旦那様は魔法使い 短編集

なかゆんきなこ

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もしもクレス島にハロウィンがあったら カル&ジェダ編

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 「うー、なんで、よりにもよって、女装にゃんだ…」
  黒猫カルはがっくりと項垂れて、自分の纏う衣装を摘まむ。
  真っ黒いワンピースに、黒いブーツ。
  背中には真っ黒い蝙蝠羽。
  頭の黒い猫耳と、お尻の猫尻尾はそのままだが、カルは「悪魔」の仮装をしていた。
 「クジで決まったんだから、しょうがないにゃん」
  真っ白い髪の毛をふぁさりと掻きあげて言うのは、白猫ジェダ。
  彼はカルと対をなすように、白いワンピースに白い靴。背中に真っ白い鳥の羽をつけて、頭には猫耳の他に金の輪もつけている。「天使」の仮装だ。
  彼らが仕えている魔法使いサフィールの奥方、アニエスが猫達に用意した仮装の中で、女装に当たるのが三つ。クジで見事、その中の二つを当ててしまったのが、カルとジェダだった。
  ジェダはこの装いを気に入っているが、カルはスカート姿が落ち着かないらしく、さっきから元気が無い。
  いい加減諦めて楽しめばいいのにと、ジェダは思った。
 「いいから、行くにゃん」
  ジェダがカルの手を引いて、ずんずんと街の中を歩いて行く。
  道行く人々は可愛らしい天使と悪魔の姿に目を細め、「可愛いー」と囁き合った。


 「にゃっ!! なんでよりによってここに来るんだお前!!」
  女装姿に落ち込んでいる間に、ぐいぐいと引っ張って来られた先は坂の上。
  この島の領主、クレス伯爵の館だ。
  カルが絶対に近付きたくない場所。カルの天敵がいる場所である。
 「馬鹿だにゃぁ、カル。この島でいっちばん豪華な物をくれるのはここの人にゃん。他の子供達に全部持ってかれる前に、先に大物から攻めるのにゃん」
  あざとい…。カルは思った。
 「おっ、お前一匹で行けにゃっ。俺は…俺は別に豪華なお菓子なんていらないにゃっ」
 「ダーメ。今日の僕は不本意だけどお前と対にゃの。お前と居た方が僕の可愛らしさが引き立つにゃん。それに、今は伯爵はこの島にいないから大丈夫にゃ」
 「…ホントか?」
 「にゃっ」
  ジェダは自信満々に頷く。
  伯爵が居ないなら、あの男…。カルの天敵であり、伯爵に使える従者のカサスもいないはずだ。
  カルは渋々頷いて、「わかったにゃ…」と言った。
 「んにゃっ。じゃあ、行くにゃ…」
  ジェダはカルの手を引いて、ずんずんと領主館の敷地内を進む。
  そして大きな扉を、その小さな手でコンコンと叩いて、言った。

 「「トリック・オア・トリート!! お菓子をくれなきゃ悪戯するにゃん!!」」

  ギイ、と音を立てて、領主館の扉が開く。
  そこに立っていたのは、子供達にお菓子を渡すべく、待ち構えていた執事でも、メイドでもなく…。
 「お…おおおおおう…。か…、かわいいいいい!!!」
  ふるふると身体を震わせて実悶える、若い男。
 「!!??」
 「かわいいいいいい!!! なにこれかわいいいいいい!!! 悪魔!? 悪魔なの!? こんな可愛い悪魔見たことねええええええ!!!!」
  明るい茶色の髪の、領主の従者カサスであった。
  カサスは絶叫を上げながら、茫然と立ちすくむカルに飛び付き、その頬にすりすりと頬ずりする。
 「悪戯するにゃん、って、もう!! もう超可愛いんスけど!! 悪戯して!! 俺、カルちゃんにならナニされても本望だからっ!!!」
 「なっ、ななななんでアンタがここに…」
 「えっ? 島の人にさ~、今日ハロウィンのイベントするって聞いたからさ~。ご主人サマが「ジェダ君の仮装は見逃せない!!」って叫んで、仕事ほっぽってこっち来ちゃって~。でもマジ感謝だわ。こんな可愛いカルちゃんに「悪戯しちゃうにゃん☆」なんて言われて俺幸せ~!!」
  言ってねー!! 「悪戯しちゃうにゃん☆」なんて言ってねー!!
  と、カルはカサスの腕の中で思った。絶望しすぎて抵抗する気力が無い。
  というか誰だこの主従に余計な情報を与えたのは!!
 「ふっ、ふふふふふふふふふふふ!!」
  そして、カルをぎゅうぎゅうと抱きしめて離さない従者の主。
  クレス伯爵、エドワード・クレスは。
 「なんて美しいんだジェダ君!! 君はまさに地上に舞い降りた天使!!」
  ジェダの前に跪いて、そう叫んでいた。
 「君にはやはり白が良く似合う。君以上に美しくて愛らしい天使はいないよ!!」
 「伯爵様、いいからお菓子をちょうだいにゃん」
  ジェダはエドワードの熱の籠った褒め言葉にもしれっとしたもので、早くお菓子をよこせと手を出した。
  そのつれなさがまた良いのだと、エドワードは一人悦に入る。
 「もちろん!! 君達用に特別に用意したお菓子があるんだよ」
  言って、エドワードは綺麗にラッピングされた箱を二つ、ジェダに手渡した。
  背後には他に、キャンディの袋がいっぱい入った籠もあるから、確かにジェダ達用に特別に誂えていた物らしい。
 「王都で今一番人気のショコラティエが作った、チョコレート菓子だよ。宝石のように美しくて、蕩けるように美味しいと、評判なんだ」
  ふっふっふと得意げなエドワード。
  しかしジェダは、これまでエドワードが見たこともないような顰め顔で、言った。

 「馬鹿じゃにゃい? 僕達は猫だから、チョコレートは食べれないにゃん」

  ビシイッと、エドワードとカサスに衝撃が走る。
  そんな、そうなの? 猫って、え? と二人は顔を見合わせた。
  二人とも猫を飼った経験が無いので、猫の食べられない物、という知識が欠けているのだ。
  ハロウィンイベントへ参加すると、王都の館を飛び出し、カサスと二人で「ジェダ君とカルちゃんには特別に、最高のお菓子を用意しよう!!」なんて張り切って、色んな菓子屋を回って選んだのに!! 
  がくっと膝をつく主従を尻目に、ジェダは「まあ、これはご主人様達へのお土産にするかにゃ…」などとちゃっかりチョコレート菓子の箱を持ちつつ、籠の中にあるキャンディの袋を二つ手にとって、疲れ果てているカルの手を引き、館を出た。

 「まったく。僕のことが好きなら、もっと僕の事をわかっておいてほしいにゃん」

  ジェダはそう文句を言いつつ、カルの手を引いて街へ繰り出した。
  まだまだ街には、美味しいお菓子が待っているにゃん、と思いながら。

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