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沈黙の護衛騎士12
しおりを挟む「ふぅ、流石に疲れたわね。そろそろ近くにベンチがあると思うのだけど」
チリン、と鈴が鳴る。ユリアナの前方に回った男は、手を差し出して彼女の手首を掴んだ。
「こっち、ってこと?」
チリン、と心地よい音が響く。掴まれた手は手袋が外されており、男の熱が手首から伝わって来る。
「ありがとう、助かるわ」
男はベンチの上に積もった雪をはらうと、濡れた座面の上に自身の上着を置いた。ユリアナは座ってからそのことに気がついたが、男は何も言わず鈴も鳴らさない。彼の優しさに心が温まる。
疲れた足を休めながら、風の流れていく音や小鳥のさえずりを聞いていると、自然のもたらす音が心地よく耳に響く。それらはふさぎ込みそうになるユリアナの心を癒してくれた。
ユリアナは小鳥の鳴き声を追いかけるように、空の方を見上げた。
「ねぇ、レーム。私、小鳥の家をつくって庭の木に取り付けたいの。以前、巣となるような家をつくれば、自然に鳥が寄って来るって聞いたことがあるわ」
チリン、と男は鈴を鳴らす。ユリアナの願うことは大抵、鈴をひとつだけ鳴らしている。
「ああ、でも私も作るから、教えてくれなきゃダメよ。色も塗って鮮やかにすれば、きっと鳥さんも見つけやすいと思うの」
かつてお転婆だった頃のように、ユリアナは立ち上がるとレームの腕を引っ張った。
「庭の裏手でまき割りをしていたと思うわ。きっと板もあるんじゃないかしら。レーム、場所はわかる?」
チリン、と鳴らした男はゆっくりと歩き始める。ユリアナも彼の腕を握りながら、慣れない雪の中を一緒に歩き始めた。
庭の裏手に行き、そこにいた下男に板を用意させると、ユリアナは自分でそれを切りたいと言い出した。
さすがに刃物を扱うのは危ないと、男は鈴をチリン、チリンと二度鳴らす。
「どうして? レームが後ろから支えてくれれば、私にだってできると思うの。確か、のこぎりって引いて切るんでしょ?」
男が長いため息を吐き、チリンと鈴を鳴らす。どうやら、ユリアナのわがままに付き合ってくれるらしい。
動かないように板を固定して、レームはユリアナの後ろに回った。がっちりとした太い腕で、ユリアナの腕を持つとのこぎりを握らせる。男の身体を背中に感じ、思わずトクリと胸が高鳴った。
——お、男の人の身体って、大きいのね。
レームは後ろから覆い被さるようにして、ユリアナを支えている。背中に触れている個所から、まるで熱がうつりそうだ。トクトクと鳴る鼓動を意識しないようにして、ユリアナは声をかけた。
「これを、こうやって引くのね」
鈴の代わりに、頭にあたる男の顎が傾いた。うん、ということだろう。
「えっと、こう?」
ユリアナが力を込めると、男も一緒になって力を入れてのこぎりを引いた。何度か往復すると、カタン、という音がして力が一気に抜けてしまう。どうやら板を無事に切れたようだ。
「切れたの? 私が、切ったの?」
嬉しくなって落ちた板を拾おうとして伸ばした手を、レームがそっと止める。傍にいる下男が「お嬢さま、尖っているところもあるから、危ないのでお待ちくだせぇ」と言った。
そのうち、板を拾い上げたレームが確認したのか、ユリアナの手にそっと握らせる。ざらざらとした側面は、のこぎりで切ったところだろうか。
「これ、これが屋根になるの? それとも、土台の部分? どっちでもいいわね、凄いわ。私にもできたわ」
無邪気に喜んだユリアナは、すぐ後ろにレームがいるにも関わらず振り向いて微笑んだ。その瞬間、男は金縛りにあったかのように体を強張らせ、息を止めた。
「あら、どうしたの?」
そっと腕に触れると、服の下に硬い皮膚を感じる。初めての感触に、手のひらをつかって男の腕を確かめた。
触りはじめると面白くなり、ユリアナはぺたぺたとレームの身体に触れていく。思っていた以上に屈強で、筋肉質の身体だ。
「まぁ、レームはとても強そうね。私と違って、肌がとても硬いわ」
男の腕はユリアナの倍もありそうなほど太くたくましい。今まで、ユリアナの近くにはこれほどの筋肉を持つ男性などいなかった。
「レームなら私を担いでいても、どこまでも歩いて行けそうね」
ようやく息を吸った男は、チリン、と鈴を鳴らす。その鈴の音はユリアナの心を溶かすように、柔らかく響き渡る。だがユリアナの手が触れている間、男は身体を動かすことができなかった。
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