夫に離縁が切り出せません

えんどう

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 馬車を降りたカレンはほんの少し急いで下町にある少し古びたアパートの屋根の下へと駆け込んだ。
 そもそもどうしてこんなに天気の悪い日に一人でアレクの住んでいたアパートに来たのか。それは我が儘な彼がどうしても自分の部屋に置いたままの茶葉を取ってきて欲しい、ついでに引き出しにある各国の絵葉書もゼノに見せてやりたいから持ってきてくれた頼まれてしまったからだ。
 茶葉なんてそんなにこだわるものでもないだろうと思ったが紅茶にうるさい彼はどうしても異国から仕入れてきたそれが飲みたくて堪らないのだとしつこかった。それにゼノのためを思って言ってくれたそれを拒否するのも憚られたし、なんならキラキラとした目でこちらを見上げてお願いしてくる息子を跳ね除けることも出来なかった。
 使用人の誰かにお願いしようかとも思ったが彼の望みのものを持ってくるにはこの部屋はあまりにも散らかりすぎだ。それにあまり知らない者に踏み込まれることを嫌うアレクのことを考えてもカレンが行くことは決まっていたことのようなものだった。
 一応シークが共に行こうかと尋ねてくれたが、彼が仕事に行っている間に済ませてしまうからと断った。
「…私が来て正解ね…」
 もとより物の多いこの部屋は誰が入ったのか、棚にしまってあったものまで全てひっくり返され床に落ちていた。恐らくおじ様の手の者の仕業だろうと思うが考えたところで仕方ない。
 奇妙な置物も、訳の分からない文字で書かれた本も、私にとってはガラクタに見える物たちでも、全てアレクが集めた、彼にとってはなによりも大切な宝物だ。それを土足で踏み荒らしたことに怒りが湧かないはずがなかった。
 すっかり割れてしまったものたちに気を付けながら、ひとまずは窓を開けて埃が立たぬように慎重に歩く。
 これはまた掃除が大変そうだが今日は無理だろうと諦める。
「ええっと、茶葉の缶と、机の引き出しの絵葉書…」
 屋根のおかげで辛うじて雨水が部屋に入ってくることはないが本も多い部屋だし湿気が篭る前にさっさと閉めてしまう方が良いだろう。空気が入れ替わるのを待つ間に頼まれたものを探そうと、床に落ちた本を綺麗に壁際へ積み重ねながらキッチンに立つ。
 やはりというか食器棚も全て荒らされていて、カラトリーは全て床に転がっている。これも彼が旅の帰りに気に入って買ってきたものでカレン自身も気に入っていたものなのに。
 そんな不満を思いながら棚の前の床を確認していけば聞いていた通りの明るい緑色のパッケージの缶が転がっていた。
「これね。あぁもう、埃かぶってるじゃない…」
 持ってきていたハンカチでサッと払ってから持ってきていた袋の中へと突っ込む。
「えっと、それから…」
 絵葉書は彼が趣味で集めているものだ。私に送られたもの以外にもたくさんの景色の葉書をコレクションしていたのを何度か目にしたことがある。
 くるりと振り返りまた引き出しの前まで道を作るべく床に落ちた本や服を退かせた、その時だ。
(──誰!?)
 ギィッとこの家独特の年季の入った玄関の扉の開く音に思わず身構えてしまった。鍵は私かアレクしか持っていないし、アレクは今は屋敷に居るはずだ。
 廊下の床板の軋む音がゆっくり近付いてくるのに私は思わず床に落ちていたガラス瓶の割れて鋭利になった方を部屋の扉の方へと持って構える。
 やがて中途半端に扉の向こうから現れたその男の姿に、カレンはふっと手の力が抜けてその瓶を落としてしまった。
 ガシャンッと割れる音が響くなり男は肩をビクッと震わせた。
「うわっ、なんだ……!?」
 こちらを向いたその男と視線がバチリと交わる。
 驚いた顔をしたその男は、他でもなく、もう一人の幼馴染で。
「…ステュー…」
 呟いた私に彼は息を飲んだ。記憶にあるよりもずっと大人びた彼の顔を見て、最後に自分の言った言葉が脳裏に浮かぶ。


「貴方が好きな私は、貴方のことが死ぬほど嫌いよ。だから二度と顔も見たくないという好きな人わたしの願いくらい、叶えてくれるわよね?」


(あぁ、そうなの、あなたは)
 本当に私の言った通り、ずっと私の前に顔を見せることがなかったのね。私が本心で願った通りに。

 窓の外から聞こえる雨の音が、聞こえるはずなのに、何故だか部屋の中は恐ろしいほどに無音だった。

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