Tea Time

chatetlune

文字の大きさ
9 / 19

Tea Time 9

しおりを挟む
「ども、お邪魔します~」
 元外相である武人の祖父と陵雲学園理事長である奈央の父が同窓で無二の親友であったことから、奈央と長谷川二兄弟の頃はもとより、それぞれ結婚して独立してからも今度はその子供たち同士がという具合に、長谷川家と城島家はもう半世紀以上親しく行き来している。
 学園で教師をしていた奈央の夫は同僚の若い教師と駆け落ち同然で家や学園から出て行った。
 そんな奈央に、得意な料理をみんなに披露したらどうかと奈央に薦めたのが長谷川元外相だった。
 とっくに追い出した夫のことなどきれいさっぱりで、美央と志央の二人の子供たちとの生活を楽しみつつ、財界政界の有閑マダムたちを相手に始めた料理教室は口コミで評判となり、奈央は料理教室を自宅から広尾に移して活躍の場を広げた。
 ところが降ってわいたような出来事が奈央をどん底に叩き落とした。
 事故で美央を唐突に失ってからというもの、奈央は生きる術までもどこかに追いやってしまっていた。
 あまりに美央そっくりの息子の志央を避けるかのように一時は傷心のまま海外で過ごしたりしていた奈央だが、最近ようやく自分の悲しみに精一杯で息子の志央を放りっぱなしにしてきたことを悔いるくらいはできるようになった。
 ただ、もし幸也という存在がいなければ志央の心がどれだけ危うかったかなど、奈央には推し測ることはできなかったのだ。
 出版社の取締役となっていた武人の父のつてで料理本を出してからというもの、奈央のその美貌も手伝ってあっという間にファンが増えた。
 テレビにもちょくちょく顔を見せるようになると、今度は広尾の教室とは別に用賀にこのイギリス風な家を建てて住み、撮影などに使うようになった。
 頑固な父は鎌倉の屋敷に住んでいるが、かつては奈央とその家族の幸せな生活があった陵雲学園にほど近い大きな家には今、息子の志央が独りで住み、城島家はバラバラになってしまった。
 が、最近、ようやく美央を失った悲しみを志央と共有できるほどに母子の絆が改善されつつあった。
 城島家の中にのっそり入ってきた図体の大きい、しかし気の良さそうな志央の後輩がそれにちょっと手を貸したともいえよう。
 でかい図体の割に気のよさそうな男、藤原七海という。
 七海は志央を乗せてバイクでやってきて、「うまいっす、これ、メチャうまいっす!」と奈央の手作りの料理をあっという間にバクバク平らげるかと思えば、あげくには奈央の料理教室にもちょっと通ったりして、一躍教室の生徒の間でも人気者となった。
 七海が潤滑油の役割のようになって志央と奈央の間にあったわだかまりを少しずつ消していった。
 これからやってくる「あいつら」とはその七海と志央である。
 奈央がお菓子の本を出そうかしら、と言い出したときたまたま傍にいた武人が、じゃ、今度ぜひうちの会社でと提案し、武人がバイトしている光榮社に企画を持ち込んだ。
 光榮社といえば現在父親が社長を務める新洋社から枝分かれした大手数社につぐ出版社である。
 時々武人が仕事をもらう女性誌の編集部から単行本として出すことになったものの、大半をモデルを使ってゆったりとしたティータイムを演出したいという奈央の提案は、料理本という性質上、モデルにかかる費用とか撮影費を考えると無理だと編集部からダメ出しされ、奈央はじゃあやめると言いかねなかった。
 焦った武人が考えた苦肉の策が、奈央と志央を使うという案である。
 ついでに奈央の料理教室に通っているという七海も登場させ、庭で優雅にお茶をする奈央と志央親子、そこへエプロンをつけた七海がケーキを運んでくる、という設定だ。
 ついでに武人に推されて、奈央もネットで動画配信も始めたところ、あっという間にフォロワー数が増えたことも踏まえて、ようやく編集長のGOサインが出た。
「ほんとに、モデルとかじゃないの? 彼?」
「イケメンってよりすんごい美形!」
「あの親にしてこの子ありって感じね~」
 いや、編集部の面々が騒ぐこと、どうやら志央の写真が一番功を奏したらしかった。
 もちろん武人が携帯で動画も撮っている。
 料理本の発売予告として編集して配信するつもりだ。
 カメラマンやライターが到着する前に、志央や七海を準備させようと先に待ち合わせをしたのだが、実は急遽浮上したもう一つの思惑が武人にはあった。
 それは数日前に遡る。
 志央と七海にそれぞれ時間の打ち合わせのために連絡を入れた時のことだ。
「さっき志央にも念を押しといたが、遅れないように、首に縄つけてもやつを連れてきてよ、頼むよ~ ナナちゃん」
『ラジャー』
 念を押す武人に笑いながら七海が答える。
「あっと、それからさー、今度みんなで陵雲学園生徒会のOB会やんない?」
『それはいいっすけど、タケさん、陵雲じゃないでしょーが』
「ま、ま、かたいこと言わず俺も混ぜてよ。幸也も帰ってきてるし、勝浩と志央とナナちゃんと……」
『ちょ……まっ………! 幸也って、長谷川さん帰ってきてるんですか? いつ? あ、その前にタケさん、何で幸也さんのこと知ってるんすか?』
「ありゃりゃ~、え、じゃ何も、聞いてないの? 勝っちゃんからも?」
『勝浩からって、何で………?』
 よもや幸也が帰ってきていることを七海が知らないとは武人も思っていなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

青龍将軍の新婚生活

蒼井あざらし
BL
犬猿の仲だった青辰国と涼白国は長年の争いに終止符を打ち、友好を結ぶこととなった。その友好の証として、それぞれの国を代表する二人の将軍――青龍将軍と白虎将軍の婚姻話が持ち上がる。 武勇名高い二人の将軍の婚姻は政略結婚であることが火を見るより明らかで、国民の誰もが「国境沿いで睨み合いをしていた将軍同士の結婚など上手くいくはずがない」と心の中では思っていた。 そんな国民たちの心配と期待を背負い、青辰の青龍将軍・星燐は家族に高らかに宣言し母国を旅立った。 「私は……良き伴侶となり幸せな家庭を築いて参ります!」 幼少期から伴侶となる人に尽くしたいという願望を持っていた星燐の願いは叶うのか。 中華風政略結婚ラブコメ。 ※他のサイトにも投稿しています。

すみっこぼっちとお日さま後輩のベタ褒め愛

虎ノ威きよひ
BL
「満点とっても、どうせ誰も褒めてくれない」 高校2年生の杉菜幸哉《すぎなゆきや》は、いつも一人で黙々と勉強している。 友だちゼロのすみっこぼっちだ。 どうせ自分なんて、と諦めて、鬱々とした日々を送っていた。 そんなある日、イケメンの後輩・椿海斗《つばきかいと》がいきなり声をかけてくる。 「幸哉先輩、いつも満点ですごいです!」 「努力してる幸哉先輩、かっこいいです!」 「俺、頑張りました! 褒めてください!」 笑顔で名前を呼ばれ、思いっきり抱きつかれ、褒められ、褒めさせられ。 最初は「何だこいつ……」としか思ってなかった幸哉だったが。 「頑張ってるね」「えらいね」と真正面から言われるたびに、心の奥がじんわり熱くなっていく。 ――椿は、太陽みたいなやつだ。 お日さま後輩×すみっこぼっち先輩 褒め合いながら、恋をしていくお話です。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

あなたのいちばんすきなひと

名衛 澄
BL
亜食有誠(あじきゆうせい)は幼なじみの与木実晴(よぎみはる)に好意を寄せている。 ある日、有誠が冗談のつもりで実晴に付き合おうかと提案したところ、まさかのOKをもらってしまった。 有誠が混乱している間にお付き合いが始まってしまうが、実晴の態度はいつもと変わらない。 俺のことを好きでもないくせに、なぜ付き合う気になったんだ。 実晴の考えていることがわからず、不安に苛まれる有誠。 そんなとき、実晴の元カノから実晴との復縁に協力してほしいと相談を受ける。 また友人に、幼なじみに戻ったとしても、実晴のとなりにいたい。 自分の気持ちを隠して実晴との"恋人ごっこ"の関係を続ける有誠は―― 隠れ執着攻め×不器用一生懸命受けの、学園青春ストーリー。

【完結】言えない言葉

未希かずは(Miki)
BL
 双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。  同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。  ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。  兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。  すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。 第1回青春BLカップ参加作品です。 1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。 2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました! 応援ありがとうございました! ******************* その日、澤下壱月は王子様に恋をした―― 高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。 見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。 けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。 けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど―― このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

処理中です...