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19.決定事項らしい

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 異種族文化というものに馴染める日が、果たして僕に来るのだろうか。
 そんな不安を目一杯覚えている僕は、束の間の天然露天風呂温泉を夕暮れまで楽しんだ後、あっという間にザルツヴェストの魔王城に帰還していた。

 もうさ、転移魔法を気軽にホイホイホイホイ使われるから、距離感が絶対おかしくなっているとは思うのだけど、明らかにこの世界の人間が一日で移動していい距離ではないと思う。

 だからこそ相変わらずどこか現実感が湧かないまま眠気に抗いながらも、きれいさっぱりした体で黙々と寝巻に腕を通している。
 今もせっせと着替えを手伝ってくれるウーギは、当たり前のように僕と魔王を出迎えてくれたから、きっとサリオンたちもあっけなく帰国しているに違いない。

 本当にお騒がせだけしてすみませんでした、と今日会ったばかりの帝国の主、それも一応は人当たりの良さそうなお爺様へ胸の中だけでもそっと謝罪しておくべきだろうか。

「ふっふふふ~。今宵の女王様はご機嫌であらせられますね!魔王様との野外での湯浴みをお楽しみになられたようで、ウーギも嬉しいッスよ」

 夜もだいぶ更けている寝室で、いまだ明るく溌溂とした兎魔族の声は少し頭に響くけれど、それでも聞き逃せない言葉に僕は思わず反論した。

「これご機嫌違う、眠いだけだから……ちょっとぽやーっとしている自覚はあるけど、これ酔っぱらってるだけで、あと、たぶん湯あたりしてしんどいらけらからー」

「はい承知ッス!初めての遠出に、フェルシオラの皇帝に拝謁までさせてやったのです。さぞお疲れでしょう?もうじき魔王様もお戻りになるッスから、ゆっくりお休みなさいませ~」

 もうどこを訂正したらいいのかわからない執事兎の言葉に無言で頷きながら、やけに広く感じる大きなベッドにのそのそと這い上がる。
 そして、柔らかさと硬さが絶妙に溶け合ったお気に入りの枕を抱え込んだ途端、秒でその日の夜はやっと幕を閉じた。

「ふ、ぉ、おっ……ユーリオたんが抱き枕ぎゅーでスヤァ!?っこのウーギ、魔王様ある限り傍仕えとして勤め上げるッス……!」

「――ユーリオ、待たせたな。さて今宵も……」

「御黙りあそばせませや魔王様ぁぁ――!!」

 眠りに落ちる間際に聞こえた、その騒々しい会話はきっと夢の始まりだったのだろう。そう自分自身に言い聞かせながら。

 そうして翌朝、いつものようにご機嫌な魔王の腕の中で目覚め、元気な兎魔族に着替えさせられ、たくさんの食事が並べられた美味しい朝食を、これもまたいつものように味わう。
 その席でようやくフェルシオラの皇帝とこの魔王が知己であったこと、それも国境沿いの山脈で供の者とはぐれて迷子になっていたところを保護し、一時この城で養生させていた、という話を聞かされた。
 いやそれさぁ、僕に教えてくれる気があるならさ、せめて対面する前に話してくれておいてもいいよね?

「昔からの知り合いって知ってたら、僕だってもう少し緊張せずにお話できたかもしれないのに……魔王、酷い」

「ぐぅ!?……そ、その頬を少し膨らませて視線を落とす顔は他所でするでないぞ?余の前だけだからな?はぁ……愛い」

「そろそろ誰か、魔王専用翻訳魔法を編み出してくれないかな……」

 こんなどこにでもいそうな顔を相変わらずにまにまと見つめてくる、男の視線。
 それを嫌でも少しは意識してしまうなか、食後のデザートとして出された桃色のゼリー、その最後の一口をそっと口内へと迎え入れた時だ。

 再び、僕の部屋の扉が、外からバターン!と盛大に開いた。

「なんだサリオン、最近騒々しいぞ」

「おはようございますユーリオ君、ついでに陛下。ですが、悠長にしている時間はありませんよ」

「えー?まさか今日も突撃する国があるんです?も~困りますがなぁ……ウーギとて、もっと時間をかけて女王様を着飾りたいッス」

 は!?また!?そう声を出したかったものの、スプーンを咥えたままではそれも難しい。
 だから、慌てて魔王へ確かめるように視線を向けたのだが、

「くふふっ……。あぁ、愛い。愛いなぁ~ユーリオたーん」

 でれっと相好を崩してもなお、見目麗しい変態がいるだけだった。
 本当にさ、この人、ほぼほぼ僕を愛玩動物扱いしていると思うんだけど、それでも伴侶――とか言ってるわけだよね?……なんだろう、胸に渦巻くこの、イラッとした不満は……。

 自分の中に芽吹いているその感情に答えを見つける前に、苛立たし気に咳払いをしたサリオンが尻尾で床の絨毯をタシタシ叩きながら僕らの視線を集める。
 それを待ってから、他国では切れ者と名高いザルツヴェストの宰相は、またとんでもないことを言い出したのだ。


「来年、魔王陛下とユーリオ君の挙式を上げますので、今日から早速準備やら妃教育とやらを頑張りましょう」


 その言葉に僕が固まっていた時間は、ない。即座に口を開けた自分自身を褒めてやりたいくらい、僕は即刻言い返していたのだから。

「んな急に何言ってんの、無理でしょ」

「無理ではありません。既に招待状も昨日、フェルシオラにてばら撒きました。一週間以内には、大陸全土の国家に行きわたりましょう」

「ほぉ、さすがはサリオン。ぬかりないな」

 なんでこんな時に限って、この蛇は変な優秀さを発揮するのさ!?
 逆に即刻言い負かされた僕は、それでもこの時ばかりは食い下がってみせた。こんな僕だって、ガッツを見せる時があるんだから!

「っしょ、招待って言っても!この国には人間にとっての毒が満ちてるはずでしょ……そんな所へ他国の要人を招いて式挙げるなんて、無理!」

「それも問題ありません。陛下のお力をもってすれば、一時的になら数千人程度へ毒が及ばぬよう加護を与えることなど造作もありませんよ、きっと」

「『きっと』じゃダメでしょ!?いやそれより、一体何人招待するつもりなのさ!?あ、あとさっ……僕男だから!結婚式とかいらないし!?そうだよね、魔お――」

「ふむ……一年あれば、ユーリオの婚礼衣装は間に合うか?ウーギ」

「とぉーぜんでございます!!このウーギ!千着でも二千着でも女王様の為ならば我が毛を引っこ抜いてでも誂えましょうともッ!」

「おや、でしたら私の鱗も使います?」

「…………もうツッコミすら追いつかない……」

 きゃっきゃと盛り上がり始めた魔族三人組に、僕如きのガッツで太刀打ちできるはずもなかった。
 それから目まぐるしい……でも後になって思えば懐かしくも温かく、愛しく、楽しい日々が幕を開けることになったのだ。

 いつの間にかちゃっかり決定事項となった、魔王との挙式を迎えるために。

 その日が来ることを、疑うことすらなく。



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