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~君を想う5つの情景 より~
三、高く澄んだ淡い空
しおりを挟む「春の空が好きです」
と千鶴さんは言った。
夏の蒼い蒼い空に、真っ白な入道雲が浮かんでいるのも好きだけれど、と。
秋の、赤と黄金の夕暮れも好きだけれど、と。
冬の夜の、しんと澄み切った空も好きだけれど、と。
春の空の、他の季節よりも淡い水色が好きなのだと。
風に花の匂いが乗って、温かな陽射しが降り注ぐ。
そんな春の晴れの日が好きだと、彼女は言った。
今日はまさしくそんな、春の快晴の日だ。
千鶴さんは庭に出て、物干に洗いたての白いシーツを掛けながら、時折ぼうっと空を見上げている。
猫のように目を細め、ん~、と体を伸ばし。
春の風に吹かれている。
俺はそんな彼女を、縁側に座って眺めていた。
傍らには、ここで読もうと持ってきた本が積まれていて。
手にももちろん本があるが、先ほどからページよりもつい、彼女の姿を追ってしまう。
ぽかぽかと温かい陽射しが降り注ぐ、縁側。
千鶴さんは洗濯が終わったら、よくここで昼寝をするのだそうだ。
座布団を二つに折って、それを枕にころんと転がれば。
あっという間に寝入ってしまうのだと、彼女ははにかみながら笑った。
「…………」
俺は開いていた本をぱたり、と閉じて立ち上がり、台所に向かった。そろそろ千鶴さんの洗濯が終わりそうだったので、二人で飲もうとお茶を淹れに行ったのだ。
そして二人分の緑茶を淹れて縁側に戻れば。
千鶴さんはぼうっと、空になった洗濯籠を手に空を見上げていた。
いや、魅入っているのだろう。
猫がある一点をじいっと見つめ続けるように、彼女もまた、春の空を見つめていた。
春の空に、彼女は一体何を想っているのだろうか。
それとも、何も考えずただ魅入っているのだろうか。
ああでも、そんな風に空を見続けていたら……
「千鶴さん」
俺は踏石に置いてある下駄を履いて庭に降りた。
「そんなに上ばっかり見ていたら、首が疲れてしまいますよ?」
「はっ。す、すみませ……」
彼女は慌てた様子で俺に視線を向けるのだが……
「あうっ」
「…………」
いったいどれだけ空を見上げていたのか。
彼女は痛そうに、首を押さえている。
ああだから、いわんこっちゃない。
「……一休みして、お茶でもどうです? 空を見るのは、またそれから」
「うう……。申し訳ないです……」
空を見過ぎて首を痛めるなんて、馬鹿みたいですよね、と彼女は言う。
いいえ、俺はそうは思いませんよ。
ああでも、どうせなら……
「今度は二人で寝転んで、空を見上げましょう。そうすれば、もう首は疲れませんよ」
あなたと二人、縁側に寝転がって。
春の空を見上げていたい。
あなたと二人で見上げる空はきっと、きっと。
それはもう、綺麗だろうから。
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