海ぼうずさんは俺を愛でたいらしい

キルキ

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続 その後の話

45 お化けひきつけーる おまけ

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※安本さん贔屓の話



お化けひきつけーるを家に置いていたらクラゲさんに影響が出るんじゃないかと気が気じゃなかったため、月曜日は会社に香水瓶を持っていった。

クラゲさんに黙って持っていきたかったため、ズボンのポケットに急いで突っ込んでそのままにしている。

つい惹き付ける方の香水だけ持ってきてしまったが、もう片方の香水も持ってくればよかった。やっぱり怪しい人に物をもらうものじゃないんだな。今日の帰りに、あの占い師が居た通りに行ってみよう。








いつも通り出社して仕事していたら、ポケットの中の瓶の存在を忘れるくらい集中していた。

15時半頃、午後の会議が早めに終わり、職員が会議室を出ていく。ちょうど小腹がすいたから鞄の中に飴でもないかと探っていたら、ふと香水の存在を思い出す。

落としてないかとひやっとしたが、瓶はちゃんとポケットの中にいた。いや、いっそのこといない方がいいんだけどね。

それにしても困ったものだ。こんな得体のしれないものを女性社員に譲るわけにもいかないし。あの占い師、まだあそこの通りで怪しげな商売やってたらいいけど。

……ただで貰ったものを返しに行くのって失礼かな。ううむ。

定時で上がれるとすれば、あと数時間で退勤時間が来てしまう。いざ返しに行くと考えると、臆病な思考にとらわれる。

「………匂いがあんまり好きじゃないんだよな。これ」

会議室に誰もいないことを確認して、そっと瓶の蓋を開ける。腕にプッシュしてみると、甘ったるい花のにおいが漂ってくる。きらわれーるよりはましだが、やはり匂いが甘すぎる。もちろん、帰る前に手首は洗うつもりだ。

「うーん……」

匂いが合わなかったっていう理由で返しに行ったらいいのかなぁ。実際そうだし。流石にクラゲさん云々の話を明けにするわけにもいかない。

……というかあの占い師、こんなものどこで見つけてきたんだろう。

机に軽く寄りかかりながら考え込んでいたら、会議室のドアが開く音がした。慌てて香水をバッグにしまい込み、ドアの方に目を向ければ、今ではもう見慣れてしまった上司の顔があった。

早足で近づいてくる彼に呼びかけようとして、

「あ、安元さ」

名前を最後まで言えなかったのは、いきなり腕を掴んでくる手の力が思ったより強かったからだ。びくともしない彼の手に、目を見開く。

言葉をかける間もくれず、安元さんの腕がするりと背中に回る。ぐんと縮まった距離に、心臓がどきりとした。恐る恐る顔を見上げようとして───ちらりと見えた彼の表情が直視できなくて、直ぐに下を向く。

な、なんでそんな顔してるの

一瞬見えた目がぎらぎらしていて、明らかに普通でない状態に感じた。見てはいけないものを見てしまった気分だ。

なにがその顔をさせたんだ。俺か?俺だよな。俺しかこの場にいないもんな。でも、なぜ?知らないうちに怒らせるようなことをしてしまったのか?

いつまで経っても会議室でモタモタしてたから、怒らせちゃったか?それにしては反応がおかしいんだけど、思い当たるのはそれくらいしかない。

「あの……?」
「……」

無言の返事に、手が震える。怒っているときの彼が怖いことは、もう知っている。すみません、と小さく一言伝えた。本当に聞こえないんじゃないかっていうくらい小さい声だった。社会人としてはゼロ点の謝罪である。

それにしても、あの目といいこの長い無言といい、どこか既視感がある。ああ、そうだ。この前のクラゲさんも確かこんな感じで───

「うわっ」

ぐらっと視界が揺れて、案外優しい手付きで身体を倒されて。次の瞬間、会議室の天井が目の前に広がった。

机の上に乗り上げさせられた拍子に机が軋んで、そばにあった椅子が揺れる。ガタンッと響く椅子の音が、どこか遠くで聞こえた。

「は……っ?」

混乱の頭で、天井を見上げることしかできない。机の肌が冷たいけど、代わりに 、上に乗りかかってくる相手の体温が熱い。自分のものとは違う大人っぽい匂いがする。

相手の顔を確認するのが怖くて、部屋のあちこちに目が泳ぐ。喋りにくい雰囲気で、意味もなく口を開いては閉じてを繰り返す。

なんで俺は机の上に押し倒されてんだよ。

「や、やめてください」

右手で目前の胸を押し返そうとしたら、その手首を痛いくらいの力で掴まれて机に縫い留められる。

安元さんの手が俺の片足を抱えて、更に机に体重をかける。腰がずるずる押されて、かなりまずい状態だということはわかった。

太ももをなぞられてぞわりとして、反射的に安元さんの顔を見た。さっきと変わらないぎらぎらした目に貫かれるが、そこで気になるものを見つけた。

……なんか、瞳孔の形がおかしいような?

縦長に伸びた漆黒の楕円が見えた気がして、思わず彼の目元に手を伸ばす。見間違いじゃなければ、確かにあった。

「目が……?」
「───っ」

指が目元に触れる寸前で、安元さんの目に正気の色が戻る。安元さんは目を見開いたまま勢いよく俺の上から降りて、後ずさった。身体を離されて、急に体が軽くなる。

机から体を起こして安元さんの方を見ると、彼は片手で目を抑えて、こちらから顔を背けていた。

「や、安元さん?」
「わるい……」

安元さんはしばらく目を押さえた後、取り繕うようにネクタイを締めながら俺の方を見る。

「人間って発情期無いって聞いてたんだけどな……熱はないな」

何かをぼそぼそ言いながら、こちらに手を伸ばしてくる。

額にぺたりと手を当てられてた。自分の額にも手を当てて熱を測っている安元さんは、すっかり冷静になっているようだ。

あまりの落差に声が出ない。固まっている俺を無視して、安元さんは続ける。

「お前、なんかつけてる?」
「あ……貰い物の香水を手首に」
「貰い物……」

上司は俺の全身をじろじろ見て、最後、ため息をついた。

「……それ、似合ってないからやめろ」
「すすすすみませんっ」

お、俺みたいなやつに香水は似合わないって言いたいのかよ。悪かったな陰鬱で!

安元さんは先程の衝撃で乱れた俺の服を正すと、すっかりいつもの調子で口元に笑みを浮かべた。流石にこれで流されるほど俺はちょろくないぞ。

「あの、今のは何だったんですか?」
「え、いや……においが気になってな……何のにおいかちょっと確かめようと思って」
「それだけですか?」
「………………最近疲れることが多くてな~、癒やしが欲しくなって、そこでかわいい後輩見つけたもんだから?ついつい抱きついた」
「つ、ついついじゃないですよ!本当にびっくりして……!」
「あー、悪かったって」

まだ心臓がどくどくしている。そんな軽い感じであんなことされたのかよ。
ふと、この間の田川の言葉が蘇った。

『人肌恋しい夜ってさぁ、無性にヤりたくんるんだよな。そういうときって、本当に誰でもいいんだよ』

なるほど。誰でもいい……って感じだったんだろうな安元さんも。でもそれに俺を巻き込むなよな……!

恥ずかしいやら怒りたいやらで胸の前で拳を握りしめていると、安元さんが俺の手首を凝視していることに気づいた。な、何でしょうか今度は。と思っていると、ハンカチで手首を拭われた。

「後で手洗い場で洗い流しておけよ、香水」
「はい……」

どれだけ香水が似合ってないんだろうか。念入りに、この香水をつけないことを約束させられる。言われなくても、つける気はないけど。

「……鍵田って、電車だったよな」
「あ、はい」
「今日は送ってくから」
「え?いえ、ひとりで良いですよ、遠いし……」
「絶対駄目だ!」
「はいッ」

流されるように車で帰ることになってしまった。安元さんの命令に条件反射のように返事をすると、彼はため息をついて目元に手を当てる。どことなく、疲れた雰囲気だ。

あ、占い師……。また今度行くことにするか。しょうが無い。なんか疲れちゃったし、今日はまっすぐ帰っておこう。

時計を見ると、かなり時間が経っていた。やばい、このあとも予定があるのに!

慌てて荷物をまとめて、今から今後のことを考える。慌ただしくしてる俺を、安元さんはゆったり椅子に座ったまま余裕げに見ていた。

まったく、誰のせいでこうなったと思っているんだ。上司じゃなかったら小言を言ってるところだ。

ああ、それにしても

「無駄にどきどきしただけだったな……」
「どきど………………はっ?」
「じゃあもう行きますので、帰りはよろしくお願いします」
「え、おい待て、おいっ、今のはどういう……!……こういうときは逃げ足が早いやつだな、クソ…………」








後日、安元さんにシトラス系の香水をもらった。誰からも好まれやすい匂いらしい。(いろいろ説明してくれていたがカタカナが多すぎてよく分からなかった)爽やかですっきりした匂いがするから気に入っているし、知り合いにも褒められた。




(本当は自分と同じ香水をあげようとしたけど、そうしたらきっと海坊主に処分されるだろうから、別のものを選んだ安元さん)
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