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悪戯犯
4話
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深如の礼儀正しい姿を見直して、自分も仕事に来ている事実を思い出した。
ちょいと考えてみれば、深如は仕事の依頼主だ。
「小僧、犯人取っ捕まえたら、また来いや。うちの美味い寿司をご馳走してやるからよ」
「わあ、おじさん、ありがとう! きっとだよ」
悠耶が笑顔で手を振ると、深如が神妙な顔で言い直す。
「ご主人、この子は、小僧ではなく、拙僧が嫁にと望む女子なのです。以後、お見知り置きを」
「へえ、女子……? その上、深如さんの? そりゃあ、失礼しました!」
「違うよ、おいらは深如とは――」
「おい、いいから先に行くぞ!」
否定しようとしたところを、惣一郎に大きく袖を引かれた。
「あっ、惣一郎……。おじさん、約束だよー!」
足を踏み出しながらも、悠耶は店主が約束を忘れないよう、体を捻って念を押す。
「あの野郎、外堀から固めていくつもりだな! 油断も隙もねえ」
ぷりぷりと荒い息を撒き散らしながら、強引に左袖を引く惣一郎に引きずられないように、ついていく。
深如はまだ会話を続けている。
「惣一郎、深如がまだ来てないよ」
「いいんだよ。お悠耶、まだわかってねえのか?」
「何をだい?」
さっぱり見当がつかないので、悠耶は首を傾げた。
「あいつは強引にでもお悠耶を嫁にするつもりだぞ」
「そんな。おいら、うんとは返事をしないよ。いくら深如が無理をするんでもさ」
「お前が断れないところまで話を進めかねないぜ。どうする、浅草の連中が首を揃えて祝言を挙げてやれと迫ってきたら。風介さんが断りきれなくなる」
「ええ? でも、おいらの気持ちは、変わらないよ? 広ーいお江戸には女の子も、一杯いるんだから、そのうち、気に入る良い子が現れるに違いないよ」
目の前にいるのは惣一郎でいていつもの惣一郎でなかった。
悠耶の話に呆れても、迷惑を掛けても、惣一郎の目は優しさに満ちていた。
でも今は違う。今までにない厳しい眼差しを、悠耶に向けている。
何でだろう。そんなに怖い顔しないで欲しい。
「お前がどう思っているかなんて、関係ないんだよ! もっと警戒しろ」
どうして怒るんだ? おいらは、何も悪くないのに。腕だって、そんなに強く引く必要はないだろう。
近所の者に叱られたり怒鳴られたりした体験は数知れない。
だが、惣一郎にされた記憶はない。
「それに、お悠耶は江戸にたった一人だ。同じような女子なんて二人といねえ。そんな言い方は二度とするんじゃねえ」
強い語気と命令口調に、悠耶はすっかり当惑してしまった。
深如相手に怒りを向けている時は、どうしたのかくらいに考えていた。
ところが、いざ自分に向けられると、結構、不愉快だ。
「おやおや、そんな言い方をして。惣一郎殿は女性に対する配慮が、足りない様子ですね。お悠耶が怯えているではありませんか」
「そんな。怯えてなんか、いねえだろ……」
追って来た深如が、惣一郎の手を悠耶の腕から外す。
怯えているというか、単純に惣一郎が怖い。
腕も痛かったから、不満が喉まで出かかっていた。
でも、口にする前に用件が済んだ。
目が合うと惣一郎は、すぐに顔を伏せる。
ちょいと考えてみれば、深如は仕事の依頼主だ。
「小僧、犯人取っ捕まえたら、また来いや。うちの美味い寿司をご馳走してやるからよ」
「わあ、おじさん、ありがとう! きっとだよ」
悠耶が笑顔で手を振ると、深如が神妙な顔で言い直す。
「ご主人、この子は、小僧ではなく、拙僧が嫁にと望む女子なのです。以後、お見知り置きを」
「へえ、女子……? その上、深如さんの? そりゃあ、失礼しました!」
「違うよ、おいらは深如とは――」
「おい、いいから先に行くぞ!」
否定しようとしたところを、惣一郎に大きく袖を引かれた。
「あっ、惣一郎……。おじさん、約束だよー!」
足を踏み出しながらも、悠耶は店主が約束を忘れないよう、体を捻って念を押す。
「あの野郎、外堀から固めていくつもりだな! 油断も隙もねえ」
ぷりぷりと荒い息を撒き散らしながら、強引に左袖を引く惣一郎に引きずられないように、ついていく。
深如はまだ会話を続けている。
「惣一郎、深如がまだ来てないよ」
「いいんだよ。お悠耶、まだわかってねえのか?」
「何をだい?」
さっぱり見当がつかないので、悠耶は首を傾げた。
「あいつは強引にでもお悠耶を嫁にするつもりだぞ」
「そんな。おいら、うんとは返事をしないよ。いくら深如が無理をするんでもさ」
「お前が断れないところまで話を進めかねないぜ。どうする、浅草の連中が首を揃えて祝言を挙げてやれと迫ってきたら。風介さんが断りきれなくなる」
「ええ? でも、おいらの気持ちは、変わらないよ? 広ーいお江戸には女の子も、一杯いるんだから、そのうち、気に入る良い子が現れるに違いないよ」
目の前にいるのは惣一郎でいていつもの惣一郎でなかった。
悠耶の話に呆れても、迷惑を掛けても、惣一郎の目は優しさに満ちていた。
でも今は違う。今までにない厳しい眼差しを、悠耶に向けている。
何でだろう。そんなに怖い顔しないで欲しい。
「お前がどう思っているかなんて、関係ないんだよ! もっと警戒しろ」
どうして怒るんだ? おいらは、何も悪くないのに。腕だって、そんなに強く引く必要はないだろう。
近所の者に叱られたり怒鳴られたりした体験は数知れない。
だが、惣一郎にされた記憶はない。
「それに、お悠耶は江戸にたった一人だ。同じような女子なんて二人といねえ。そんな言い方は二度とするんじゃねえ」
強い語気と命令口調に、悠耶はすっかり当惑してしまった。
深如相手に怒りを向けている時は、どうしたのかくらいに考えていた。
ところが、いざ自分に向けられると、結構、不愉快だ。
「おやおや、そんな言い方をして。惣一郎殿は女性に対する配慮が、足りない様子ですね。お悠耶が怯えているではありませんか」
「そんな。怯えてなんか、いねえだろ……」
追って来た深如が、惣一郎の手を悠耶の腕から外す。
怯えているというか、単純に惣一郎が怖い。
腕も痛かったから、不満が喉まで出かかっていた。
でも、口にする前に用件が済んだ。
目が合うと惣一郎は、すぐに顔を伏せる。
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