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志島くんの白いアレ(2)
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定時を過ぎると部屋から少しずつ人が減っていき、あっという間に残っているのは私だけになった。
数年前に就業ルールが変わり、残業が申告制になってからというもの、すっかり定時帰宅が当たり前になっている。
普段の私も、定時ジャストに「お疲れ様でしたぁ」と席を立った後輩の次くらいには帰るのだけど、今日は事前に残業を申請していた。といってもたった一時間だけだけど。
「珍しいな。残業か?」
あらかた作業を済ませると入口に志島くんが立っていた。
「志島くん。どうしたの?」
「隣に用があってきたら電気がついてたから。一人か?」
「うん。でももう終わったから帰るよ。志島くんも終わり?」
「ああ」
デスクトップの電源を落とし席を立つ。
コピー機の電源も落とした。電話も留守電モードに切り替えた。
後は帰るだけだ。
と思ったのだけど、唯一の出入り口には志島くんがここを通りたきゃ俺を倒せとばかりに仁王立ちしているので物理的に帰れない。もちろん彼にそんな意図はないんだろうけど、腕を組んで上から真っ直ぐ見下ろされると、これから回避不能のボス戦に突入するとしか思えない。
「どうしたの?」
志島くんの顔を下から覗き込むように見上げると、志島くんは眉間の皺をさらに深くした。
「あー、その。今日は悪かったな」
「え?ああ、書類?全然いいよ。毎年毎年同じこと聞いてくる人もいるし」
彼はその見た目に反して、結構細かいことを気にするタイプのようだ。志島くんに気を使ってっていう訳じゃなく本当に全然気にしてなかったのでそう言ったのだけど、それでも彼は顔を強張らせたままだった。
「ああ、でも、その。お詫びに飯おごるよ」
「え?」
「飯」
「いいよいいよ。そんな奢ってもらうほどのことじゃないし、っていうかそもそもそれが私の仕事だし。ちゃんとその分はお給料としていただいてるんだからさ」
奢ってもらうような大それたことをした訳でもないのでそう断るも、志島くんは「そうか」と言いながらそこを動こうとしない。
相変わらず顔は強張っていて鬼のお面でもつけているようだ。
志島くんは顔が怖いだけで怒ってる訳じゃないって分かってはいるんだけど、だんだん本当に怒ってるんじゃないかと不安になってきた。
奢ってやるって言われたのだから素直に奢ってもらった方が良かったのかな。せっかくの好意を無下にしやがって俺に恥かかせるな、とか思ってるのかな。
もう一度志島くんの顔を見る。
親の仇を目の前にして湧き上がる殺意を必死に抑え込んでいるような顔をしている。下手な事を言ったらすぐにでも殺されそうだ。
どうしようかと思案して、ある事を思いついた。
実は私、ずっとずっと志島くんのことで気になることがあったのだ。でもそれを言うのは流石に烏滸がましいというか失礼かなと思って、心の中に留めておいたのだけど。
これはある意味チャンスかもしれない。
「じゃあさ、奢ってくれなくていいから、ちょっと志島くんにお願いしたいことがあるんだけど。いい?」
私が両手を合わせて小首を傾げると、志島くんはハッと息をのんでから目を逸らし「おう」と言った。
数年前に就業ルールが変わり、残業が申告制になってからというもの、すっかり定時帰宅が当たり前になっている。
普段の私も、定時ジャストに「お疲れ様でしたぁ」と席を立った後輩の次くらいには帰るのだけど、今日は事前に残業を申請していた。といってもたった一時間だけだけど。
「珍しいな。残業か?」
あらかた作業を済ませると入口に志島くんが立っていた。
「志島くん。どうしたの?」
「隣に用があってきたら電気がついてたから。一人か?」
「うん。でももう終わったから帰るよ。志島くんも終わり?」
「ああ」
デスクトップの電源を落とし席を立つ。
コピー機の電源も落とした。電話も留守電モードに切り替えた。
後は帰るだけだ。
と思ったのだけど、唯一の出入り口には志島くんがここを通りたきゃ俺を倒せとばかりに仁王立ちしているので物理的に帰れない。もちろん彼にそんな意図はないんだろうけど、腕を組んで上から真っ直ぐ見下ろされると、これから回避不能のボス戦に突入するとしか思えない。
「どうしたの?」
志島くんの顔を下から覗き込むように見上げると、志島くんは眉間の皺をさらに深くした。
「あー、その。今日は悪かったな」
「え?ああ、書類?全然いいよ。毎年毎年同じこと聞いてくる人もいるし」
彼はその見た目に反して、結構細かいことを気にするタイプのようだ。志島くんに気を使ってっていう訳じゃなく本当に全然気にしてなかったのでそう言ったのだけど、それでも彼は顔を強張らせたままだった。
「ああ、でも、その。お詫びに飯おごるよ」
「え?」
「飯」
「いいよいいよ。そんな奢ってもらうほどのことじゃないし、っていうかそもそもそれが私の仕事だし。ちゃんとその分はお給料としていただいてるんだからさ」
奢ってもらうような大それたことをした訳でもないのでそう断るも、志島くんは「そうか」と言いながらそこを動こうとしない。
相変わらず顔は強張っていて鬼のお面でもつけているようだ。
志島くんは顔が怖いだけで怒ってる訳じゃないって分かってはいるんだけど、だんだん本当に怒ってるんじゃないかと不安になってきた。
奢ってやるって言われたのだから素直に奢ってもらった方が良かったのかな。せっかくの好意を無下にしやがって俺に恥かかせるな、とか思ってるのかな。
もう一度志島くんの顔を見る。
親の仇を目の前にして湧き上がる殺意を必死に抑え込んでいるような顔をしている。下手な事を言ったらすぐにでも殺されそうだ。
どうしようかと思案して、ある事を思いついた。
実は私、ずっとずっと志島くんのことで気になることがあったのだ。でもそれを言うのは流石に烏滸がましいというか失礼かなと思って、心の中に留めておいたのだけど。
これはある意味チャンスかもしれない。
「じゃあさ、奢ってくれなくていいから、ちょっと志島くんにお願いしたいことがあるんだけど。いい?」
私が両手を合わせて小首を傾げると、志島くんはハッと息をのんでから目を逸らし「おう」と言った。
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