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沈黙の護衛騎士13
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小鳥の小屋をどうにかして作ったユリアナは、取り付けるまでは自分の部屋に飾ることにした。触れると切りたての木の匂いが手に移り、そこだけ爽やかな空気となる。——森の匂いがする。
「あら、こんなところに小鳥がいるわ」
その小屋の中に、小さく彫られた木の小鳥が置いてある。昨日は何もなかったのに、驚いたユリアナはレームを呼んだ。
「レーム、もしかしてこれを彫ったのは貴方なの?」
チリン、とまるで誇らしげに高い音の鈴が鳴る。
「小鳥小屋といい、この彫刻といい、レームってとっても器用なのね!」
嬉しそうに笑ったユリアナは、いかにも大切なものを扱うように木でできた小鳥を撫ではじめた。
「……私、こんなにも嬉しい気持ちになれるなんて、思わなかったわ。ありがとう、レーム」
目の光を失ってから、鳥を思うことが増えていた。自由に羽ばたくことができたら、どれほど楽しいことだろう。……鳥であれば、あの人の傍にもすぐに行くことができるのに。
ユリアナはいつものように少しだけ窓を開けて貰うと、冷たい空気を吸い込みながら思い出す。
閉じている瞼の裏側にはいつも——、最後に見たレオナルドの面影を映し出していた。
◇ ◇ ◇
二年前の夏、ユリアナが成人となる十八歳を迎えると、アーメント侯爵令嬢として王へ謁見する必要があった。いくら片足が不自由だと言っても、成人したからには王への挨拶を欠くことはできない。
通常であれば、舞踏会のデビュー時に挨拶を済ませているがユリアナにはその機会がなかった。踊ることのできない足で舞踏会に行くのは辛すぎる。事情を汲んだ王室が、特別に拝謁の場を設けることになった。
三年も森の屋敷に閉じこもっていたユリアナは、久しぶりに訪れる王都の喧騒に疲れつつも、一目でいいから成長したレオナルドの姿を見たいと思っていた。
かつては婚約直前まで進んだけれど、ユリアナが引きこもるようになってから顔を合わせたことはない。レオナルドは一足先に成人となり、今は宮廷騎士団に入り身体を鍛えているという。
長兄であるエドワードが外交を取り仕切り、弟であるレオナルドが先頭に立って騎士団を掌握する。相変わらず仲の良い王子達は、力を合わせて王国を支えるために精力的に働いていることを伝え聞いていた。
——レオナルド殿下は、どんな姿に成長されたのかな……。
ユリアナの記憶の中では、三年前のレオナルドの姿で止まっている。小麦のように柔らかく黄色の強い茶髪に、琥珀色の瞳。涼やかな顔立ちをした彼は、まだ少年から青年になりたての細くて青い果実のようであった。
あれから三年。神殿からの接触は特になく、このまま力を隠したまま結婚すればいいと父から言われている。
——結婚すれば、純潔を失えば聖女の力を失うことになるとお父様は言っていた。
だから、成人となる日を待っていた。森の奥に引きこもり、必死になって歩く練習をしてきた。
ユリアナはレオナルドから手紙の一つも受け取ることはなく、また彼に渡すことはできなかった。日々、届かないと知っていても彼に宛てて書いた手紙を想いと共に積もらせていた。
でもそれも、今日で終わるのかもしれない。
父親からは、すぐにでも嫁ぐように言われている。この挨拶が終われば、明日にでもお見合いの場が持たれるだろう。もう既に、何名も候補者がいると母親が嬉しそうに言っていた。
——でも、結婚するならレオナルド殿下がいい。彼がもし、私と同じ気持ちでいてくれるなら……。
レオナルドはまだ婚約者を決めていない。騎士団に所属していたから、そんな暇はなかったのかもしれないけれど、もしかすると彼は待っていてくれたのかもしれない。ユリアナが成人するこの時を。
侯爵はユリアナの想いに気がついている。彼女の日常は執事を通じて全て父親へ報告されているだろう。そして、父親は結婚相手については明言することを避けていた。
「あら、こんなところに小鳥がいるわ」
その小屋の中に、小さく彫られた木の小鳥が置いてある。昨日は何もなかったのに、驚いたユリアナはレームを呼んだ。
「レーム、もしかしてこれを彫ったのは貴方なの?」
チリン、とまるで誇らしげに高い音の鈴が鳴る。
「小鳥小屋といい、この彫刻といい、レームってとっても器用なのね!」
嬉しそうに笑ったユリアナは、いかにも大切なものを扱うように木でできた小鳥を撫ではじめた。
「……私、こんなにも嬉しい気持ちになれるなんて、思わなかったわ。ありがとう、レーム」
目の光を失ってから、鳥を思うことが増えていた。自由に羽ばたくことができたら、どれほど楽しいことだろう。……鳥であれば、あの人の傍にもすぐに行くことができるのに。
ユリアナはいつものように少しだけ窓を開けて貰うと、冷たい空気を吸い込みながら思い出す。
閉じている瞼の裏側にはいつも——、最後に見たレオナルドの面影を映し出していた。
◇ ◇ ◇
二年前の夏、ユリアナが成人となる十八歳を迎えると、アーメント侯爵令嬢として王へ謁見する必要があった。いくら片足が不自由だと言っても、成人したからには王への挨拶を欠くことはできない。
通常であれば、舞踏会のデビュー時に挨拶を済ませているがユリアナにはその機会がなかった。踊ることのできない足で舞踏会に行くのは辛すぎる。事情を汲んだ王室が、特別に拝謁の場を設けることになった。
三年も森の屋敷に閉じこもっていたユリアナは、久しぶりに訪れる王都の喧騒に疲れつつも、一目でいいから成長したレオナルドの姿を見たいと思っていた。
かつては婚約直前まで進んだけれど、ユリアナが引きこもるようになってから顔を合わせたことはない。レオナルドは一足先に成人となり、今は宮廷騎士団に入り身体を鍛えているという。
長兄であるエドワードが外交を取り仕切り、弟であるレオナルドが先頭に立って騎士団を掌握する。相変わらず仲の良い王子達は、力を合わせて王国を支えるために精力的に働いていることを伝え聞いていた。
——レオナルド殿下は、どんな姿に成長されたのかな……。
ユリアナの記憶の中では、三年前のレオナルドの姿で止まっている。小麦のように柔らかく黄色の強い茶髪に、琥珀色の瞳。涼やかな顔立ちをした彼は、まだ少年から青年になりたての細くて青い果実のようであった。
あれから三年。神殿からの接触は特になく、このまま力を隠したまま結婚すればいいと父から言われている。
——結婚すれば、純潔を失えば聖女の力を失うことになるとお父様は言っていた。
だから、成人となる日を待っていた。森の奥に引きこもり、必死になって歩く練習をしてきた。
ユリアナはレオナルドから手紙の一つも受け取ることはなく、また彼に渡すことはできなかった。日々、届かないと知っていても彼に宛てて書いた手紙を想いと共に積もらせていた。
でもそれも、今日で終わるのかもしれない。
父親からは、すぐにでも嫁ぐように言われている。この挨拶が終われば、明日にでもお見合いの場が持たれるだろう。もう既に、何名も候補者がいると母親が嬉しそうに言っていた。
——でも、結婚するならレオナルド殿下がいい。彼がもし、私と同じ気持ちでいてくれるなら……。
レオナルドはまだ婚約者を決めていない。騎士団に所属していたから、そんな暇はなかったのかもしれないけれど、もしかすると彼は待っていてくれたのかもしれない。ユリアナが成人するこの時を。
侯爵はユリアナの想いに気がついている。彼女の日常は執事を通じて全て父親へ報告されているだろう。そして、父親は結婚相手については明言することを避けていた。
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