24 / 72
第2章 冒険と昇進
第23話 着ぐるみ士、本契約する
しおりを挟む
俺がアンブロースの身体から流れる血を、しきりにぺろぺろと舐め取っていると。
ざ、と土を踏む音がいくつもした。同時に、俺へと呼びかける声がある。
「ジュリオ……?」
「ジュリオさん……」
「あ……」
声のした方にいたのは、リーアとジャコモ、ルドヴィカにフランコにジョズエに……以下、本作戦に参加した冒険者の面々だ。
いずれも、アンブロースとの会敵位置から大きく距離を取っていたから、怪我をした様子はない。多少、舞い上がった土を被ったにおいがするけれど。
「リーア、ジャコモさん……それに、皆も」
「まさか……ジュリオ君か?」
顔を上げ、彼女らの方に顔を向けて呼びかけると、ルドヴィカが信じられないと言わんばかりの表情でこちらに声をかけてきた。
その後ろではフランコとジョズエが、驚愕と恐怖が入り混じった目つきをして、言葉を零している。
「フェンリルだ……」
「嘘だろ……これがジュリオなのか……?」
二人はすっかり恐れおののいている。彼らの後ろにいる冒険者たちも同様だ。むしろ、驚きながらも恐れていないルドヴィカの胆力が、凄いのかもしれない。
その反応に少しだけ寂しいものを感じながら、俺は彼らの方に歩み寄って、頭を垂れつつ口を開いた。
「ん、と、その、信じられないかもしれないけれど……事実だ。俺はもう、人間じゃない」
もう人間ではない。ウルフで、フェンリル。こうなった以上、俺は俺自身を、そう説明するしかない。
俺の発した言葉に、冒険者たちが揃って息を呑んだ。喉の奥から引き攣ったような音も聞こえる。
その反応に、目をぱちくりさせる俺だ。ここまで驚かれると、逆に困る。
「……え、えーと」
「ねージュリオ」
と、困惑混じりに言葉を重ねようとしたところで、リーアが俺の言葉を遮った。
軽い足取りで前に出て、俺の首筋を優しく撫でながら、それを告げる。
「多分、皆、ジュリオが何言ってるか分からないと思うよ?」
「へ?」
その言葉に、俺は改めて目を見開いた。
俺は普段通りに話していたつもりなのに、通じていないとは、どういうことだろう。
疑問符が頭を埋め尽くす俺に、ジャコモがゆるゆると頭を振りながら口を開いた。
「魔狼転身のデメリットの一つだよ。ジュリオさんは今、魔獣語で話している……しばらくは、人間語は話せない」
「え……じゃ、皆とどうコミュニケーション取ればいいんですか」
その言葉に、俺はハッとした。
よくよく考えれば、ウルフである以上、魔獣語が第一言語になるのは当然だ。ジャコモやアンブロースが魔獣の姿のままで、平気な顔して人間語を操っているから、あまり意識していなかったけれど。
しかし、だとすると他の冒険者、ひいてはギルド職員と話をするのがとても不便だ。魔獣語のスキルを保有している人間が、そんなたくさんいるとも思えない。
ジャコモも苦笑交じりに、俺へと言葉をかけた。
「その間は、人間語と魔獣語が両方話せるリーアに、間に入ってもらうしかないな。魔狼形態は俺達ウルフの魔獣的な側面を、より一層強めた状態だ。仕方がない」
「そんな……」
ジャコモの容赦ない言葉に、俺は耳と尻尾をしゅんと下げた。
ウルフになって人間に戻れない、くらいのデメリットは予想していたけれど、人間語が喋れなくなるとは予想外だ。リーアが通訳してくれるのは助かるが、彼女の負担が増えるのは申し訳ない。
うなだれる俺に、ルドヴィカが恐る恐る声をかけてくる。
「ジュリオ君、その……我々の話していることは、理解できるのか?」
「ああ……それは大丈夫だ」
彼女の言葉に、僅かに頭を上下させつつ肯定を返す。言葉として伝わっていなくても、自分の意思表示はちゃんとしておきたい。
俺の言葉を聞き取ったリーアが、尻尾を振りながらにっこり笑う。
「うん、人間語を聞き取って理解することは、ちゃんと出来るって。皆は普通に話していいよ」
その言葉に、ほっと安堵の息を吐き出すルドヴィカだが、未だに目の前の現象が信じきれないでいるらしい。ジャコモに視線を向けながら、額を押さえた。
「ジャコモ、彼に……一体何が起こったというのだ。強烈な魔力が膨れ上がったと思ったら、森が……こんなことに……」
そう言いながら彼女が目を向けるのは、数十分前まで木々が生い茂っていたこの森だ。いや、もう森とは呼べないだろう、領域の半分以上、中央部分からすっかり木々が無くなり、地面が焼け焦げて荒れ果てた状態なのだから。
その悲惨な状況と、その中で未だ倒れ伏したままのアンブロースを見やりながら、ジャコモが答える。
「ジュリオさんは、フェンリルとしての能力を全て解放したんだ。今まではヒトの肉体という枷に縛られていたけど、肉体をウルフ……フェンリルに変化させることでそれを解き放ったってわけだ。さっきの魔力の爆発も、最大限の能力を発揮したジュリオさんと、アンブロースの激突で起こったものだ」
そう話しながら、ジャコモが俺の方に歩み寄ってくる。俺の毛皮に顔をすり寄せ、顔をひと舐め。くすぐったいが、悪い気はしない。
気持ちよくてふさふさと尻尾を揺らす俺に、モレノが不安そうな声を発した。
「か、彼は……も、元に、戻れるのかい?」
「そ、そうですよジャコモさん、このままじゃ、町にも入れない」
その隣でロージーも、心配を露わにしながら口を開いた。
確かに、二人の言うとおりだ。このままずっとウルフのまま、となったりしたら、冒険者としての活動にいろいろと支障をきたす。そもそもの話、今回の依頼の報告のためにギルドに行くことすらできない。
というかまず、俺の服やベルトは大丈夫だろうか、せっかく手に入れたディアマンタイト製の冒険者タグを、紛失していたら悲しすぎる。
彼らの言葉を聞いたジャコモが、またも口角を持ち上げながら口を開く。
「解放した力が落ち着きを取り戻したら、大丈夫だよ。二日くらいはかかるけどな。それに、人化転身はこの状態でも使えるから、ヒト程度の肉体にはなれる……そこにも、一つデメリットはあるけれど」
「あ、そうか……と、とにかくこのままじゃ色々まずい。人化転身!」
彼の発した言葉にハッとした俺は、すぐに人化転身を発動させた。
元々人間寄りの身体をしていた俺が、人間寄りの身体になる人化転身を使うというのも変な話だが、今の俺のことを考えると仕方がない。なにせフェンリルなのだから。
スキルの発動によって、俺の身体の骨格と構造が組み変わる。人間の時と同じ高さに目線が下がり、二本足で地面を踏む感覚を取り戻した――のだが。
「……えっ」
「なっ……!」
困惑の声があちこちから上がる。同時に俺も魔獣語で素っ頓狂な声を上げた。
何しろ、視界の下側に狼の口吻がまだあるのだ。鼻も黒く光っている。視線を下に落とせば、首元も足も茶色のもふもふした獣毛に覆われていた。
リーアが、頬を両手で挟みながら嬉しそうな声を上げる。
「うわー、ジュリオ、すっごくもっふもふ!」
「獣人じゃないですか、この身体!?」
そう、俺は人間にも、ましてや狼人にすらも戻れなかった。
獣人、獣の頭部と全身に生える獣毛、尻尾を持つ、魔獣種のモンスターになっていたのだ。
服はどういう仕組みか、ちゃんと身につけている。ベルトを確認したらタグも見つかった。魔法的に分解され、再構成されたのかもしれない。
俺が自分の服がちゃんとあることを確認していると、ざ、と背後で土を踏む音がした。
「……それが、魔狼転身のもう一つのデメリットだ、盟友よ」
そこには、見上げるほどに大きな体格のサンダービーストが立っていた。アンブロースだ。
「アンブロース……もう、起き上がって大丈夫なのか?」
「問題ない。この程度、自然回復で何とでもなる」
もう起き上がれるまでになったことに俺が驚愕すると、アンブロースは自分の身体についた傷をぺろりと舐めた。
全身に刻まれた切り傷は、そのほとんどが既に塞がっている。血が流れて、足元がふらついている様子もない。恐るべき回復力だ。
その彼が、右目に刻まれた三本の切り傷に加え、口吻に一文字に傷が走る顔を、俺にそっと寄せてくる。
「貴様は先程、ヒトの器を捨て去り完全なウルフとなった。その解放した力が再びヒトの殻の大きさに収まるまでは、ヒトの姿に戻ることは叶わない……人化転身を経て形をヒトのそれに変えようとも、獣人が限度というわけだ」
そう話しながら、彼の舌がちろりと俺の鼻を舐めた。その舌先には先程までの荒々しい感情ではない、尊敬と親愛が感じられる。
そうして、俺の目をまっすぐに見つめながら、彼は言った。
「盟友よ。私は先程の貴様との本気の激突で知った。貴様がどれほどヒトとして優しく、魔物として思慮深いのか。それでこそ、我が盟友に相応しい」
「え……それじゃ」
発せられたその言葉に、俺は目を見張る。
確かに俺達は、彼と従魔契約を結ぶべくこの森にやって来たけれど、まだその話は出していないはずだ。そんなまさか。
驚愕する俺へと、アンブロースがこくりとうなずいた。
「私は貴様の傘下に下ろう。契約が必要なら結ぶがいい。従ってやる」
「な……」
彼が発したその言葉に、冒険者たちが大きくどよめいた。ルドヴィカなどは信じられないものを次々見せられ、あごが外れそうになっている。
ちらりと後方に視線を向けて、俺は自ら申し出てきた彼へと言葉をかける。
「いいんだな」
「無論。貴様となら、いい旅が出来そうだ」
俺の言葉に、もう一度うなずくアンブロース。意志は固いようだ。
ならば、拒否する理由はない。俺は彼の喉元に、毛むくじゃらな手のひらを向ける。
「主たる我、汝と永久の契約をここに結ぶ……我が命尽きるその時まで、我は汝の友、汝は我の友……いざや我ら、共に遥かなる旅路を歩まん!!」
従魔契約、本契約の詠唱文句が発せられ、アンブロースの首に俺の手から伸びた魔力が巻き付く。
そして彼の山吹色の毛が生えた首に、従魔を示す契約印が刻まれていた。
「……ふむ、従魔になるとは、こういう感覚なのか。得難いものだ」
「ああ……これからよろしくな、アンブロース」
自分の首を爪先で軽く触るアンブロースに、俺はそっと手を添える。
そうして優しく彼の毛皮を撫でる俺の背中に、冒険者たちの驚愕する声が飛んだ。
「嘘だろ……」
「『雷獣王』アンブロースが、冒険者と従魔契約を結ぶだなんて……」
神獣が。『雷獣王』が。
同じ神獣であるとはいえ、冒険者と従魔契約した。
とてつもないことだ。どんな冒険者も、羨望するより恐怖するだろう。
ざわつき始める冒険者の中で、ルドヴィカは腕組みをしながら、うっすらと笑っていた。
「ふっ……やはり、規格外なのだな、彼は」
ざ、と土を踏む音がいくつもした。同時に、俺へと呼びかける声がある。
「ジュリオ……?」
「ジュリオさん……」
「あ……」
声のした方にいたのは、リーアとジャコモ、ルドヴィカにフランコにジョズエに……以下、本作戦に参加した冒険者の面々だ。
いずれも、アンブロースとの会敵位置から大きく距離を取っていたから、怪我をした様子はない。多少、舞い上がった土を被ったにおいがするけれど。
「リーア、ジャコモさん……それに、皆も」
「まさか……ジュリオ君か?」
顔を上げ、彼女らの方に顔を向けて呼びかけると、ルドヴィカが信じられないと言わんばかりの表情でこちらに声をかけてきた。
その後ろではフランコとジョズエが、驚愕と恐怖が入り混じった目つきをして、言葉を零している。
「フェンリルだ……」
「嘘だろ……これがジュリオなのか……?」
二人はすっかり恐れおののいている。彼らの後ろにいる冒険者たちも同様だ。むしろ、驚きながらも恐れていないルドヴィカの胆力が、凄いのかもしれない。
その反応に少しだけ寂しいものを感じながら、俺は彼らの方に歩み寄って、頭を垂れつつ口を開いた。
「ん、と、その、信じられないかもしれないけれど……事実だ。俺はもう、人間じゃない」
もう人間ではない。ウルフで、フェンリル。こうなった以上、俺は俺自身を、そう説明するしかない。
俺の発した言葉に、冒険者たちが揃って息を呑んだ。喉の奥から引き攣ったような音も聞こえる。
その反応に、目をぱちくりさせる俺だ。ここまで驚かれると、逆に困る。
「……え、えーと」
「ねージュリオ」
と、困惑混じりに言葉を重ねようとしたところで、リーアが俺の言葉を遮った。
軽い足取りで前に出て、俺の首筋を優しく撫でながら、それを告げる。
「多分、皆、ジュリオが何言ってるか分からないと思うよ?」
「へ?」
その言葉に、俺は改めて目を見開いた。
俺は普段通りに話していたつもりなのに、通じていないとは、どういうことだろう。
疑問符が頭を埋め尽くす俺に、ジャコモがゆるゆると頭を振りながら口を開いた。
「魔狼転身のデメリットの一つだよ。ジュリオさんは今、魔獣語で話している……しばらくは、人間語は話せない」
「え……じゃ、皆とどうコミュニケーション取ればいいんですか」
その言葉に、俺はハッとした。
よくよく考えれば、ウルフである以上、魔獣語が第一言語になるのは当然だ。ジャコモやアンブロースが魔獣の姿のままで、平気な顔して人間語を操っているから、あまり意識していなかったけれど。
しかし、だとすると他の冒険者、ひいてはギルド職員と話をするのがとても不便だ。魔獣語のスキルを保有している人間が、そんなたくさんいるとも思えない。
ジャコモも苦笑交じりに、俺へと言葉をかけた。
「その間は、人間語と魔獣語が両方話せるリーアに、間に入ってもらうしかないな。魔狼形態は俺達ウルフの魔獣的な側面を、より一層強めた状態だ。仕方がない」
「そんな……」
ジャコモの容赦ない言葉に、俺は耳と尻尾をしゅんと下げた。
ウルフになって人間に戻れない、くらいのデメリットは予想していたけれど、人間語が喋れなくなるとは予想外だ。リーアが通訳してくれるのは助かるが、彼女の負担が増えるのは申し訳ない。
うなだれる俺に、ルドヴィカが恐る恐る声をかけてくる。
「ジュリオ君、その……我々の話していることは、理解できるのか?」
「ああ……それは大丈夫だ」
彼女の言葉に、僅かに頭を上下させつつ肯定を返す。言葉として伝わっていなくても、自分の意思表示はちゃんとしておきたい。
俺の言葉を聞き取ったリーアが、尻尾を振りながらにっこり笑う。
「うん、人間語を聞き取って理解することは、ちゃんと出来るって。皆は普通に話していいよ」
その言葉に、ほっと安堵の息を吐き出すルドヴィカだが、未だに目の前の現象が信じきれないでいるらしい。ジャコモに視線を向けながら、額を押さえた。
「ジャコモ、彼に……一体何が起こったというのだ。強烈な魔力が膨れ上がったと思ったら、森が……こんなことに……」
そう言いながら彼女が目を向けるのは、数十分前まで木々が生い茂っていたこの森だ。いや、もう森とは呼べないだろう、領域の半分以上、中央部分からすっかり木々が無くなり、地面が焼け焦げて荒れ果てた状態なのだから。
その悲惨な状況と、その中で未だ倒れ伏したままのアンブロースを見やりながら、ジャコモが答える。
「ジュリオさんは、フェンリルとしての能力を全て解放したんだ。今まではヒトの肉体という枷に縛られていたけど、肉体をウルフ……フェンリルに変化させることでそれを解き放ったってわけだ。さっきの魔力の爆発も、最大限の能力を発揮したジュリオさんと、アンブロースの激突で起こったものだ」
そう話しながら、ジャコモが俺の方に歩み寄ってくる。俺の毛皮に顔をすり寄せ、顔をひと舐め。くすぐったいが、悪い気はしない。
気持ちよくてふさふさと尻尾を揺らす俺に、モレノが不安そうな声を発した。
「か、彼は……も、元に、戻れるのかい?」
「そ、そうですよジャコモさん、このままじゃ、町にも入れない」
その隣でロージーも、心配を露わにしながら口を開いた。
確かに、二人の言うとおりだ。このままずっとウルフのまま、となったりしたら、冒険者としての活動にいろいろと支障をきたす。そもそもの話、今回の依頼の報告のためにギルドに行くことすらできない。
というかまず、俺の服やベルトは大丈夫だろうか、せっかく手に入れたディアマンタイト製の冒険者タグを、紛失していたら悲しすぎる。
彼らの言葉を聞いたジャコモが、またも口角を持ち上げながら口を開く。
「解放した力が落ち着きを取り戻したら、大丈夫だよ。二日くらいはかかるけどな。それに、人化転身はこの状態でも使えるから、ヒト程度の肉体にはなれる……そこにも、一つデメリットはあるけれど」
「あ、そうか……と、とにかくこのままじゃ色々まずい。人化転身!」
彼の発した言葉にハッとした俺は、すぐに人化転身を発動させた。
元々人間寄りの身体をしていた俺が、人間寄りの身体になる人化転身を使うというのも変な話だが、今の俺のことを考えると仕方がない。なにせフェンリルなのだから。
スキルの発動によって、俺の身体の骨格と構造が組み変わる。人間の時と同じ高さに目線が下がり、二本足で地面を踏む感覚を取り戻した――のだが。
「……えっ」
「なっ……!」
困惑の声があちこちから上がる。同時に俺も魔獣語で素っ頓狂な声を上げた。
何しろ、視界の下側に狼の口吻がまだあるのだ。鼻も黒く光っている。視線を下に落とせば、首元も足も茶色のもふもふした獣毛に覆われていた。
リーアが、頬を両手で挟みながら嬉しそうな声を上げる。
「うわー、ジュリオ、すっごくもっふもふ!」
「獣人じゃないですか、この身体!?」
そう、俺は人間にも、ましてや狼人にすらも戻れなかった。
獣人、獣の頭部と全身に生える獣毛、尻尾を持つ、魔獣種のモンスターになっていたのだ。
服はどういう仕組みか、ちゃんと身につけている。ベルトを確認したらタグも見つかった。魔法的に分解され、再構成されたのかもしれない。
俺が自分の服がちゃんとあることを確認していると、ざ、と背後で土を踏む音がした。
「……それが、魔狼転身のもう一つのデメリットだ、盟友よ」
そこには、見上げるほどに大きな体格のサンダービーストが立っていた。アンブロースだ。
「アンブロース……もう、起き上がって大丈夫なのか?」
「問題ない。この程度、自然回復で何とでもなる」
もう起き上がれるまでになったことに俺が驚愕すると、アンブロースは自分の身体についた傷をぺろりと舐めた。
全身に刻まれた切り傷は、そのほとんどが既に塞がっている。血が流れて、足元がふらついている様子もない。恐るべき回復力だ。
その彼が、右目に刻まれた三本の切り傷に加え、口吻に一文字に傷が走る顔を、俺にそっと寄せてくる。
「貴様は先程、ヒトの器を捨て去り完全なウルフとなった。その解放した力が再びヒトの殻の大きさに収まるまでは、ヒトの姿に戻ることは叶わない……人化転身を経て形をヒトのそれに変えようとも、獣人が限度というわけだ」
そう話しながら、彼の舌がちろりと俺の鼻を舐めた。その舌先には先程までの荒々しい感情ではない、尊敬と親愛が感じられる。
そうして、俺の目をまっすぐに見つめながら、彼は言った。
「盟友よ。私は先程の貴様との本気の激突で知った。貴様がどれほどヒトとして優しく、魔物として思慮深いのか。それでこそ、我が盟友に相応しい」
「え……それじゃ」
発せられたその言葉に、俺は目を見張る。
確かに俺達は、彼と従魔契約を結ぶべくこの森にやって来たけれど、まだその話は出していないはずだ。そんなまさか。
驚愕する俺へと、アンブロースがこくりとうなずいた。
「私は貴様の傘下に下ろう。契約が必要なら結ぶがいい。従ってやる」
「な……」
彼が発したその言葉に、冒険者たちが大きくどよめいた。ルドヴィカなどは信じられないものを次々見せられ、あごが外れそうになっている。
ちらりと後方に視線を向けて、俺は自ら申し出てきた彼へと言葉をかける。
「いいんだな」
「無論。貴様となら、いい旅が出来そうだ」
俺の言葉に、もう一度うなずくアンブロース。意志は固いようだ。
ならば、拒否する理由はない。俺は彼の喉元に、毛むくじゃらな手のひらを向ける。
「主たる我、汝と永久の契約をここに結ぶ……我が命尽きるその時まで、我は汝の友、汝は我の友……いざや我ら、共に遥かなる旅路を歩まん!!」
従魔契約、本契約の詠唱文句が発せられ、アンブロースの首に俺の手から伸びた魔力が巻き付く。
そして彼の山吹色の毛が生えた首に、従魔を示す契約印が刻まれていた。
「……ふむ、従魔になるとは、こういう感覚なのか。得難いものだ」
「ああ……これからよろしくな、アンブロース」
自分の首を爪先で軽く触るアンブロースに、俺はそっと手を添える。
そうして優しく彼の毛皮を撫でる俺の背中に、冒険者たちの驚愕する声が飛んだ。
「嘘だろ……」
「『雷獣王』アンブロースが、冒険者と従魔契約を結ぶだなんて……」
神獣が。『雷獣王』が。
同じ神獣であるとはいえ、冒険者と従魔契約した。
とてつもないことだ。どんな冒険者も、羨望するより恐怖するだろう。
ざわつき始める冒険者の中で、ルドヴィカは腕組みをしながら、うっすらと笑っていた。
「ふっ……やはり、規格外なのだな、彼は」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】魔物をテイムしたので忌み子と呼ばれ一族から追放された最弱テイマー~今頃、お前の力が必要だと言われても魔王の息子になったのでもう遅い~
柊彼方
ファンタジー
「一族から出ていけ!」「お前は忌み子だ! 俺たちの子じゃない!」
テイマーのエリート一族に生まれた俺は一族の中で最弱だった。
この一族は十二歳になると獣と契約を交わさないといけない。
誰にも期待されていなかった俺は自分で獣を見つけて契約を交わすことに成功した。
しかし、一族のみんなに見せるとそれは『獣』ではなく『魔物』だった。
その瞬間俺は全ての関係を失い、一族、そして村から追放され、野原に捨てられてしまう。
だが、急な展開過ぎて追いつけなくなった俺は最初は夢だと思って行動することに。
「やっと来たか勇者! …………ん、子供?」
「貴方がマオウさんですね! これからお世話になります!」
これは魔物、魔族、そして魔王と一緒に暮らし、いずれ世界最強のテイマー、冒険者として名をとどろかせる俺の物語
2月28日HOTランキング9位!
3月1日HOTランキング6位!
本当にありがとうございます!
親友と婚約者に裏切られ仕事も家も失い自暴自棄になって放置されたダンジョンで暮らしてみたら可愛らしいモンスターと快適な暮らしが待ってました
空地大乃
ファンタジー
ダンジョンが日常に溶け込んだ世界――。
平凡な会社員の風間は、身に覚えのない情報流出の責任を押しつけられ、会社をクビにされてしまう。さらに、親友だと思っていた男に婚約者を奪われ、婚約も破棄。すべてが嫌になった風間は自暴自棄のまま山へ向かい、そこで人々に見捨てられた“放置ダンジョン”を見つける。
どこか自分と重なるものを感じた風間は、そのダンジョンに住み着くことを決意。ところが奥には、愛らしいモンスターたちがひっそり暮らしていた――。思いがけず彼らに懐かれた風間は、さまざまなモンスターと共にダンジョンでのスローライフを満喫していくことになる。
辻ヒーラー、謎のもふもふを拾う。社畜俺、ダンジョンから出てきたソレに懐かれたので配信をはじめます。
月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
ブラック企業で働く社畜の辻風ハヤテは、ある日超人気ダンジョン配信者のひかるんがイレギュラーモンスターに襲われているところに遭遇する。
ひかるんに辻ヒールをして助けたハヤテは、偶然にもひかるんの配信に顔が映り込んでしまう。
ひかるんを助けた英雄であるハヤテは、辻ヒールのおじさんとして有名になってしまう。
ダンジョンから帰宅したハヤテは、後ろから謎のもふもふがついてきていることに気づく。
なんと、謎のもふもふの正体はダンジョンから出てきたモンスターだった。
もふもふは怪我をしていて、ハヤテに助けを求めてきた。
もふもふの怪我を治すと、懐いてきたので飼うことに。
モンスターをペットにしている動画を配信するハヤテ。
なんとペット動画に自分の顔が映り込んでしまう。
顔バレしたことで、世間に辻ヒールのおじさんだとバレてしまい……。
辻ヒールのおじさんがペット動画を出しているということで、またたくまに動画はバズっていくのだった。
他のサイトにも掲載
なろう日間1位
カクヨムブクマ7000
【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立
黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」
「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」
ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。
しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。
「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。
だが、彼らは知らなかった。
ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを!
伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。
これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜
双葉 鳴
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」
授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。
途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。
ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。
駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。
しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。
毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。
翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。
使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった!
一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。
その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。
この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。
次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。
悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。
ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった!
<第一部:疫病編>
一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24
二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29
三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31
四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4
五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8
六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11
七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流@3/19書籍発売!
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる