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Tea Time 9
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「ども、お邪魔します~」
元外相である武人の祖父と陵雲学園理事長である奈央の父が同窓で無二の親友であったことから、奈央と長谷川二兄弟の頃はもとより、それぞれ結婚して独立してからも今度はその子供たち同士がという具合に、長谷川家と城島家はもう半世紀以上親しく行き来している。
学園で教師をしていた奈央の夫は同僚の若い教師と駆け落ち同然で家や学園から出て行った。
そんな奈央に、得意な料理をみんなに披露したらどうかと奈央に薦めたのが長谷川元外相だった。
とっくに追い出した夫のことなどきれいさっぱりで、美央と志央の二人の子供たちとの生活を楽しみつつ、財界政界の有閑マダムたちを相手に始めた料理教室は口コミで評判となり、奈央は料理教室を自宅から広尾に移して活躍の場を広げた。
ところが降ってわいたような出来事が奈央をどん底に叩き落とした。
事故で美央を唐突に失ってからというもの、奈央は生きる術までもどこかに追いやってしまっていた。
あまりに美央そっくりの息子の志央を避けるかのように一時は傷心のまま海外で過ごしたりしていた奈央だが、最近ようやく自分の悲しみに精一杯で息子の志央を放りっぱなしにしてきたことを悔いるくらいはできるようになった。
ただ、もし幸也という存在がいなければ志央の心がどれだけ危うかったかなど、奈央には推し測ることはできなかったのだ。
出版社の取締役となっていた武人の父のつてで料理本を出してからというもの、奈央のその美貌も手伝ってあっという間にファンが増えた。
テレビにもちょくちょく顔を見せるようになると、今度は広尾の教室とは別に用賀にこのイギリス風な家を建てて住み、撮影などに使うようになった。
頑固な父は鎌倉の屋敷に住んでいるが、かつては奈央とその家族の幸せな生活があった陵雲学園にほど近い大きな家には今、息子の志央が独りで住み、城島家はバラバラになってしまった。
が、最近、ようやく美央を失った悲しみを志央と共有できるほどに母子の絆が改善されつつあった。
城島家の中にのっそり入ってきた図体の大きい、しかし気の良さそうな志央の後輩がそれにちょっと手を貸したともいえよう。
でかい図体の割に気のよさそうな男、藤原七海という。
七海は志央を乗せてバイクでやってきて、「うまいっす、これ、メチャうまいっす!」と奈央の手作りの料理をあっという間にバクバク平らげるかと思えば、あげくには奈央の料理教室にもちょっと通ったりして、一躍教室の生徒の間でも人気者となった。
七海が潤滑油の役割のようになって志央と奈央の間にあったわだかまりを少しずつ消していった。
これからやってくる「あいつら」とはその七海と志央である。
奈央がお菓子の本を出そうかしら、と言い出したときたまたま傍にいた武人が、じゃ、今度ぜひうちの会社でと提案し、武人がバイトしている光榮社に企画を持ち込んだ。
光榮社といえば現在父親が社長を務める新洋社から枝分かれした大手数社につぐ出版社である。
時々武人が仕事をもらう女性誌の編集部から単行本として出すことになったものの、大半をモデルを使ってゆったりとしたティータイムを演出したいという奈央の提案は、料理本という性質上、モデルにかかる費用とか撮影費を考えると無理だと編集部からダメ出しされ、奈央はじゃあやめると言いかねなかった。
焦った武人が考えた苦肉の策が、奈央と志央を使うという案である。
ついでに奈央の料理教室に通っているという七海も登場させ、庭で優雅にお茶をする奈央と志央親子、そこへエプロンをつけた七海がケーキを運んでくる、という設定だ。
ついでに武人に推されて、奈央もネットで動画配信も始めたところ、あっという間にフォロワー数が増えたことも踏まえて、ようやく編集長のGOサインが出た。
「ほんとに、モデルとかじゃないの? 彼?」
「イケメンってよりすんごい美形!」
「あの親にしてこの子ありって感じね~」
いや、編集部の面々が騒ぐこと、どうやら志央の写真が一番功を奏したらしかった。
もちろん武人が携帯で動画も撮っている。
料理本の発売予告として編集して配信するつもりだ。
カメラマンやライターが到着する前に、志央や七海を準備させようと先に待ち合わせをしたのだが、実は急遽浮上したもう一つの思惑が武人にはあった。
それは数日前に遡る。
志央と七海にそれぞれ時間の打ち合わせのために連絡を入れた時のことだ。
「さっき志央にも念を押しといたが、遅れないように、首に縄つけてもやつを連れてきてよ、頼むよ~ ナナちゃん」
『ラジャー』
念を押す武人に笑いながら七海が答える。
「あっと、それからさー、今度みんなで陵雲学園生徒会のOB会やんない?」
『それはいいっすけど、タケさん、陵雲じゃないでしょーが』
「ま、ま、かたいこと言わず俺も混ぜてよ。幸也も帰ってきてるし、勝浩と志央とナナちゃんと……」
『ちょ……まっ………! 幸也って、長谷川さん帰ってきてるんですか? いつ? あ、その前にタケさん、何で幸也さんのこと知ってるんすか?』
「ありゃりゃ~、え、じゃ何も、聞いてないの? 勝っちゃんからも?」
『勝浩からって、何で………?』
よもや幸也が帰ってきていることを七海が知らないとは武人も思っていなかった。
元外相である武人の祖父と陵雲学園理事長である奈央の父が同窓で無二の親友であったことから、奈央と長谷川二兄弟の頃はもとより、それぞれ結婚して独立してからも今度はその子供たち同士がという具合に、長谷川家と城島家はもう半世紀以上親しく行き来している。
学園で教師をしていた奈央の夫は同僚の若い教師と駆け落ち同然で家や学園から出て行った。
そんな奈央に、得意な料理をみんなに披露したらどうかと奈央に薦めたのが長谷川元外相だった。
とっくに追い出した夫のことなどきれいさっぱりで、美央と志央の二人の子供たちとの生活を楽しみつつ、財界政界の有閑マダムたちを相手に始めた料理教室は口コミで評判となり、奈央は料理教室を自宅から広尾に移して活躍の場を広げた。
ところが降ってわいたような出来事が奈央をどん底に叩き落とした。
事故で美央を唐突に失ってからというもの、奈央は生きる術までもどこかに追いやってしまっていた。
あまりに美央そっくりの息子の志央を避けるかのように一時は傷心のまま海外で過ごしたりしていた奈央だが、最近ようやく自分の悲しみに精一杯で息子の志央を放りっぱなしにしてきたことを悔いるくらいはできるようになった。
ただ、もし幸也という存在がいなければ志央の心がどれだけ危うかったかなど、奈央には推し測ることはできなかったのだ。
出版社の取締役となっていた武人の父のつてで料理本を出してからというもの、奈央のその美貌も手伝ってあっという間にファンが増えた。
テレビにもちょくちょく顔を見せるようになると、今度は広尾の教室とは別に用賀にこのイギリス風な家を建てて住み、撮影などに使うようになった。
頑固な父は鎌倉の屋敷に住んでいるが、かつては奈央とその家族の幸せな生活があった陵雲学園にほど近い大きな家には今、息子の志央が独りで住み、城島家はバラバラになってしまった。
が、最近、ようやく美央を失った悲しみを志央と共有できるほどに母子の絆が改善されつつあった。
城島家の中にのっそり入ってきた図体の大きい、しかし気の良さそうな志央の後輩がそれにちょっと手を貸したともいえよう。
でかい図体の割に気のよさそうな男、藤原七海という。
七海は志央を乗せてバイクでやってきて、「うまいっす、これ、メチャうまいっす!」と奈央の手作りの料理をあっという間にバクバク平らげるかと思えば、あげくには奈央の料理教室にもちょっと通ったりして、一躍教室の生徒の間でも人気者となった。
七海が潤滑油の役割のようになって志央と奈央の間にあったわだかまりを少しずつ消していった。
これからやってくる「あいつら」とはその七海と志央である。
奈央がお菓子の本を出そうかしら、と言い出したときたまたま傍にいた武人が、じゃ、今度ぜひうちの会社でと提案し、武人がバイトしている光榮社に企画を持ち込んだ。
光榮社といえば現在父親が社長を務める新洋社から枝分かれした大手数社につぐ出版社である。
時々武人が仕事をもらう女性誌の編集部から単行本として出すことになったものの、大半をモデルを使ってゆったりとしたティータイムを演出したいという奈央の提案は、料理本という性質上、モデルにかかる費用とか撮影費を考えると無理だと編集部からダメ出しされ、奈央はじゃあやめると言いかねなかった。
焦った武人が考えた苦肉の策が、奈央と志央を使うという案である。
ついでに奈央の料理教室に通っているという七海も登場させ、庭で優雅にお茶をする奈央と志央親子、そこへエプロンをつけた七海がケーキを運んでくる、という設定だ。
ついでに武人に推されて、奈央もネットで動画配信も始めたところ、あっという間にフォロワー数が増えたことも踏まえて、ようやく編集長のGOサインが出た。
「ほんとに、モデルとかじゃないの? 彼?」
「イケメンってよりすんごい美形!」
「あの親にしてこの子ありって感じね~」
いや、編集部の面々が騒ぐこと、どうやら志央の写真が一番功を奏したらしかった。
もちろん武人が携帯で動画も撮っている。
料理本の発売予告として編集して配信するつもりだ。
カメラマンやライターが到着する前に、志央や七海を準備させようと先に待ち合わせをしたのだが、実は急遽浮上したもう一つの思惑が武人にはあった。
それは数日前に遡る。
志央と七海にそれぞれ時間の打ち合わせのために連絡を入れた時のことだ。
「さっき志央にも念を押しといたが、遅れないように、首に縄つけてもやつを連れてきてよ、頼むよ~ ナナちゃん」
『ラジャー』
念を押す武人に笑いながら七海が答える。
「あっと、それからさー、今度みんなで陵雲学園生徒会のOB会やんない?」
『それはいいっすけど、タケさん、陵雲じゃないでしょーが』
「ま、ま、かたいこと言わず俺も混ぜてよ。幸也も帰ってきてるし、勝浩と志央とナナちゃんと……」
『ちょ……まっ………! 幸也って、長谷川さん帰ってきてるんですか? いつ? あ、その前にタケさん、何で幸也さんのこと知ってるんすか?』
「ありゃりゃ~、え、じゃ何も、聞いてないの? 勝っちゃんからも?」
『勝浩からって、何で………?』
よもや幸也が帰ってきていることを七海が知らないとは武人も思っていなかった。
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