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三章
Ⅱ
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男性と女性では、脳の構造が違う。捉え方、考え方も大きく変わってしまう。男性は買い物にいくとき、具体的にどういう物を買うかなんとなく決めて向かう。女性は買う物を決めないで出掛ける。迷い選ぶ時間も楽しむためだと脳が判断してしまうらしい。大学の抗議で知った内容だ。納得した。だから女性と買い物に出掛けるときはおおらかな広い心でいられると教授に感謝したほどだ。
けど、実際にできるかどうかっていうのは別なんだ。
「あ、れみ。これなんてどうスか?」
「う~ん、でもそれだとこれと合わせるには・・・・・・・・・こっちのスカートなんてどうですか?」
一体もう何時間経っているだろうかってくらい延々と二人は服を吟味してキャイキャイして次々と手にする服を入れ替えていく。俺は輪の中に入れず眺めることしかできない。二人だけの空気というか空間というか。女性用の服屋にいるせいで恥ずかしいのもあったんだろう。
けど、そうして眺めていると少しずつ安心してくる。まりあちゃんという同年代の友達と一緒にいるれみは、歳相応のやりとりをして女子高生らしい姿だから。俺といるときのれみとギャップがありすぎて最初は驚いたけど。
「どうしたんですか? 私たちを見つめて」
いかん。れみに気づかれた。なんとなく顔を背けて明言を避ける。
「ちょ、れみ。察してあげたらどうスか?」
まりあちゃんが助け船を出してくれて助かった。ごにょごにょと耳打ちをして、そしてれみが冷たい蔑む視線を。何故に?
「いやらしいです。不潔です」
なにが?
「けど、恋人して彼氏の要望に応えるのも彼女の責務スよ? それが普通スよ?」
「なら仕方ありませんね。どうぞお願いします」
不穏なやりとりだし、どうぞと言われてもなにを求められているのかわからない俺は目を丸くするしかない。
「なにをやっているんですか? 早く私に似合いそうな服を選んでください。あなたがそうしたいように」
どうも二人は勘違いをしているみたいだけど、ここで否定するとめんどくさいことになる。だから曖昧な笑いで従うことにした。とはいえファッションに詳しいわけでもこだわりがあるわけでもない。自分で買いにくるときはまだしも、恋人(嘘設定)の服を選んだことなんて皆無。いろいろ服をれみの体の前で合わせたりイメージしてみるけど、だめだ決められない。
「じゃあこれとこれならどっちがいいスか?」
片方は清楚なかんじ。もう片方は露出が多め。俺としては露出が少ないほうを選びたいけど、う~ん。難しい。自分のだとパッと決められるのに、女性のを選ぶのがこんなに困難だとは。
「あ~あ、パイセン優柔不断は嫌われるっスよ?」
「だってしょうがないだろ。れみはなに着ても似合うんだし」
「・・・・・・・・・え?」
れみはスタイルがいいし、贔屓目でなくても顔立ちが整っている。だからどんな服でも着こなせるだろう。だからこそどれを選ぶかっていうのが難しいんだ。
「うわぁ、パイセンすごいスね。ナチュラルに惚気るとか」
「惚気? どこが?」
惚気じゃなくて偽らざる本音、真実を述べただけだ。
「しかも自覚なしとか。ほられみだって見てください」
「え? なんですか? 別になにも聞こえませんでしたけど?」
促されるけど、れみは俺たちとは違うほう、明後日のほうに体ごと向けてしまっている。え、怒ってる?
「じゃあ聞き方変えるスね。パイセンはどういう服が好みでどういう服をれみに着てほしいスか?」
好みの服。着てほしい服。その二つを連想して、パズルのピースを当て嵌めていくようにカチリカチリとはまって一着の服を選べた。
「これなんてどうかな」
「へぇ~。パイセンはこういうのがお好みなんスねぇ~。ほぉほぉ~」
「私にこれを着てほしいんですか。こういう服がいいんですか」
二人はそれぞれ違った反応をしているけど、なんだか良い気がしない。センスを貶すような反応で、自信をなくしてしまう。
「では一回試着してきます。彼氏の俺色に染めてやるぜ! という気持ちと自分好みの服を着た彼女を視姦したいという身勝手で気持ちの悪い恋人の気持ちを嫌々汲むのは不本意ですがそれが普通なので仕方ありません」
「待てどういうことだ!」
呼び止めようと試みたけど、れみはさっさと試着室のカーテンを閉めてしまう。聞き捨てならなかったけど、入るのも開けるのも、声をかけるのも躊躇われてしまう。
「れみ、なんだか変なこと口走ってたけどどうしたんスかね?」
今にも爆発しそうなほど顔を膨れさせているまりあちゃんは、笑うのを必死で堪えている感みえみえ。わざとやってんのかってくらい。絶対この子確信犯。れみが勘違いしていることを知っている上で楽しんでいる。どいうことか聞こうとしたけど、あっという間に着替えたれみがカーテンを開けた。
「どうですか?」
「ああ、似合っているよ」
「そうですかじゃあ今日はこれを買います。不本意ですが」
言い捨てるとれみはまた試着室に引っ込む。そして着替えて出てくると俺への不平不満をぶつけてくる。「まったくこれだから男の人は」「この服を着たまま楽しんでやるぜぐへへ・・・・・・とか妄想しているんでしょう」「もしくは一枚一枚俺の手で脱がしていくのも楽しむんでしょう。そうやって興奮するんでしょう」「今後はそういう変態チックなところも矯正するかどうか検討します」と言い続けている。
「いやぁ、あんな嬉しそうなれみ新鮮スねぇ」
「どこが? プリプリ怒ってるじゃん」
「パイセンは付き合ってまだ時間がないスからわからないんでしょうけど、私たちは長い付き合いスからねぇ」
なんだろう。ちょっと妬ましい。
まりあちゃんも服を選んで、次に移動・・・・・・・・・することになったけど逃げだしたくなった。なんでってそれは下着エリアだったから。さっきよりも羞恥心が強くなる。しかも男俺しかいないし。他のお客さんも店員でさえ俺をじろじろと睨んでいる気がするし。
できるだけ早く終わらせてくれ、と願ってやまない。
「では早く選んださい」
Padun?
「まさかお前俺に下着を選べと!? 正気か!?」
「い、いいから早く選んでください。恋人同士ならこれくらい普通でしょう。まりあが見ていますし」
たしかに仲のいい恋人なら普通かもしれない。けど、彼氏レベルがゼロな俺にはあまりにも酷だ。ここで拒否したらまりあちゃんに疑われて嘘だとばれる。進退窮まるとはこのことか。
「ん? どうしたんスか? いつもみたいにやらないんスか?」
この子は・・・・・・・・・! 煽っているのか純粋なのか・・・・・・・・・! ええいままよ!
ある種開き直った俺は覚悟を決めて下着を選ぶ。俺は恋人れみの恋人、恋人と一緒に下着を買いに来たと言い聞かせ続けながらまず一枚目。レースのあしらわれた純白なタイプ。少しくっきりとした形のセクシーな黒いやつ、きわどいTバック状の赤いやつ。ガーターベルト、すけすけのネグリジェ。それぞれ着たれみを連想して、倒錯的な恥ずかしさと興奮で頭がおかしくなりそう。だめだ、どれも過激すぎる。目に毒すぎてまともな判断ができない。もっと目に優しいものはないのだろうか。
「あ、これはいいんじゃないか?」
俺が選んだのはかわいらしいデフォルメされた動物がプリントされたもの。うん、これなら安心。目に優しいし、こういうの履くとしても緊張しないし。
「「・・・・・・・・・・・・」」
「あ、こいつとこいつもいいんじゃね?」
毛糸で編まれたパンツは冬なら暖かいだろう。それにスポーツブラだって使いやすくていいはず。それと女児アニメとか作品のキャラクターが描かれているやつも、昔履いてたはず。
「どういうことですかこれは・・・・・・・・・」
あれ、なんだかれみの様子がおかしい。いつも以上に怒っていて、迫力があってこわい。
「こんな子供用のものが私にふさわしいと? 似合っていると? 履いてほしいと? 私を子供だと?」
「いやいやいや。違うよ? 俺は高校生らしいさが。それにこういうの好きだろ?」
「小学生で卒業したんです。ふざけないでください」
言い訳をすればするほど、火に油を注ぐ結果に。怒りもヒートアップしていき、俺とれみの距離もズイズイと詰められて逃げ場がない。慎重さかられみが至近距離で見上げてくるアングルになるけど、それにしても迫力と圧が強すぎてたじたじになってしまう。
「まぁまぁれみ。こういうのが好きっていう男の人もいるらしいっス。それに、ギャップ萌えを狙ってるんじゃないスか?」
そこでまりあちゃんが間に入って引き剥がしながらアシストをしてくれる。グッジョブ。
「ギャップ燃え? どういうことですか?」
「つまり絶対にれみが履かないものを履かせるのが好きってことっス」
「・・・・・・・・・・なるほど。大学生ともなれば普通では物足りないということですか。私がこういう下着を履いているのに燃える、つまりは興奮するということですか。さすがです。変態」
「勝手に二人で納得して勝手に決めつけて勝手に変態扱いしないでください!」
「つまりパイセンは高校生、いや中学生のときに普通の下着を履いている人には興奮できなくなったってことになるっスよね? それだけの経験をしてきたってことっスよね?」
「どれだけ爛れた学生時代だったんですか。不良です。変態です。矯正です」
「お願いだから少しは話を聞いてくれない!?」
そんな疲れたやりとりを交して、店を後にする。れみが下着を買ったのかどうかは・・・・・・・・・察してほしい。それからまだ少し時間があまっているので、駅まで散策することに。まりあちゃんが朗らかに質問したり明るい感じで話題を振ってきてくれて、楽しい時間になっている。れみもいつもと違って楽しそうにしているから、やっぱり仲良しなんだなって嬉しくなった。
「あ、れみ。ちょっとガシャガシャやってもいいスか?」
「またまりあは」
小さい子供のように、まりあちゃんはガシャガシャをやりだす。れみは呆れながら、別の筐体をじっと眺める。もしかして、れみはあれがほしいんだろうか。小さい頃はよく一緒にやってたっけ。俺が当てたロボットのキーホルダーほしいって駄々をこねて、しょうがないから俺のをあげたんだ。あの頃と比べると、我慢できるようになったってことなのか。自制しているのか。なんにしろ、横顔からは成長をかんじる。
「兄さん。手を繋ぎましょう。それも貝殻繋ぎで。恋人なのに貝殻繋ぎしないのは不自然です」
「いや、恋人でも貝殻繋ぎするのはごく一部なんじゃ」
「繋ぎ方でラブラブさや親密さを推し量ることは可能です。兄さんが私にぞっこんに惚れ込んでいるイチャイチャカップルと信じさせるには、貝殻繋ぎしかありません」
「ぞっこんに惚れ込んでいる設定重要かな!?」
気恥ずかしさがあって中々首を縦に振れない。二人でやっていることがまりあちゃんに伝わったのか。
「なにしてるんすか?」
「いえ別に」
れみは咄嗟だったのか。脇の下に腕ごと突っ込んで絡みつかせる。そのまま右手で左手を掴む。腕を組む+貝殻繋ぎという難易度高めのことを。そのまま歩きだそうとするけど恥ずかしがっているのか膝が曲がらず固い足どりで、手と足を同時に出す。さながらロボットのよう。俺は俺でれみの体が密着しているせいで胸が当たっているから照れてしまう。
「二人とも、なんか歩き方ロボットみたいっスよ?」
どうやら伝播していたらしい。微妙に歩きにくいしタイミングも歩幅も合わない。逆に怪しまれたんじゃ。
「あ、あそこにクレープ屋があるぞ! 少し休もう!」
ちょうどいいタイミングで移動販売をしているクレープを発見。これ幸いにと二人を誘って、そのまま買って手頃なベンチで休憩していたんだが、れみは腕を解放してくれない。
「兄さんのはバナナクリームでしたよね」
「ああ、そうだけど」
「じゃあ一口ください」
「っ!?」
そう言うとれみは目を閉じて口を開ける。 意図が汲めないでいるとれみに肘打ちを喰らった。
「こ、恋人は普通食べさせあいっこをするものだと。まりあの前ですることで恋人であると証明できます」
そこまでしなくても・・・・・・・・・。れみは躊躇っている気配を敏感に感じ取ったのか早くしろと視線で急かしてくる。しかたなしに、差しだす。
「ほら、れみあ~ん」
「あ、あ~んです
まりあちゃんに気づかれやすいように大声でわざとらしく。言い出しっぺのれみは頬を少し染めながらおずおずとはむはむとクレープを食べていく。なんだかその姿がハムスターみたいで和んだ。
「兄さんのクリームとバナナ、とってもおいしいです」
変な誤解されそうだからあまり言わないでほしい。
「ん? れみ、クリームついてるぞ」
れみはどこかわからないようでしきりにティッシュで口を拭ってるけど反対だし当たっていない。微笑ましくなって自然な流れで、俺が拭いてしまった。懐かしくなった。小さい頃と重ね合わせて、つい長い時間やりすぎてしまう。他にもついている箇所はあったし。れみはもごもごとしながらさっきよりも明らかに恥ずかしがっている。なにが恥ずかしいんだろう。昔は普通のやりとりで喜んでいたのに。
「なんか恋人っていうよりも兄妹ってかんじっスね」
ギク! おもわず身構える。まずい、やりすぎてしまった。
「いえ、これは序の口です。ここから激しく過激になっていくのです。それが私たちカップルの普通なのです」
れみは自らのクレープに指を突っ込む。そしてチョコレートをたっぷりの指を差しだしてくる。
「はい、あ~んです」
こいつなにしてんの。テンパりすぎて自分がしていることわかっていないんじゃないか。流石にこれを舐めたり口に入れるのは・・・・・・・・・だめだろ。
「お願いです。あ~んしてください」
れみの顔はまりあちゃんから見えていない。切羽詰まったかんじに義兄心を刺激された俺は、仕方なく・・・・・・本当に仕方なく・・・・・・・・・れみの指を咥えた。
一体俺はなにをしているのか。頭が沸騰しそうだ。シチュエーションと行為のいやらしさでぐわんぐわんと脳が揺れてまともな思考ができず、義妹の指についたチョコを舌で舐めとる作業のみを一心不乱にしつづける。くすぐったいのか、れみはしきりに体をふるわせくねらせ、時折大きく反応する。切なそうな声を喉で必死にとめているのが逆に扇情的で瞳も潤んでいる。体勢が辛いのか、右手を俺の左胸に置いた。
舐め終わって、口腔かられみの小さくて細い指が抜き取られた。唾液が線上になって垂れて、ぷつんと途切れた。唾液でぬめぬめの指は太陽光に反射して、艶めかしい。
「ドキドキしていますね」
手から心臓の鼓動をかんじとったのか。自覚がある俺には反論できない。
「妹の指を舐めて、興奮したんですか?」
否定するべきだったのに、声が出なかったのはまだ余韻が残っていたから。それとれみの荒い息と汗をかいている表情が、どうしようもなく女としての表情でしかなくて釘付けになってしまっているから。
「さっきのお返しです」
ここまでやるのはまりあちゃんを信用させるためか。それともれみの意地なのか。とにもかくにも。いけないものを見てしまったと恥ずかしがって手で顔を覆い、けどしっかり指の隙間からばっちり確認しているれみちゃんの反応から必要なことだったんだと、妹のためなんだと必死に自分に言い聞かせた。
「いやぁ、ありがとうございましたっス。パイセン」
そうこうしている間に、まりあちゃんが帰る時間がやってきた。最初はどうなるかと不安だったけど、なんとか乗り越られたと胸を撫で下ろす。
「私も恋がしたくなりましたっス。けどれみのあんな姿とか表情見れるなんて、よっぽどパイセンのこと好きなんスねぇ」
「れみっていつもはあんなかんじじゃないのか?」
「ええ。もっと静かだし穏やかだし。あんな風に感情的になったり人間性だしたりするのなんて皆無っス」
人間性って、仮にも友達に対して。けど、それだけ必死だったってことか。よっぽどまりあちゃんのことが大切な友達なんだな。
「あ、そうだまりあちゃん。最後なんだけど」
「はい?」
「もしかして今日れみのこと尾行したんじゃないか?」
ピシ。表情が石のように固まった。
「どうしてそう?」
「まぁなんとなくかな」
まりあちゃんがここに来る理由がわからない。本人も最初明言しなかった。それに、スーパーで買い物しているとき俺たちを観察していたって趣旨の発言をした。なのに話しかけてきたときは偶然見つけたって言い方。矛盾している。この子の性格からするとすぐにれみに話しかけにいったんじゃないだろうか。そこから違和感を覚えた。
それに、一度買ったものをアパートに置きに行ったとき。まりあちゃんは初めて通る道なのに知っているような素振りで歩いていた。俺たちに案内されてたからってのはあるかもしれないけどそれにしても足どりがしっかりしていた。
「いやぁパイセンお見事っス。探偵になるべきっスよ」
タハハ、と掲示板と時計で電車が来る時間を把握しているれみをチラ見し、一歩俺に近づいた。
「れみ、最近遊んでくれなかったんス。課題とか自由研究とか一緒にやろうって夏休み前は約束してたのに。用事があるって言われて断られること増えちゃって。でも具体的には教えてくれなくて。ずっともやもやしてて。今まで秘密とかなかったのに。それでアポなしで家に行ったらちょうどれみが出掛けるところだったんで、気になっちゃって。そしたらパイセンのアパートに入っていったり二人で出てきて驚いたっス」
俺のことで、友達付き合いに影響を与えている。純粋な興味と友達を心配して、そして少しの嫉妬もあったんだろう。この子を責めることはできない。それだけれみのこと友達だっておもってくれてるんだから。
「その、すいませんス。尾行なんてしちゃって。軽はずみだったって反省してるっス」
「いや、俺が悪いんだよ。れみには内緒にしておく」
「けど、安心したっス。パイセンと一緒にいるれみ、本当に幸せで自然で、前からの知り合いっぽくて。なんというか本当に好きなんだってわかったっス。そうじゃなきゃ通い妻になんてならないし」
きっとその好きっていうのは三人とも違っている。通い妻になっているっていうのも。元義理の兄妹で、今まで会っていなくて俺のところには生活を矯正するために通っていると教えたらこの子はどんな顔をするだろう。せっかくの努力を水の泡にしてしまうからできないけど、想像すると嘘をついた事実が今更ながら重くのし掛かる。
「これからも、れみのことよろしく」
「お父さんスか!」
そんなやりとりを不思議そうに眺めているれみに、適当にごまかしていると電車がきた。
「じゃああっしはこれにておさらばするっス。今度はもっとすごい自慢話とかイチャイチャとか期待してるっス」
また来るんかい。心の中でツッコんだだけに留めて、見送った。
「いい友達を持ったな」
「そうでしょうか」
「そうだよ。それと、友達のことも放置しちゃだめだぞ。たまには二人で遊んだりして」
「そう言って私が矯正しにくるのを減らそうって魂胆では?」
「そうじゃねぇよ。むしろずっと来てほしいくらい」
「向上心がないんですか? 自分の生活を改めるつもりがないんですか? いつまでも私に頼りきりになるつもりですか? それでも年上ですか? これだから兄さんは」
夕焼け空。影が細長く伸びた道。温い暑さを多少吹き飛ばすそよ風。人の波が増えていく感傷的な風景に、慣れた距離感と会話が心地いい。不意にれみと恋人のように振る舞っていた記憶が蘇って。必死で消そうとまた躍起になる。
「そうだ。これ。もしよかったら」
小さいキーホルダー状のデフォルメされた人形をさりげなく。
「これは? なんですか? 」
「いや、さっきまりあちゃんがガシャガシャやってたときちょっとな」
最後筐体から離れるとき、一回だけやっていたのだ。時間がなくて一つしか手に入らなかったけど。それをプレゼントって大仰に受取られると恥ずかしくなる。
「プレゼントということですね。兄さんから私への。ありがとうございます」
「そんなおおげさなものじゃないって。安物だし」
「値段は関係ないとおもいます。意図は不明ですけど私は人からの贈り物を頑なに拒む頑迷ではありません。それよりこんなことにお金を使う兄さんの金銭感覚を矯正する。使命感を忘れさせないためのアイテムとしてもらっておきます。正直趣味じゃないですが」
渡したことをちょっと後悔・・・・・・・・・ってちょっと待て。
「今趣味じゃないって?」
「ええ。自分が知らない作品なのかどんなキャラクターなのか知らないですし、デザインも好みではありません。キモいです」
「えええええええ!? いやいやいや! じゃあなんでこの筐体眺めてたんだ!」
「ああ、これあの筐体のですか。いえ。今はこういうものが流行なのかと。どうしてこんなものがはやっているのか不思議で見ていただけですけど」
「うわぁ・・・・・・・・・」
勝手な勘違いをして、恥ずかしい。しかも好みじゃないとかへこむ。
「もしかして、私がほしがっているとおもって買ったんですか?」
「うん。そうだよ」
「・・・・・・・・・・・・兄さんは兄さんですね」
そのままキーホルダーを顔の近くまで持ちあげてずっと小さく揺らし続ける。金属部分が擦れ合って鈴の音に近い心地よさを反響させている。その音を楽しんでいるみたいな素振りで、感慨深げに見つめる。そのままオレンジ色の空をバックにして歩きだす。
「変わったけど、変わってないです」
「なんだよそれ」
「不本意ですが。兄さんが私のためだけに。私のことだけを想って心を込めて買ってくれたのですから無下にはできません」
「いや、なにもそこまでのことじゃないし」
「 は い ?」
「いやなんでもない。そういうことで」
「まったく、兄さんはどうしようもない人です。妹である私にそんなものをプレゼントしてくるなんて」
口では悪く言っていても、なぜだろう。どこか鼻歌でも歌い出しそうな軽快さで声音が弾んでいる。
けど、実際にできるかどうかっていうのは別なんだ。
「あ、れみ。これなんてどうスか?」
「う~ん、でもそれだとこれと合わせるには・・・・・・・・・こっちのスカートなんてどうですか?」
一体もう何時間経っているだろうかってくらい延々と二人は服を吟味してキャイキャイして次々と手にする服を入れ替えていく。俺は輪の中に入れず眺めることしかできない。二人だけの空気というか空間というか。女性用の服屋にいるせいで恥ずかしいのもあったんだろう。
けど、そうして眺めていると少しずつ安心してくる。まりあちゃんという同年代の友達と一緒にいるれみは、歳相応のやりとりをして女子高生らしい姿だから。俺といるときのれみとギャップがありすぎて最初は驚いたけど。
「どうしたんですか? 私たちを見つめて」
いかん。れみに気づかれた。なんとなく顔を背けて明言を避ける。
「ちょ、れみ。察してあげたらどうスか?」
まりあちゃんが助け船を出してくれて助かった。ごにょごにょと耳打ちをして、そしてれみが冷たい蔑む視線を。何故に?
「いやらしいです。不潔です」
なにが?
「けど、恋人して彼氏の要望に応えるのも彼女の責務スよ? それが普通スよ?」
「なら仕方ありませんね。どうぞお願いします」
不穏なやりとりだし、どうぞと言われてもなにを求められているのかわからない俺は目を丸くするしかない。
「なにをやっているんですか? 早く私に似合いそうな服を選んでください。あなたがそうしたいように」
どうも二人は勘違いをしているみたいだけど、ここで否定するとめんどくさいことになる。だから曖昧な笑いで従うことにした。とはいえファッションに詳しいわけでもこだわりがあるわけでもない。自分で買いにくるときはまだしも、恋人(嘘設定)の服を選んだことなんて皆無。いろいろ服をれみの体の前で合わせたりイメージしてみるけど、だめだ決められない。
「じゃあこれとこれならどっちがいいスか?」
片方は清楚なかんじ。もう片方は露出が多め。俺としては露出が少ないほうを選びたいけど、う~ん。難しい。自分のだとパッと決められるのに、女性のを選ぶのがこんなに困難だとは。
「あ~あ、パイセン優柔不断は嫌われるっスよ?」
「だってしょうがないだろ。れみはなに着ても似合うんだし」
「・・・・・・・・・え?」
れみはスタイルがいいし、贔屓目でなくても顔立ちが整っている。だからどんな服でも着こなせるだろう。だからこそどれを選ぶかっていうのが難しいんだ。
「うわぁ、パイセンすごいスね。ナチュラルに惚気るとか」
「惚気? どこが?」
惚気じゃなくて偽らざる本音、真実を述べただけだ。
「しかも自覚なしとか。ほられみだって見てください」
「え? なんですか? 別になにも聞こえませんでしたけど?」
促されるけど、れみは俺たちとは違うほう、明後日のほうに体ごと向けてしまっている。え、怒ってる?
「じゃあ聞き方変えるスね。パイセンはどういう服が好みでどういう服をれみに着てほしいスか?」
好みの服。着てほしい服。その二つを連想して、パズルのピースを当て嵌めていくようにカチリカチリとはまって一着の服を選べた。
「これなんてどうかな」
「へぇ~。パイセンはこういうのがお好みなんスねぇ~。ほぉほぉ~」
「私にこれを着てほしいんですか。こういう服がいいんですか」
二人はそれぞれ違った反応をしているけど、なんだか良い気がしない。センスを貶すような反応で、自信をなくしてしまう。
「では一回試着してきます。彼氏の俺色に染めてやるぜ! という気持ちと自分好みの服を着た彼女を視姦したいという身勝手で気持ちの悪い恋人の気持ちを嫌々汲むのは不本意ですがそれが普通なので仕方ありません」
「待てどういうことだ!」
呼び止めようと試みたけど、れみはさっさと試着室のカーテンを閉めてしまう。聞き捨てならなかったけど、入るのも開けるのも、声をかけるのも躊躇われてしまう。
「れみ、なんだか変なこと口走ってたけどどうしたんスかね?」
今にも爆発しそうなほど顔を膨れさせているまりあちゃんは、笑うのを必死で堪えている感みえみえ。わざとやってんのかってくらい。絶対この子確信犯。れみが勘違いしていることを知っている上で楽しんでいる。どいうことか聞こうとしたけど、あっという間に着替えたれみがカーテンを開けた。
「どうですか?」
「ああ、似合っているよ」
「そうですかじゃあ今日はこれを買います。不本意ですが」
言い捨てるとれみはまた試着室に引っ込む。そして着替えて出てくると俺への不平不満をぶつけてくる。「まったくこれだから男の人は」「この服を着たまま楽しんでやるぜぐへへ・・・・・・とか妄想しているんでしょう」「もしくは一枚一枚俺の手で脱がしていくのも楽しむんでしょう。そうやって興奮するんでしょう」「今後はそういう変態チックなところも矯正するかどうか検討します」と言い続けている。
「いやぁ、あんな嬉しそうなれみ新鮮スねぇ」
「どこが? プリプリ怒ってるじゃん」
「パイセンは付き合ってまだ時間がないスからわからないんでしょうけど、私たちは長い付き合いスからねぇ」
なんだろう。ちょっと妬ましい。
まりあちゃんも服を選んで、次に移動・・・・・・・・・することになったけど逃げだしたくなった。なんでってそれは下着エリアだったから。さっきよりも羞恥心が強くなる。しかも男俺しかいないし。他のお客さんも店員でさえ俺をじろじろと睨んでいる気がするし。
できるだけ早く終わらせてくれ、と願ってやまない。
「では早く選んださい」
Padun?
「まさかお前俺に下着を選べと!? 正気か!?」
「い、いいから早く選んでください。恋人同士ならこれくらい普通でしょう。まりあが見ていますし」
たしかに仲のいい恋人なら普通かもしれない。けど、彼氏レベルがゼロな俺にはあまりにも酷だ。ここで拒否したらまりあちゃんに疑われて嘘だとばれる。進退窮まるとはこのことか。
「ん? どうしたんスか? いつもみたいにやらないんスか?」
この子は・・・・・・・・・! 煽っているのか純粋なのか・・・・・・・・・! ええいままよ!
ある種開き直った俺は覚悟を決めて下着を選ぶ。俺は恋人れみの恋人、恋人と一緒に下着を買いに来たと言い聞かせ続けながらまず一枚目。レースのあしらわれた純白なタイプ。少しくっきりとした形のセクシーな黒いやつ、きわどいTバック状の赤いやつ。ガーターベルト、すけすけのネグリジェ。それぞれ着たれみを連想して、倒錯的な恥ずかしさと興奮で頭がおかしくなりそう。だめだ、どれも過激すぎる。目に毒すぎてまともな判断ができない。もっと目に優しいものはないのだろうか。
「あ、これはいいんじゃないか?」
俺が選んだのはかわいらしいデフォルメされた動物がプリントされたもの。うん、これなら安心。目に優しいし、こういうの履くとしても緊張しないし。
「「・・・・・・・・・・・・」」
「あ、こいつとこいつもいいんじゃね?」
毛糸で編まれたパンツは冬なら暖かいだろう。それにスポーツブラだって使いやすくていいはず。それと女児アニメとか作品のキャラクターが描かれているやつも、昔履いてたはず。
「どういうことですかこれは・・・・・・・・・」
あれ、なんだかれみの様子がおかしい。いつも以上に怒っていて、迫力があってこわい。
「こんな子供用のものが私にふさわしいと? 似合っていると? 履いてほしいと? 私を子供だと?」
「いやいやいや。違うよ? 俺は高校生らしいさが。それにこういうの好きだろ?」
「小学生で卒業したんです。ふざけないでください」
言い訳をすればするほど、火に油を注ぐ結果に。怒りもヒートアップしていき、俺とれみの距離もズイズイと詰められて逃げ場がない。慎重さかられみが至近距離で見上げてくるアングルになるけど、それにしても迫力と圧が強すぎてたじたじになってしまう。
「まぁまぁれみ。こういうのが好きっていう男の人もいるらしいっス。それに、ギャップ萌えを狙ってるんじゃないスか?」
そこでまりあちゃんが間に入って引き剥がしながらアシストをしてくれる。グッジョブ。
「ギャップ燃え? どういうことですか?」
「つまり絶対にれみが履かないものを履かせるのが好きってことっス」
「・・・・・・・・・・なるほど。大学生ともなれば普通では物足りないということですか。私がこういう下着を履いているのに燃える、つまりは興奮するということですか。さすがです。変態」
「勝手に二人で納得して勝手に決めつけて勝手に変態扱いしないでください!」
「つまりパイセンは高校生、いや中学生のときに普通の下着を履いている人には興奮できなくなったってことになるっスよね? それだけの経験をしてきたってことっスよね?」
「どれだけ爛れた学生時代だったんですか。不良です。変態です。矯正です」
「お願いだから少しは話を聞いてくれない!?」
そんな疲れたやりとりを交して、店を後にする。れみが下着を買ったのかどうかは・・・・・・・・・察してほしい。それからまだ少し時間があまっているので、駅まで散策することに。まりあちゃんが朗らかに質問したり明るい感じで話題を振ってきてくれて、楽しい時間になっている。れみもいつもと違って楽しそうにしているから、やっぱり仲良しなんだなって嬉しくなった。
「あ、れみ。ちょっとガシャガシャやってもいいスか?」
「またまりあは」
小さい子供のように、まりあちゃんはガシャガシャをやりだす。れみは呆れながら、別の筐体をじっと眺める。もしかして、れみはあれがほしいんだろうか。小さい頃はよく一緒にやってたっけ。俺が当てたロボットのキーホルダーほしいって駄々をこねて、しょうがないから俺のをあげたんだ。あの頃と比べると、我慢できるようになったってことなのか。自制しているのか。なんにしろ、横顔からは成長をかんじる。
「兄さん。手を繋ぎましょう。それも貝殻繋ぎで。恋人なのに貝殻繋ぎしないのは不自然です」
「いや、恋人でも貝殻繋ぎするのはごく一部なんじゃ」
「繋ぎ方でラブラブさや親密さを推し量ることは可能です。兄さんが私にぞっこんに惚れ込んでいるイチャイチャカップルと信じさせるには、貝殻繋ぎしかありません」
「ぞっこんに惚れ込んでいる設定重要かな!?」
気恥ずかしさがあって中々首を縦に振れない。二人でやっていることがまりあちゃんに伝わったのか。
「なにしてるんすか?」
「いえ別に」
れみは咄嗟だったのか。脇の下に腕ごと突っ込んで絡みつかせる。そのまま右手で左手を掴む。腕を組む+貝殻繋ぎという難易度高めのことを。そのまま歩きだそうとするけど恥ずかしがっているのか膝が曲がらず固い足どりで、手と足を同時に出す。さながらロボットのよう。俺は俺でれみの体が密着しているせいで胸が当たっているから照れてしまう。
「二人とも、なんか歩き方ロボットみたいっスよ?」
どうやら伝播していたらしい。微妙に歩きにくいしタイミングも歩幅も合わない。逆に怪しまれたんじゃ。
「あ、あそこにクレープ屋があるぞ! 少し休もう!」
ちょうどいいタイミングで移動販売をしているクレープを発見。これ幸いにと二人を誘って、そのまま買って手頃なベンチで休憩していたんだが、れみは腕を解放してくれない。
「兄さんのはバナナクリームでしたよね」
「ああ、そうだけど」
「じゃあ一口ください」
「っ!?」
そう言うとれみは目を閉じて口を開ける。 意図が汲めないでいるとれみに肘打ちを喰らった。
「こ、恋人は普通食べさせあいっこをするものだと。まりあの前ですることで恋人であると証明できます」
そこまでしなくても・・・・・・・・・。れみは躊躇っている気配を敏感に感じ取ったのか早くしろと視線で急かしてくる。しかたなしに、差しだす。
「ほら、れみあ~ん」
「あ、あ~んです
まりあちゃんに気づかれやすいように大声でわざとらしく。言い出しっぺのれみは頬を少し染めながらおずおずとはむはむとクレープを食べていく。なんだかその姿がハムスターみたいで和んだ。
「兄さんのクリームとバナナ、とってもおいしいです」
変な誤解されそうだからあまり言わないでほしい。
「ん? れみ、クリームついてるぞ」
れみはどこかわからないようでしきりにティッシュで口を拭ってるけど反対だし当たっていない。微笑ましくなって自然な流れで、俺が拭いてしまった。懐かしくなった。小さい頃と重ね合わせて、つい長い時間やりすぎてしまう。他にもついている箇所はあったし。れみはもごもごとしながらさっきよりも明らかに恥ずかしがっている。なにが恥ずかしいんだろう。昔は普通のやりとりで喜んでいたのに。
「なんか恋人っていうよりも兄妹ってかんじっスね」
ギク! おもわず身構える。まずい、やりすぎてしまった。
「いえ、これは序の口です。ここから激しく過激になっていくのです。それが私たちカップルの普通なのです」
れみは自らのクレープに指を突っ込む。そしてチョコレートをたっぷりの指を差しだしてくる。
「はい、あ~んです」
こいつなにしてんの。テンパりすぎて自分がしていることわかっていないんじゃないか。流石にこれを舐めたり口に入れるのは・・・・・・・・・だめだろ。
「お願いです。あ~んしてください」
れみの顔はまりあちゃんから見えていない。切羽詰まったかんじに義兄心を刺激された俺は、仕方なく・・・・・・本当に仕方なく・・・・・・・・・れみの指を咥えた。
一体俺はなにをしているのか。頭が沸騰しそうだ。シチュエーションと行為のいやらしさでぐわんぐわんと脳が揺れてまともな思考ができず、義妹の指についたチョコを舌で舐めとる作業のみを一心不乱にしつづける。くすぐったいのか、れみはしきりに体をふるわせくねらせ、時折大きく反応する。切なそうな声を喉で必死にとめているのが逆に扇情的で瞳も潤んでいる。体勢が辛いのか、右手を俺の左胸に置いた。
舐め終わって、口腔かられみの小さくて細い指が抜き取られた。唾液が線上になって垂れて、ぷつんと途切れた。唾液でぬめぬめの指は太陽光に反射して、艶めかしい。
「ドキドキしていますね」
手から心臓の鼓動をかんじとったのか。自覚がある俺には反論できない。
「妹の指を舐めて、興奮したんですか?」
否定するべきだったのに、声が出なかったのはまだ余韻が残っていたから。それとれみの荒い息と汗をかいている表情が、どうしようもなく女としての表情でしかなくて釘付けになってしまっているから。
「さっきのお返しです」
ここまでやるのはまりあちゃんを信用させるためか。それともれみの意地なのか。とにもかくにも。いけないものを見てしまったと恥ずかしがって手で顔を覆い、けどしっかり指の隙間からばっちり確認しているれみちゃんの反応から必要なことだったんだと、妹のためなんだと必死に自分に言い聞かせた。
「いやぁ、ありがとうございましたっス。パイセン」
そうこうしている間に、まりあちゃんが帰る時間がやってきた。最初はどうなるかと不安だったけど、なんとか乗り越られたと胸を撫で下ろす。
「私も恋がしたくなりましたっス。けどれみのあんな姿とか表情見れるなんて、よっぽどパイセンのこと好きなんスねぇ」
「れみっていつもはあんなかんじじゃないのか?」
「ええ。もっと静かだし穏やかだし。あんな風に感情的になったり人間性だしたりするのなんて皆無っス」
人間性って、仮にも友達に対して。けど、それだけ必死だったってことか。よっぽどまりあちゃんのことが大切な友達なんだな。
「あ、そうだまりあちゃん。最後なんだけど」
「はい?」
「もしかして今日れみのこと尾行したんじゃないか?」
ピシ。表情が石のように固まった。
「どうしてそう?」
「まぁなんとなくかな」
まりあちゃんがここに来る理由がわからない。本人も最初明言しなかった。それに、スーパーで買い物しているとき俺たちを観察していたって趣旨の発言をした。なのに話しかけてきたときは偶然見つけたって言い方。矛盾している。この子の性格からするとすぐにれみに話しかけにいったんじゃないだろうか。そこから違和感を覚えた。
それに、一度買ったものをアパートに置きに行ったとき。まりあちゃんは初めて通る道なのに知っているような素振りで歩いていた。俺たちに案内されてたからってのはあるかもしれないけどそれにしても足どりがしっかりしていた。
「いやぁパイセンお見事っス。探偵になるべきっスよ」
タハハ、と掲示板と時計で電車が来る時間を把握しているれみをチラ見し、一歩俺に近づいた。
「れみ、最近遊んでくれなかったんス。課題とか自由研究とか一緒にやろうって夏休み前は約束してたのに。用事があるって言われて断られること増えちゃって。でも具体的には教えてくれなくて。ずっともやもやしてて。今まで秘密とかなかったのに。それでアポなしで家に行ったらちょうどれみが出掛けるところだったんで、気になっちゃって。そしたらパイセンのアパートに入っていったり二人で出てきて驚いたっス」
俺のことで、友達付き合いに影響を与えている。純粋な興味と友達を心配して、そして少しの嫉妬もあったんだろう。この子を責めることはできない。それだけれみのこと友達だっておもってくれてるんだから。
「その、すいませんス。尾行なんてしちゃって。軽はずみだったって反省してるっス」
「いや、俺が悪いんだよ。れみには内緒にしておく」
「けど、安心したっス。パイセンと一緒にいるれみ、本当に幸せで自然で、前からの知り合いっぽくて。なんというか本当に好きなんだってわかったっス。そうじゃなきゃ通い妻になんてならないし」
きっとその好きっていうのは三人とも違っている。通い妻になっているっていうのも。元義理の兄妹で、今まで会っていなくて俺のところには生活を矯正するために通っていると教えたらこの子はどんな顔をするだろう。せっかくの努力を水の泡にしてしまうからできないけど、想像すると嘘をついた事実が今更ながら重くのし掛かる。
「これからも、れみのことよろしく」
「お父さんスか!」
そんなやりとりを不思議そうに眺めているれみに、適当にごまかしていると電車がきた。
「じゃああっしはこれにておさらばするっス。今度はもっとすごい自慢話とかイチャイチャとか期待してるっス」
また来るんかい。心の中でツッコんだだけに留めて、見送った。
「いい友達を持ったな」
「そうでしょうか」
「そうだよ。それと、友達のことも放置しちゃだめだぞ。たまには二人で遊んだりして」
「そう言って私が矯正しにくるのを減らそうって魂胆では?」
「そうじゃねぇよ。むしろずっと来てほしいくらい」
「向上心がないんですか? 自分の生活を改めるつもりがないんですか? いつまでも私に頼りきりになるつもりですか? それでも年上ですか? これだから兄さんは」
夕焼け空。影が細長く伸びた道。温い暑さを多少吹き飛ばすそよ風。人の波が増えていく感傷的な風景に、慣れた距離感と会話が心地いい。不意にれみと恋人のように振る舞っていた記憶が蘇って。必死で消そうとまた躍起になる。
「そうだ。これ。もしよかったら」
小さいキーホルダー状のデフォルメされた人形をさりげなく。
「これは? なんですか? 」
「いや、さっきまりあちゃんがガシャガシャやってたときちょっとな」
最後筐体から離れるとき、一回だけやっていたのだ。時間がなくて一つしか手に入らなかったけど。それをプレゼントって大仰に受取られると恥ずかしくなる。
「プレゼントということですね。兄さんから私への。ありがとうございます」
「そんなおおげさなものじゃないって。安物だし」
「値段は関係ないとおもいます。意図は不明ですけど私は人からの贈り物を頑なに拒む頑迷ではありません。それよりこんなことにお金を使う兄さんの金銭感覚を矯正する。使命感を忘れさせないためのアイテムとしてもらっておきます。正直趣味じゃないですが」
渡したことをちょっと後悔・・・・・・・・・ってちょっと待て。
「今趣味じゃないって?」
「ええ。自分が知らない作品なのかどんなキャラクターなのか知らないですし、デザインも好みではありません。キモいです」
「えええええええ!? いやいやいや! じゃあなんでこの筐体眺めてたんだ!」
「ああ、これあの筐体のですか。いえ。今はこういうものが流行なのかと。どうしてこんなものがはやっているのか不思議で見ていただけですけど」
「うわぁ・・・・・・・・・」
勝手な勘違いをして、恥ずかしい。しかも好みじゃないとかへこむ。
「もしかして、私がほしがっているとおもって買ったんですか?」
「うん。そうだよ」
「・・・・・・・・・・・・兄さんは兄さんですね」
そのままキーホルダーを顔の近くまで持ちあげてずっと小さく揺らし続ける。金属部分が擦れ合って鈴の音に近い心地よさを反響させている。その音を楽しんでいるみたいな素振りで、感慨深げに見つめる。そのままオレンジ色の空をバックにして歩きだす。
「変わったけど、変わってないです」
「なんだよそれ」
「不本意ですが。兄さんが私のためだけに。私のことだけを想って心を込めて買ってくれたのですから無下にはできません」
「いや、なにもそこまでのことじゃないし」
「 は い ?」
「いやなんでもない。そういうことで」
「まったく、兄さんはどうしようもない人です。妹である私にそんなものをプレゼントしてくるなんて」
口では悪く言っていても、なぜだろう。どこか鼻歌でも歌い出しそうな軽快さで声音が弾んでいる。
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