茶ですね、かしこまりました。他には何か?」
「それでは、そうですね。水餃子とポテトサラダ、チキンボールをお願いします」
その注文を聞いて、またしても目を見開く僕だ。意外とがっつり行く。二軒目というわけでもなさそうで。よく分からないが、注文内容には従わねば。伝票を壁にかけて、僕は声を張った。
「かしこまりました。6席様ウーロン水餃子ポテサラチキンボールいただきましたー!」
「ありがとうございまーす!」
店内に響く他の皆の声。それを聞きながら僕は冷蔵庫から烏龍茶のペットボトルを取り出した。製氷機から氷をグラスに入れて、烏龍茶を注いで男性客に手渡す。
「はい、烏龍茶お待たせしました」
「ありがとうございます……ふぅ」
男性客はふっと笑みを浮かべると、受け取ったグラスにそっと口をつけた。
その笑顔、お茶を飲む仕草。何となくもやもやしていた僕の心が、薄っすらと晴れ始める。目を目一杯細めながら、僕は男性客に声をかけた。
「どういたしまして、ゴフィムさん」
「んっっ」
かけられた声を聞いて、男性客が――ゴフィム・コトナリが小さく咳き込んだ。
やはりだ。
そして僕の発した声を聞き取ったエティとシフェールが、揃って目を見開きながら6番席の男性客に目を向ける。
「えっ、ゴフィムさんいらしていたの? どこ?」
「気付かなかった、いつ入ってこられた?」
二人の声が聞こえ、その二人がカウンターの端に目を向ける頃には、ゴフィムは既に変身を終えていて。いつもの、メガネを掛けた小柄な男性の姿になった彼が、ぽりぽりと頭を掻いた。
「すごいですね、名乗る前から変身を見破られたのは、片手で数えるほども無いんですが」
「いえ、何となく、雰囲気が近かったのでそうかなって思いまして」
お通しの南蛮漬けの小鉢をゴフィムの前に置きながら、小さく笑う僕だ。正直カマをかけたところはあった。うまく引っかかってくれて有り難いと言ったところだ。
僕の笑みを見やりながら、割り箸を割ってゴフィムが口を開く。
「なるほど……いえ、失礼しました。マウロさんはいい『渡り人』になれるかもしれませんね」
「そういうものなんですか?」
その言葉に小さく息を呑んだ僕の前で、ゴフィムは美味しそうに南蛮漬けを食べ始める。前回の来店から概ね一ヶ月。その間に増えたメニュー、変わったメニューはそれなりにある。楽しみだったのだろう。
「大事なことですよ、相手の本質を見抜くということは。居酒屋店員としても重要なスキルでしょう」
「なるほど、確かに……ところで」
彼の言葉に笑い、ポテトサラダを冷蔵庫から取り出して盛り付けながら、僕はそっと声を潜めた。身をそっと乗り出しながら目を細める。
「準備、出来ました?」
僕の言葉に、ゴフィムもにんまりと笑った。そうして小さく、烏龍茶のグラスを掲げる。
「はい。なので今日は、お酒は遠慮させていただきます」
彼の言葉に、一層僕は目を細くする。
いよいよ、世界転移術を会得する準備が、整ったということだ。
ちょうど水餃子を冷蔵庫から取り出すべく、こちらに近づいていたサレオスがきょとんと首を傾げる。
「え、マウロさん、お客さんとなにか約束とかあるんですか?」
「えぇと、まぁ、つまりそうですね。今日の仕事の締めまでは、ちゃんとやりますけれど」
サレオスの可愛らしい顔に苦笑を見せながら、僕が体勢をもとに戻す。と、何かを察したのかそうでないのか、サレオスが胸をどんと叩いた。
「分かりました! お店の掃除とか後片付けは、僕がやっちゃいますんで! 先月みたいに遅くまで居残るのも大丈夫なんで!」
「えっ、いや大丈夫ですよ、流石にこの間みたいな残業は……社長にも怒られるんで……」
彼の発言に、今度は僕が困る番だった。正直、そこまで彼に負担をかけるわけには行かない。前回、僕達がチェルパに一時帰還した時は全員があちらに行ってしまったのでサレオスに留守番させざるを得なかったが、今回はそこまでしなくてもいいのだ。
実際、「タイムカード切った後に四時間以上も店の中にいるなんてよろしくない!」と、社長に怒られたのだ、あの時は。
と、僕達の会話を聞いたゴフィムが、小さく笑いながら頭を振る。
「今回はそこまで気にされなくてもいいですよ。長くかかっても一時間くらいでしょうから」
「そ……そうですか。でっでも、何をしようとしているんですか、マウロさん達?」
その声を聞いて、気勢を削がれたらしいサレオスが、もう一度首を傾げる。
何をしようとしているか。正直、言えない。けれど。
「それは……まぁ」
「無事に戻れてからの、お楽しみ、ですかね」
無事にこちらに帰ってくることができたなら、きっと話せるだろう。
僕はそう思って、ゴフィムと一緒に笑うのだった。
~第73話へ~
~居酒屋「陽羽南」 歌舞伎町店~
その日、西暦2018年10月15日。午後9時半過ぎ。
「やっほーマウロ、お疲れー!」
「あっ、姉貴」
今日も、ジーナがうちの店にやってきた。と思ったら、彼女に手を引かれてカルロッタ、その後ろからフィーナ、アランナもやってきた。ロザリンダは別行動らしい。
そして全員、頬が微妙に赤い。ジーナに至っては耳まで赤い。どう見たって二軒目である。
「やー、凄いこともあるもんだねぇ、まさかこっちで『八枚の翼』と会うなんてさぁ」
「えっ、カマンサック、えっ」
「あー……カルロッタ。ごめんそれ、僕の姉だ」
にこにこしながらべらべら喋るジーナと、ジーナと僕の顔を交互に見て混乱した様子のカルロッタ。どうやらろくに説明もされずに連れてこられたようだ。
この姉は元からこうだ。テンションが上がると周囲を巻き込んで、まるで昔からの友達であるかのようにあちこち連れ回す。飲食業界で働くにはいい性格だが、友達とかそういう付き合いになると、ちょっと面倒くさい。僕も昔から、しょっちゅうその煽りを食らっていた。
困惑するカルロッタに頭を下げて、俺はそばに寄ってきていたエティに彼女らを引き渡す。ちょうど、D卓が空いているタイミングだ。
「エティ、姉貴達をD卓に通して。あとなんか既に飲んでるっぽいからお冷も人数分」
「オーケー」
エティに指示出して、アンバスがさっとお冷とおしぼりを持っていって。そうこうして座る間も、ジーナは随分上機嫌だ。へらへらと笑っている。
「いやはは、ありがと~。いやぁ東口の鳥丸で飲んでたら、ちょうど隣の席に『八枚の翼』の皆がね」
「ああ、それで同郷だということで話が盛り上がって、で、次の店行って改めて飲み直そう、と連れられて……」
「災難だったなお前ら、なんというか……飲むんだろ、何にするんだ」
アンバスがため息を付きながら、カルロッタにおしぼりを差し出した。それを受け取りながら、彼女たちはすぐさま手を挙げる。流石に地球の居酒屋に慣れてきたのか、大体飲むもののジャンルは決まってきたらしい。 ジーナは、言わずもがなだ。
「あ、アンバスくーん私レモンサワー」
「私は……ハイボールにする」
「私は生で」
「私も」
まずジーナ、それからカルロッタ、次にアランナ、フィーナ。受けた注文を伝票に記載しながら、アンバスが声を張った。
「はいよ、生2、ハイボール1、レモンサワー1な。ちょっと待っててくれ。D卓生2ハイボール1レモン1、いただきましたー!」
「ありがとうございまーす!」
厨房から声を返す僕に、後方、厨房奥のフライヤーで作業していたサレオスが振り返ってきた。
「お姉さん、飲んでるみたいです?」
「ああ、うん、そうみたいです。飲んでも五月蝿いだけだから、まぁまだ、いいんですけど」
彼に苦笑を返しながら、生ビールをジョッキに注ぐ僕だ。本当に、酔っ払った身内というのは始末が悪い。
そんな僕の心中を察してか、サレオスがゆらりと尻尾を振りながら言う。
「あんまり酷いようだったら、退店をお願いするのも大事だと思いますよ、マウロさん。いくらお姉さんだと言えども」
「そうだぞマウロ、変に手心を加えるのはいけない」
他方から、ハイボールを作り終えてカウンターに置いたシフェールも口を開いた。
確かに、二人の言う通り。ここで身内だからと容赦してしまったら、彼女のためにならないし、それ以上に店にいる他の客のためにもならない。
迷惑な客は、きっちり退店いただく。それが店を預かるものとしての、最低限のするべきことだ。
「分かってますって。D卓生2ハイボール1レモン1どうぞー!」
「りょうかーい!」
二人に頷きながら、僕はカウンターに注ぎ終えたビールジョッキを置く。ちょうどレモンサワーも出来上がっていた。アンバスが飲み物の載せられたお盆を手にとって、D卓まで持っていく。
と、そのタイミングでエレベーターの扉が開いた。サラリーマン然とした初老の人間男性が、一人で店内に入ってくる。はじめて見る顔だ。ちょうど入口付近に居たパスティータが応対した。
「あ、いらっしゃいませー」
「一名、よろしいですか」
パスティータの顔を見下ろしながら、男性が人差し指を一本立てる。他に連れは居ないらしい。カウンター席はちょうど、端の6番席が空いていた。
「かしこまりました、こちらのお席へどうぞ。6席一名様お越しでーす!」
「いらっしゃいませー!」
店内に響くお迎えの声。それが響く中男性客はカウンターの端に座り、ここからの応対は僕の仕事だ。おしぼりを手渡しながら、にこやかに笑いかける。
「いらっしゃいませ。まずは何にいたしましょうか?」
「では……そうですね。烏龍茶を」
男性の注文に、僕は小さく目を見開く。一杯目からソフトドリンクとは珍しい、このお客も二軒目か、もしくは会合の後などだろうか。
しかし、注文の仕方は人によって色々あるもの。新しい伝票を取り、ペンを走らせながら男性客に問いかける。
「烏龍茶ですね、かしこまりました。他には何か?」
「それでは、そうですね。水餃子とポテトサラダ、チキンボールをお願いします」
その注文を聞いて、またしても目を見開く僕だ。意外とがっつり行く。二軒目というわけでもなさそうで。よく分からないが、注文内容には従わねば。伝票を壁にかけて、僕は声を張った。
「かしこまりました。6席様ウーロン水餃子ポテサラチキンボールいただきましたー!」
「ありがとうございまーす!」
店内に響く他の皆の声。それを聞きながら僕は冷蔵庫から烏龍茶のペットボトルを取り出した。製氷機から氷をグラスに入れて、烏龍茶を注いで男性客に手渡す。
「はい、烏龍茶お待たせしました」
「ありがとうございます……ふぅ」
男性客はふっと笑みを浮かべると、受け取ったグラスにそっと口をつけた。
その笑顔、お茶を飲む仕草。何となくもやもやしていた僕の心が、薄っすらと晴れ始める。目を目一杯細めながら、僕は男性客に声をかけた。
「どういたしまして、ゴフィムさん」
「んっっ」
かけられた声を聞いて、男性客が――ゴフィム・コトナリが小さく咳き込んだ。
やはりだ。
そして僕の発した声を聞き取ったエティとシフェールが、揃って目を見開きながら6番席の男性客に目を向ける。
「えっ、ゴフィムさんいらしていたの? どこ?」
「気付かなかった、いつ入ってこられた?」
二人の声が聞こえ、その二人がカウンターの端に目を向ける頃には、ゴフィムは既に変身を終えていて。いつもの、メガネを掛けた小柄な男性の姿になった彼が、ぽりぽりと頭を掻いた。
「すごいですね、名乗る前から変身を見破られたのは、片手で数えるほども無いんですが」
「いえ、何となく、雰囲気が近かったのでそうかなって思いまして」
お通しの南蛮漬けの小鉢をゴフィムの前に置きながら、小さく笑う僕だ。正直カマをかけたところはあった。うまく引っかかってくれて有り難いと言ったところだ。
僕の笑みを見やりながら、割り箸を割ってゴフィムが口を開く。
「なるほど……いえ、失礼しました。マウロさんはいい『渡り人』になれるかもしれませんね」
「そういうものなんですか?」
その言葉に小さく息を呑んだ僕の前で、ゴフィムは美味しそうに南蛮漬けを食べ始める。前回の来店から概ね一ヶ月。その間に増えたメニュー、変わったメニューはそれなりにある。楽しみだったのだろう。
「大事なことですよ、相手の本質を見抜くということは。居酒屋店員としても重要なスキルでしょう」
「なるほど、確かに……ところで」
彼の言葉に笑い、ポテトサラダを冷蔵庫から取り出して盛り付けながら、僕はそっと声を潜めた。身をそっと乗り出しながら目を細める。
「準備、出来ました?」
僕の言葉に、ゴフィムもにんまりと笑った。そうして小さく、烏龍茶のグラスを掲げる。
「はい。なので今日は、お酒は遠慮させていただきます」
彼の言葉に、一層僕は目を細くする。
いよいよ、世界転移術を会得する準備が、整ったということだ。
ちょうど水餃子を冷蔵庫から取り出すべく、こちらに近づいていたサレオスがきょとんと首を傾げる。
「え、マウロさん、お客さんとなにか約束とかあるんですか?」
「えぇと、まぁ、つまりそうですね。今日の仕事の締めまでは、ちゃんとやりますけれど」
サレオスの可愛らしい顔に苦笑を見せながら、僕が体勢をもとに戻す。と、何かを察したのかそうでないのか、サレオスが胸をどんと叩いた。
「分かりました! お店の掃除とか後片付けは、僕がやっちゃいますんで! 先月みたいに遅くまで居残るのも大丈夫なんで!」
「えっ、いや大丈夫ですよ、流石にこの間みたいな残業は……社長にも怒られるんで……」
彼の発言に、今度は僕が困る番だった。正直、そこまで彼に負担をかけるわけには行かない。前回、僕達がチェルパに一時帰還した時は全員があちらに行ってしまったのでサレオスに留守番させざるを得なかったが、今回はそこまでしなくてもいいのだ。
実際、「タイムカード切った後に四時間以上も店の中にいるなんてよろしくない!」と、社長に怒られたのだ、あの時は。
と、僕達の会話を聞いたゴフィムが、小さく笑いながら頭を振る。
「今回はそこまで気にされなくてもいいですよ。長くかかっても一時間くらいでしょうから」
「そ……そうですか。でっでも、何をしようとしているんですか、マウロさん達?」
その声を聞いて、気勢を削がれたらしいサレオスが、もう一度首を傾げる。
何をしようとしているか。正直、言えない。けれど。
「それは……まぁ」
「無事に戻れてからの、お楽しみ、ですかね」
無事にこちらに帰ってくることができたなら、きっと話せるだろう。
僕はそう思って、ゴフィムと一緒に笑うのだった。
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