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2. 学校編

魔法の使い方

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 山に入ってから2週間2ウアス
 サバイバル生活の折り返し地点も見えてきた時分。僕は洞窟の前で魔法の練習に励んでいた。
 イヴァノエもそうだったが、獣種の魔物は風属性や大地属性の魔法に適性を持つ場合が多い。イヴァノエが狩りの際に見せるあの身軽さも、風属性の魔法で身軽さを上げていたが故のものだそうだ。
 ループの獣人の姿になって、両手をパンと打ち合わせる。そして呪文を一言。

風よ、渦を成せワールウィンド!」

 合わせたその手をゆっくり、ゆっくりと放していくと、掌の間で激しく渦を巻く小型の竜巻・・・・・が生成されていく。
 竜巻は僕の手の中に留まって、その場で周囲の空気を吸い込んでは巻き上げていった。僕の周囲の砂ぼこりが吸い込まれていくのが見える。
 僕は竜巻を右手で緩く掴む・・と、その手を大きく背に振りかぶった。もう片方の手を上空へと伸ばし、その指の先を見るようにする。
 そして数瞬の後。

「はぁっ!」

 右手を上から下に向けて振り抜き、手の最高到達点で掴んだ竜巻を放した。
 はたして僕の手を離れた竜巻はすさまじい速度で前方へと飛んでいき、目標地点の木の根元に激突。そしてその木に向かって、激しい突風が周囲から吹き込んだ。
 吹き荒ぶ風と舞い上がる砂ぼこりに、顔の前に腕をかざす僕。腕を下ろした時には、風の刃でズタズタに切り裂かれた木が、そこにあった。

『おー、使徒サマ、魔法も随分上達して来たじゃねぇの』

 後ろから飛んできた声に振り向くと、イヴァノエが森の中から戻ってきたところだった。口元は血で真っ赤に染まっている。
 僕は手の埃をパンと払って笑みをこぼした。

「まぁね、でもまだまだだ。イヴァノエみたいに効率よくはいかないよ」
『なーに、使徒サマはまだ若いんだからいくらでも伸びるさ。練習あるのみだ。
 おい、アリーチオ・・・・・! さっさと狩った獲物を持ってこい!』

 口角をくいと持ち上げたイヴァノエだったが、すぐさま後ろに頭を向けると厳しい口調で怒鳴った。
 その大きな声に応える声が、森の中から弱弱しく聞こえてくる。

『待ってくださいよアニキ~、このオルゾでっかくて重いんっすよ~』

 そして程なくして、木々の間を抜けてきたそれ・・が洞窟前の広場に姿を現し、ざっと足元の草をその足で踏んだ。
 よろけながら僕とイヴァノエの近くまで来ると、背負っていたオースをどさりと地面に降ろす。
 首をパックリと裂かれているそれは、3メートル1メテロほどもある巨大な赤熊オース・ルージュだ。かなりの体重があったことだろう。

『はー、つっかれた~……お待たせしましたエリクさん、これが今日の獲物っす~』

 その赤熊オース・ルージュの巨体をたった一人で運んできた男は、怪力を有しているとはとても思えない、黒い毛皮に覆われた細腕を首に当てながら、僕に対して頭を下げた。

 この、一見して狼の獣人族アニムスにしか見えない・・・・・・・男性はアリーチオ。イヴァノエの舎弟で、狼人ウルフマンという、れっきとした魔物だ。
 ルピアクロワを作り上げた神々によって最初からそのように形作られた獣人族アニムスと異なり、狼人ウルフマンのような獣人型の魔物は獣がその姿を変じて生まれたものだとされている。
 ようするに、ループから進化した魔物が、狼人ウルフマンなのだ。
 地球では進化論が根付いていたが、こちらの世界では進化するものは一概に魔物とされるらしい。これもまた、魔物を定義する一つの事由なのだとか。
 そうは言っても街や村の中で暮らす狼人ウルフマンもいるし、学習すればルピア語を話せるようになるらしいし、なんなら人間と子供を作ることも出来るそうだから、本人に自覚が無ければ分からなくなりそうだけど。

 アリーチオがその場にバタリと、仰向けになって倒れ込んだ。どうやらこれまでの重労働が相当身体に堪えているらしい。
 呻くように声を発するが、獣種の魔物なので発する言葉はベスティア語だ。

『あ~、もうダメっすアニキ、俺もう動けないっす~』
『んだよ、だらしねぇな畜生め。獲物を前にして寝そべるやつがあるかよ』
『そうは言ったって、俺、獣の解体なんて出来ないっすもん~。600メートル2メテリアもこんなデカいオルゾ背負って運んだんだから、褒めてくれてもいいのに~』

 イヴァノエが冷たい視線を投げるが、アリーチオは仰向けになったまま身じろぎもしない。これは本格的に役に立たないかもしれない。労働量を考えると無理も無いが。
 僕はイヴァノエの肩を軽く叩いて、小さく頭を振った。僕に視線を向けたイヴァノエが大きな溜め息をつく。諦めたらしい彼が僕の方に身体を向けた。

『しゃーない、俺達で解体をしちまうぞ、畜生め。
 使徒サマ、こないだ教えた風の刃ウインドカッターの魔法は出来るようになったか?』
「あ、うん……なんとか」
『うっし、いい進捗具合だ。デカいところは魔法で、細かいところはナイフで、使い分けて解体していくんだぞ』

 イヴァノエの言葉に頷いた僕は、右手をぐっと握りしめた。その手を肩に担ぐようにすると、そこから一直線に、剣を振るようにしてオースの首へと振り下ろす。

風の刃ウインドカッター!」

 呪文と共に、僕の手から鋭い突風がギロチンの刃のように放たれた。風はオースの首をいともたやすく寸断し、オースの向こう側で身を横たえていたアリーチオの耳の先をかすめて消えていく。
 アリーチオが『びぇっ!?』と素っ頓狂な声を上げた。しまった、やりすぎたか。
 僕の隣でオースの胴体を寸断するように、しかし背中の皮までは達しない威力で風の刃ウインドカッターを放っていたイヴァノエが、呆れたように僕を見た。

『使徒サマな、骨を断つために必要な威力が掴み切れていないのは分かるが、加減はしろよ。
 魔法ってのは何も呪文を唱えればそれでいいってもんでもない。威力、射出方向、射出地点、範囲、その他諸々、きっちり頭の中でイメージしなきゃならねぇんだ。畜生め』
「分かった……ごめん、アリーチオ」
『いいいいいえ、エエエエリクさんが、いいいいいや俺の耳が無事なら、そそそそそれででででででで……』

 イヴァノエの指摘に耳と尻尾をしゅんと下げつつ、僕はアリーチオに謝った。
 頭のすぐ上を刃が通っていったことにアリーチオは盛大に震えているが、何とか怪我はせずに済んだらしい。よかった。彼の股間の方に目をやると微妙に湯気が立っていたので、そっちはよくなさそうだけど。
 気を取り直して作業を再開する。イヴァノエが腹を裂いてくれたので、そこから内臓を引きずり出しては腕を振って魔法で寸断していく。
 その様子を見ていたイヴァノエが、興味深げに口を開いた。

『そういえばあれだな、使徒サマはなかなか面白い魔法の使い方をするんだな。こう、腕をブンって振って』
『あ、そうっすよね~。ああいう動きをしなくても魔法は使えるのに、なんか意味とかあるんっすか?』
「え? これ?」

 二人の言葉に僕は腕を振るうのを止めた。そういえば確かに、なんでわざわざ腕を振って魔法を使っているのだろう、僕は。
 思い当たる節は前世の、地球での記憶にあった。僕の魔法を使う時の動きはどれも、僕―つまり高村たかむら 英助えいすけ―が地球で慣れ親しんでいたテニスの動き・・・・・・なのだ。
 サーブを打つときの動き、ショットやスマッシュを打つときの動き、それをなぞることで魔法を放つイメージが掴みやすいため、行っていたと考えられる。実際、何も動きを付けない時よりも精度や威力は格段に上がっていた。

 テニス部として練習していたことが思わぬところで役に立って、僕自身びっくりしている。が。
 それはそれとして、これをイヴァノエとアリーチオにどう説明しよう。
 作業の手を止めて、しばらく考え込んだ僕が出した結論は。

「まぁ、何となく、かな……?」

 言葉を濁すという逃げの手法だった。
 質問をかわされた二人は何とも納得していない、しかし追求しようという気持ちも無い、そんな表情をしている。僕はホッとしながらオースの解体作業を再開した。
 実際、別の世界から転生してきたことを、他人に話す必要性は殆ど無い。話したところで信じてもらえるかが分からないし、そもそも信じてもらうメリットが今のところ無いし。
 だから僕は極力、自分が地球から転生してきたことは話さないようにしていた。たまに向こうの知識や経験が出てきてしまうことはあるけれど、それらも出さないよう意識しないとならない。

 やがてオースを解体し終えて、肉と脂と皮とに分け終わったところで、ウサギラパンたちが洞窟から出てきて近寄ってきた。

『エリク兄、お仕事終わったー?』
『遊ぼうー』
「ありがとう、もうすぐ終わるけれどもうちょっとだけかかるんだ。ごめんね」

 近寄って来たピーノとカストの頭をしゃがんで撫でる僕。それを横目で眺めつつイヴァノエが切り分けられたオースの肉を背負った。

『まぁ、皮を洗うのだけ先にやればいいだろ。肉を干すのは俺とアリーチオでやっとくから、使徒サマは早くそいつらと遊んでやれ』
『えっ、アニキ、俺もピーノ達と遊びたい……』
『あぁん??』

 身を起こしたアリーチオに突き刺さる、イヴァノエの針のような鋭い視線。それに怯えながら慌てて立ち上がるアリーチオを目にしたウサギラパン達が笑っていた。
 この2週間2ウアスの間に、ウサギラパン達もイヴァノエやアリーチオに随分慣れてきていた。最初は怖がってなかなか近づかなかったものの、今では体格差も気にせず傍に寄るくらいまでになっている。

「(このまま、何事もなく課外実習が終わってくれればいいな……)」

 熊の皮を運びながら目を細める僕であった。
 が、その考えが何とも甘かったことを思い知らされる時が、すぐそこに迫っていることを、僕はまだ知らなかったのである。


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