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第11話 アイヴィー・アイヴィー

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 何日もかけて、ニハルとイスカは旅をした。

 砂漠地帯を抜け、谷間の道を通り、森林を踏破し……その旅の様子については、また別の物語……

 五日目、ニハルとイスカは馬に乗って、平野部の街道を進んでいる。

 パッカパッカとのどかな蹄の音を鳴らしながら、晴天の下を行く二人。新天地コリドールには希望しかない。

「うふふ、どうしたの、イスカ君。さっきから私のほうを見て」

 後ろからのイスカの視線を感じたニハルは、微笑みながら、振り返った。

「あー、もしかして、私のお尻を見てた? そうでしょ♪」
「ち、違うよ。僕は……」

 言い訳をしようとしたイスカだったが、途中で言いよどんでしまう。嘘が下手だ。

「もー♪ 正直に言ってくれていいのに。イスカ君なら、いくらでも見ていいよ♪」

 ニハルは、いまだに白いバニースーツを着ている。

 それは仕方のないことだった。奴隷バニーとなった女の子達は、皆、帝国のある宮廷魔術師のスキル『魔女の兎』によって、バニースーツしか着られない呪われた体にされてしまっているのである。
 つまり、奴隷バニーの身分を破棄する証書をもらったところで、結局のところ、宮廷魔術師からスキルによる呪いを解いてもらわない限り、真の意味では奴隷バニーから解放されることはないのである。
 証書は、将来的にその呪いを解いてもらうための、約束にしか過ぎない。

 ともあれ、イスカとしては、嬉しいような、目のやり場に困るような、複雑な心境ではあった。彼も男ではあるので、ニハルのセクシーな姿をこれからも拝めるというのは、悪い気分はしない。

 一方でニハルもまた、意外とバニースーツを気に入っているので、別にこのままでも構わない、と考えている。なんなら一生着続けてもいい。

 白バニーの少女と、サムライの少年。奇妙な組み合わせの二人が街道を行く光景は、端から見たらさぞ異様に見えることだろう。

 やがて、二人は川に突き当たった。

 が――

「うそ、橋が落ちてる」

 川の向こう側が、コリドールの領地になる。それなのに、その川を渡るための橋が、崩壊してしまっている。

自然に壊れたのか、人為的なものなのか。

どちらにせよ、これでは前へ進むことができない。川の流れは急で、水深もありそうだ。

「よーこそ、誰もいないコリドールへ」

 突然、ハスキーな女性の声が、茂みの裏から飛んできた。

 何事かと、声がしたほうをニハルとイスカが見ると、茂みの裏より、セミロングの銀髪、太もも眩しいショートパンツ姿、気の強そうなキツネ目、といったボーイッシュな女性が、姿を現した。

 それと同時に、方々の草木の陰から、いままでずっと隠れていたのだろう、見るからに盗賊団といった風情の連中が、ゾロゾロと出てきた。

 総勢、二十名ほどはいるだろうか。

「オレの名は、アイヴィー。人呼んで『アイヴィー・アイヴィー』(ツタのアイヴィー)。このコリドール近辺で盗賊団をやってる者だ。よろしく」
「ちょうどよかった! ねえ、アイヴィー、橋が落ちてるの。なんとかしてくれない?」

 無邪気にお願い事をするニハルに対して、アイヴィーはフッと冷笑を浮かべた。

「アホ。その橋は、オレ達が落としたんだよ」
「え、なんで」
「砂漠のカジノから、なんでも、大金を抱えてノコノコやってくる間抜けがいる、って聞いたからな、足止めするために橋は壊させてもらった」
「よーするに、私達からお金を奪おうっていうわけ?」
「バーカ。それじゃあ、全然足りないよ。そうだな、そこの坊やが持っている二振りの刀ももらおうか。あとは……」

 アイヴィーは舌なめずりして、ニハルの肢体を無遠慮にジロジロと眺め回した。

「お前。オレの女になってもらうぞ」
「ふえ⁉ 待って、私、あなたと同じ、女の子だけど、いいの?」
「むしろ男に興味ないからな。女を抱いてるほうが興奮する。特にお前は、美味しそうな体してるし、奪い甲斐があるってもんだ」

 とんでもないことを言い出すアイヴィーに対して、イスカは睨みつけながら、刀に手をやった。いつでも抜刀できるように身構える。

「おっと、妙な真似するなよ!」

 いきなり、アイヴィーは鞭を飛ばしてきた。そして、鞭はイスカの持つ刀二本にグルグルと巻き付くと、鞘から一気に引き抜いた。

「あっ⁉」

 不意を突かれたイスカは、なす術もなかった。

 気がつけば、二振りの刀は、アイヴィーの手元にあった。

「あははは! どうだ! これがオレのスキル『アイヴィー・アイヴィー』だ! 鞭を自在に操ることが出来る、それがオレの能力さ!」
「まさか、スキル持ちだったなんて……!」
「ガルズバル帝国の領民は、大概はスキル持ちだぜ。これ豆な」
「返せ! 僕の刀だ!」
「やだね。いまはオレの手元にある。オレの物だ。返してほしかったら……」

 と、アイヴィーは、ニハルのことを艶っぽい目で見つめてきた。

「……そのバニーガールをオレに差し出しな。そうしたら、返してやるよ」
「そんなこと出来るか!」
「じゃ、その女も、力尽くで奪うまでだ」

 アイヴィーが手を上げると、周りの盗賊達が一斉に動き始めた。

 戦闘能力の無いニハルと、刀を持たないイスカ。かなりのピンチである。

そんな状況であるにもかかわらず、ニハルは呑気に、川辺へと馬を進ませた。

「おい! どこへ行くんだ!」
「ちょっと試してみようと思って」
「何を!」
「川を渡れるかなー、って」
「アホ。その川は、泳ぎの達人でも溺れ死んでしまうくらい、流れが急なことで有名なんだぜ。そんなバニースーツを着ているお前が、渡れるわけない」
「でも、一か八か試してみたいの」

 クルッ、とニハルは振り返り、とても明るい笑顔を向けてきた。

「ね♪ 賭けてみない? 『私が川を渡れなかったら、私の負け』。刀はそのままあげるし、私も、あなたの女になってあげる♪」
「バカ言うな。それでお前が流されたりしたら、意味ないだろ」
「危なくなったら、あなたのスキルで助けて。それくらい出来るでしょ」
「まあ、お前が溺れる前には、なんとか出来るけどな。で? お前が勝った場合は?」
「私が勝ったら、刀は二振りとも返してもらうわ。それと……」

 ニハルは唇に手を当てて、小悪魔的な仕草で、アイヴィーのことを見つめてきた。

「……あなたには、私の親衛隊になってもらう」
「は? なんだそりゃ」

 怪訝そうに眉をひそめていたアイヴィーだったが、やがてアハハハと大笑いした。

「おもしれーやつ! いいぜいいぜ、やってみろよ! 本当にこの川を渡れるんだったら、親衛隊でもなんでもなってやるよ!」
「賭けは成立ね♪」

 そう言うやいなや、馬上から、ニハルは一気に川の中へとダイブした。
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